第3話 ライバル視
武闘祭。
王都で開かれる最大のイベントだ。武器を持った人間がバトルロイヤル形式で戦い合い、最後まで立っていた者が優勝となるシンプルな大会である。
この戦いで王や兵士長たちの目についた人間は、そのまま王都の兵士として働くこともできる。過酷な任務も多いのだが、街で物を売っているよりも多くの収入を得ることができる職だ。参加者の大半はこれが目当てである。
勿論、例外もいる。
「ふははははははははははは! どいつもこいつも辛気臭い庶民顔ばかりじゃないか!」
武闘祭の当日。
金持ちの息子、クリーニは笑いながら選手控室へと入ってきた。参加者たちからジト目で見られるが、気にした様子は全く見られない。
当然だ。彼は爪先から頭部に至るまで全身をピンクの鎧で覆っており、どんな表情をしているのかすらわからない。
間違いなく今大会で一番の重装備である。
「まったく、こんな辛気臭くて装備のレベルもたかが知れてる連中とやりあうなら結果も見えていると言う物だ。そうだろう、カルラ!」
「あの、従者さんは観客席に戻って行きましたよ。後、そっちは壁です」
「む、そうか!」
振り返り、カシャンカシャンと音を立てながらクリーニは歩き出す。
控室の真ん中に聳え立つ柱の前まで移動したかと思いきや、彼は得意げに鼻を鳴らした。
「ふふん。気配でわかるぞでっかい庶民。お前は図体のでかさで勝負しようと思っているんだな?」
相当視界が悪いのだろう。
最初は苛立ちの視線を向けていた参加者たちも、自然と可哀想な人を見る目になっていった。
「しかし、半端な腕で今年の大会に参加しない方がいい。なぜならば、今年の優勝者はこの俺だと決まっているからだ! そうだろう、カルラ!?」
「いや、だから従者の人はもういませんって」
「おお、そうだったな!」
案内してくれた受付の兵士が困った顔でフォローしてくれたが、二度目の注意を受けてもまだ反省する気配がない。彼は自分の優位性を訴えたくて仕方がないらしく、とにかく無駄にアピールしはじめていた。
「カルラがいないなら俺の凄さに相槌を打つ人間がいないな……よし、お前!」
「はい?」
「今日からお前がクリーニ様の従者だ! 喜ぶがいい、家族に自慢できるぞ!」
勝手に従者に任命されてしまった受付兵士は肩を落とし、げんなりとした表情でクリーニを見る。
傍から見れば喜ぶどころか嫌そうにしているようにしか見えないのだが、当のクリーニ本人には謎のフィルターがかかって見えていないようである。根本的に自分の都合の悪いことは無視する人種なのかもしれないが、それ以上に気配以外のなにも感じ取れないからなのかもしれない。
「あの。前、見えてます?」
「見る必要なぞない」
疑問に対し、クリーニは自信満々に胸を張る。
「なぜなら俺は金持ちだからだ! 人の品性を敏感に感じ取る金持ち肌のお陰で、誰が何処にいるのか見ないでも把握できる。当然ながら、今この瞬間にも俺の高貴すぎるオーラに惹かれて多くの庶民が俺を見ているのも承知済みだ!」
「いや、単純に奇怪の目で見られてるんじゃないでしょうか」
「そして、金持ちたる俺は気配さえわかれば敵などない! ゆえに前が見えなかろうと全然問題ないのだ! ふははははははははっ!」
聞いちゃいなかった。
背筋を伸ばし、高笑いし続けるクリーニ。参加者たちの呆れかえった視線を受け止めつつも、彼の笑いは止まる事をしらなかった。
「ふはっ、ふはっ、ふははははははははっ!」
背筋が反り返る。
徐々にブーメランのように曲がっていく背中。まるでクリーニが笑うたびに彼の頭が押し出されるかのようにして、フルフェイスは床へと吸い込まれていく。
「ふはははははっ、ふはっ、ふはっ、ふはぐあはっ!」
とうとう床に激突した。
がつん、と鈍い衝撃音が鳴り響く。悶絶し、兜を放り投げる。頭を押さえて痛がるクリーニ。誰も慰めようとしないギャラリーたち。ただ膨らんでいくクリーニのたんこぶ。そして弧を描きながら飛んでいく兜。
「おおっ、おおおおおおおおおおおっ! 俺の! 金持ちである俺の頭がああああああああああああああああああああ!」
痛そうだが、誰も慰めようとしなかった。
そんな中、状況をまったく理解していない男が現われる。
「失礼しま……ん?」
アルフレッドだ。受付を済ませて控室にやってきた彼を出迎えたのは、眼前に放り投げられた兜と悶絶する金髪おかっぱの成金野郎だった。周囲の冷めきった視線がクリーニに集っていることから察するに、きっといらないことを喋りまくったに違いない。武闘祭の開始前から元気な奴だ。付き合いもないのに行動パターンを簡単に予想できるのが悲しい。
「はぁ……」
溜息をつくも、胸元に飛び込んできたピンクの兜をキャッチ。
