それから……
……お遍路日記、終わったと思いました?
まだ、少しだけ続きます。
ほんのちょっとだけ、ね。
……俺は高野山に来ていた。
真言宗の総本山。
世界遺産に指定された霊山。
と、観光パンフレットには書かれている。
俺が善根宿で出会った、黒衣のお坊さんから渡されたパンフレットだ。
……結局行くことにしたんだよね。
へ、何故かって?
……納経張に、高野山の御朱印を押す専用のスペースがあったからです。
八十八ヵ所の御朱印を納経張に貰ったのはいいんだけど、高野山のページに何も書かれてないのは、なんかスッキリしなくてね。
それに俺、高野山へ1回も来たことないし。
だから、来ました。
徳島県からフェリーで和歌山県へと渡り、電車で大阪を経由して。
最後はケーブルカーに乗って、山の上へ。
片道はフェリー代含めて3000円以下。
……安いねぇ。
料金がリーズナブルなのは、とても助かる。
そして、高野山へ。
高野山の町並みは、何だか異様な感じ。
どこを見てもお寺、お寺、お寺。
近代的な建物が殆どないし。
あるとすれば、ガソリンスタンドと高野山に2件だけあるコンビニくらいか。
ここね、ファミリーマートがあるの。
でもお坊さんがたくさんいるから、肉は販売しない方針なんだってさ。
肉、食べたかったなぁ。
そう思いながらファミマに入ると……普通にお肉売ってたし。
たくさん売ってたし。
……方針変えたのか?
お坊さん、普通にお肉買ってるけどいいのかぁ?
てか、お坊さんが普通にエロ本コーナーで立ち読みしてるんですけどっ。
エロい!
エロいよお坊さん!!
そんなことを思いながら、俺はコンビニでお買い物。
ポテトチップスを見ると、通常よりもパンパンに膨らんでる。
ああ、気圧のせいか。
ここ、普通に山の上だもんね。
そりゃあ膨らむか。
俺、ファミマの骨なしチキンを買って、外へ。
目指すは、高野山の奥にある建物……奥の院。
そこには、弘法大師様がいるとされている。
いや、祭られているって言ったほうが正しいかな。
真言宗……特に高野山のお坊さん達は、奥の院の中で弘法大師様が今も瞑想しているって信じているみたい。
その証拠に、午前6時と午前10時半の1日2回、ごはんを作って大師様の元に運んでるだって。
大師様が瞑想しているのが本当なのか、嘘なのか。
俺が確信をもって言えることは……そういう考え方が、今もある人達いとっての希望になっているってことだけだ。
だから、きっと、それでいいんだと思うよ。
俺は高野山の(厳密に言えば、高野町が正しいんだけどね)町を抜けて、奥の院の敷地の入り口へ。
そこは、お花畑ならぬ、お墓畑なのでした。
いや、ふざけてごめんなさい。
奥の院への道には、お墓が大量に並んでた。
織田信長、豊臣家、徳川家などの古い古いお墓から、パナソニックなんかの新しいお墓まで。
多分、万を超えるくらいのお墓があるんじゃないかって、思うくらい。
そのくらいのお墓が、奥之院への道の両端に建てられていた。
周りには、誰もいない。
観光客も、お遍路さんも。
お坊さんですら見かけない。
午後1時だし、誰か見かけてもいいんだけど……
やっぱり誰もいない。
……静かだ。
鳥の鳴く音だけ聞こえる。
墓所を抜けると、奥の院が見えた。
その手前には、四国で見慣れた納経所がある。
あそこで納経してもらえば、納経張のページが全部埋まる。
これでスッキリするはずだ。
奥の院の建物には、数人のお坊さんがいた。
軽く頭をさげて、中に入る。
実はここは燈篭堂と呼ばれてるらしく、お守りの授与とか祈願をしてる場所らしい。
俺が建物に入るなり、お坊さんが丁寧に教えてくれた。
ん?
ここが1番奥にある建物だよな?
じゃあ、弘法大師様にお礼参り(お遍路終わりました!ってあいさつと感謝をすること)出来る場所はどこだ?
俺が聞くと、お坊さんはにっこり微笑んで案内してくれた。
大師様にあいさつするならここですよ~って建物の裏手に連れてかれた。
そこには、小さな建物があった。
弘法法大師御廟というらしい。
ここで、みんなお礼参りするのだと。
お坊さんはそう言った。
数分後、俺は静かに旅の終わりを祈った。
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納経所で御朱印をいただく。
これで、コンプリート。
全部そろった。
だからどうしたって話なんだけど。
そして、俺は帰る。
北海道へ。
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墓所を歩いていると、鳥の死骸が落ちていた。
その横には、織田信長のお墓があった。
目の前で、数人の観光客がお墓に向かって手を合わせていた。
鳥の死骸には気が付いていたが、みんな無視していた。
見て見ぬふりだ。
それを見てたおばあさんが、こう言った。
「酷いね、見て見ぬふりだよ」
俺はその言葉を無視した。
みんなも聞いていないふりをしていた。
その時だけ、俺は他の人達と一緒になれたと思えた。
嘆くおばあさんの姿が、お遍路前の俺のように思えた。
その時だけは、俺が障害者じゃないように思えた。
お遍路が影響したかどうかは分からない。
お祈りし続けたことが関係しているかどうかは分からない。
ただ、俺は少しだけ普通の人というものに近付けた気がした。
良い意味でも、悪い意味でも。
俺はお遍路を通じて、変わった部分もあるんだなと、当然のように思った。
そして、そのことがとても悲しいことのように思えた。