そのまま頭を押さえて悶絶するクリーニの所まで歩いていくと、彼の横にそっと置いておく。
「装備は大事にしろよ。アンタほど重装備なのはいないんだから」
「う、うむ……気を付けよう」
兜を受け取り、額を抑えながらクリーニは再びそれを被ろうとする。
が、その前に。
「おい、庶民」
「ん?」
アルフレッドが振り返った。クリーニはさっきまでの痛がりっぷりが嘘のような真面目な表情になり、問う。
「お前がこの兜を持ってきたのか?」
「そうだけど」
どうかしたのか、とでも言わんばかりの真顔で返答した。
しばし沈黙が続いたのち、クリーニは兜を被るのを止める。
「庶民、お前の名前を聞いておこう」
「なんだよ急に」
「金持ちたる俺は、金持ちであるがゆえにライバルが少ない。キッカケはどうあれ、目の前にいるライバルの名前は覚えておくのが礼儀だ。金持ちの常識だぞ」
「金持ちの常識を貧乏人が知るわけないだろ」
「ほう、汚い格好だと思えば名前まで貧相だな! ビンボーニンと名付けられるとは哀れすぎる庶民よ」
「ちげーよ。どんな話の流れでそうなった」
慌てて訂正に入ろうとするが、クリーニは聞く耳持たず。
一度受け入れた情報以外を受け付けようとせず、そのまま勝手に喋りだす。
「ビンボーニン、このクリーニの目に留まったのがお前の不幸になるだろう。兵士になるのであれば、精々足掻いて見せるのだな。優勝者である、このクリーニを相手にして!」
「まだ始まってすらないよ」
「嫌でもわかる。なぜならば、俺が金持ちだからだ!」
顎に親指をつきつけ、得意げに笑うクリーニ。
圧倒的な自信だった。悔しいが、装備品という点において、クリーニは間違いなく出場選手の中でナンバー1である。正面から戦っては不利になるのはわかりきっていた。
だが、アルフレッドも負ける為に来たのではない。叔父に鍛えて貰った剣で優勝を掻っ攫うつもりでいる。
「……まあ、始まったらよろしくな」
「うむ! 兵士になれなかったからといって案ずることはないぞビンボーニン。俺がとっておきの職を紹介してやるからな!」
「余計なお世話だ馬鹿野郎」
ジト目でクリーニを見ると、アルフレッドはそそくさと控室から出ていこうとする。
出入り口で待機していた兵士を見つけ、近づく。
「お手洗いってどこにあるかわかります?」
「案内しよう。付いて来い」
逃げるようにして控室から去っていくアルフレッド。
その背中を見つめ、クリーニは勝ち誇った笑みを崩さずにいた。
笑みが消えたのは、彼の背中が完全に見えなくなってからだ。
「……」
無言で廊下を睨みつける。妙に険しい表情を露わにする彼の前に、ひとりの参加者が近づいてきた。
フードとマントで身を覆った、小柄な参加者だ。
「ねえ、アンタ」
「…………」
声に幼さを残した参加者がクリーニに声をかけるも、彼は反応を示さない。
アルフレッドが去った方向を見続け、声をかけられたことに気付いていなかった。かなりの集中力が伺えるが、人の話を聞けと言いたい。
「はぁ……」
反応を示さないので、フードの参加者は勝手にクリーニの兜を手に取った。
無言で兜を見続けた後、参加者は納得したように頷く。
「なるほどね」
兜を壁に向かって思いっきり放り投げる。
直後、壁が木端微塵に砕け散った。中央に激突した兜は傷ひとつついておらず、見事にめり込んでいる。
さながら大砲のような一撃が繰り出され、周囲の参加者や兵達から戸惑いの声があがりはじめた。
「おいおいおい、何だ今の」
「どんな握力してるんだよ……」
「しかもへこまないんだな、あの兜」
フードのパワーとクリーニの兜。
彼らの関心を集めたのはその二点だ。
「すっげぇな。どんな素材でできてるんだ?」
偶然、近くに居た参加者が壁にめり込んだ兜に手を付ける。
凹凸の部分に手をつけ、力任せに壁から引き抜いてみた。直後、腕に強烈な圧迫感が襲い掛かる。
「お、うお!?」
ずしん、と重みがのしかかってきた。
鍛え上げた筋肉が悲鳴を上げる。ほんの少し持ち上げる暇もなく、兜を手放してしまう。床に落ちた兜が、今度は地面の中にめり込んでしまった。
「なんて重さなんだよ、こいつは!」
まるで岩石のような重さだ。こんな物をつけて、クリーニはあんなに平然としていられたのか。
見れば、彼は脂汗ひとつかいていない。
いや、それ以上に。さっきトイレにいったもうひとりの参加者は、これを平然な顔で受けとめてみせた。顔色ひとつ変えることなく、普通の兜を扱うようにして、だ。更に、あの小柄のフードもこれを投げ飛ばしてみせた。とても人間ができる芸当ではない。少なくとも、重さを実感した参加者は自分と彼ら三人の間に大きな隔たりがあると感じ始めている。
「……お、俺。辞退しようかな」
いまだに腕が悲鳴を上げる中、彼は自信なさげに呟いた。




