第2話 初回限定
王都は広い。外壁の中で暮らす人口は10万以上と言われており、人の数は日々増えるばかりだ。
そうなってくると同じような店も必然的に複数必要になってくる。アルフレッドは他の武器屋もおみくじをやっていないかと必死になって王都を駆けまわった。
だが、結果は無残なものだった。
そもそも魔石自体、見つけることが困難であり、見つけたとしても購入には全財産を差し出しても遠く及ばない。購入まで及ぶことができず、結局どの店も閉店する時間に至ってしまった。
「はぁ……」
溜息をつき、アルフレッドは夜の街を歩いていく。元々運便りだったとはいえ、あまりに辛い結末だった。彼はおみくじに挑戦することなく兵士の道を断たれたのである。実力で負けたのならともかく、この結果ではやるせない気持ちしか募らない。
叔父に出された条件は魔法に対抗する手段を手に入れることだけだ。
だが、鎧を買おうにも剣を買おうにもお金がかかる。アルフレッドの小さな全財産では、普通の剣しか買う事が出来ない。どんなにアルフレッドが強かろうが、準備をちゃんとしなければ怪我をするだけなのだ。
武闘祭は毎年開催される催しだ。機会自体はいくらでもある。
だが、叔父の道具屋で働いていたのでは防具を揃えるだけでかなりの時間を浪費してしまう。すべて揃えた時点で、アルフレッドが武闘祭で勝てる見込みは薄い。毎年、貯金をしては装備を揃えて武闘祭に出場する男は大勢いる。しかし、彼らは肉体の衰えが原因で勝つことが難しい。
それゆえに貯金の選択肢はなかった。
アルフレッドは彼らと同じ道を歩むつもりはない。出稼ぎの名目で王都にきてはいるが、これはチャンスなのだ。小さい村に閉じこもり、延々と畑仕事をやるだけの人生よりも、兵士たちに混じって未知の場所を探検してみたい。
このサイ・ゲルパの世界には、まだ人間の手が届いていない土地がある。
獄氷平原もそのひとつだ。厳しい環境に赴く為に辛い仕事になると聞いたことはあるが、それ以上にアルフレッドはもっと広い場所に飛び出したかった。その為には兵士となり、調査団に加わる資格を得なければならない。
だが、その門のなんと小さなことだろう。
強さの他にも財力と運が求められる、厳しすぎる道だった。とても銀貨だけで通れるような安っぽいものではない。一日走り回り、なんの成果も出せなかった現実が、アルフレッドの肩に重い空気を押し当てた。
いや、ちょっと待て。
何度目かの溜息をついたところでアルフレッドは思い出す。
成果は0ではない。怪しげな老婆から妙なアイテムを押し付けられたのだ。ポケットの中からアイテムを取り出し、アルフレッドは再度観察する。
「ううん?」
目を凝らし、まじまじと見つめる。
やはり見たことがないアイテムだ。叔父の店に務めて、それなりにアイテムの知識は頭に叩き込んでいるのだが、こんな平べったいものは見たことがない。強いて言うなら装飾品が一番近そうだが、もしそうなら老婆も説明している筈だ。
確か、老婆はこのアイテムについてこう説明している。
銀貨と引き換えに武器をくれる、と。なんともうさんくさい話だ。本当にそんなものがあるなら武器屋は廃業である。
ただ、気になることも言っていた。
『いいのが引けるといいねぇ』
引けるといいね、とはどういうことだろう。
まさかこの薄っぺらいアイテムでくじびきをするのではあるまいな。
訝しげに見やりつつも、アルフレッドはアイテムのスイッチを入れる。アイテムの表面が輝きだした。
「うわ!」
片方の手で目を覆い、光が弱まるのを待つ。数秒も経たない内に光がある程度収まるのを感じた後、アルフレッドは恐る恐る視線を向けた。
「……なんだ?」
表面に文字が浮かんでいる。サイ・ゲルパの共通語として使われているそれを目の当たりにし、アルフレッドは息を飲む。とりあえず文字を読んでみた。
「しんき、ユーザーにんしき……?」
なんだこれ。聞き慣れない言葉を目にして戸惑うアルフレッドを余所に、文字は自動的に切り替わっていく。
『履歴をリセットします。しばらくお待ちください』
「あ、はい」
お待ちくださいの文字に反応し、律儀に挨拶してしまった。
相手が何者かもわからないまましばらく待ってみると、文字が切り替わって絵が浮かび上がる。魔法かなにかだろうか。そんなことを考えつつも、アルフレッドは絵をよく観察してみる。
金色の球体だ。
それがどういう効果を持つのかいまいち理解できないまま、アルフレッドは興味本位で触れてみる。球体の手前に覆いかぶさるようにして文字が浮かび上がった。
『初回限定10連ガチャ! 通常、銀貨10枚のところを1枚で引くことができます。また、今ならSR武器を確定で引ける大チャンス!』
アルフレッドは考える。
初回限定ということはつまり、最初だけのサービスなのだろう。そして通常単価は銀貨10枚ではあるが、最初に限り1枚に値切ってくれるというだ。わかりやすい客の収集の仕方である。
問題は『引く』の単語と『SR武器』だ。老婆の話から推測するに、前者はおみくじ要素――――ランダムで引き当てることになるのだと予想できる。だが、肝心のSR武器とはなんなのだろう。武器といっている以上は武器なのだろうが、具体的にどういったものなのかがまるで伝わってこない。
だが、『今なら』と『大チャンス』の単語を踏まえるなら、案外いい武器なのでは。
道具屋の経営者である叔父、いや叔母が幼い頃に教えてくれたやり取りを思い出す。
『アル、よく覚えておきなさい。消費者はサービスに弱いのよ』
『それってどんな状態異常なの?』
『……あなたって馬鹿なのねアル。定価をちらつかせた後、それよりも安いお値段を見せるのよ。あなたならどっちを取るかしら』
『安い方!』
『そうでしょう。だからね。売りたい商品にはお買い得とか、今だけとか、そういうキーワードを使うようにするの』
『へぇ。それで、お客さんはどういう状態異常になるの!?』
『…………』
アルフレッド、当時6歳の赤っ恥だった。
ちょっとした気まずさを覚えながらも、彼はなけなしの銀貨を1枚取り出してみる。どうせ、王都にチャンスは残っていないのだ。それなら藁にすがる思いで挑戦してみていいかもしれない。どっちにしたっておみくじをするつもりのお金なのだ。
「これにつっこめばいいのかな?」
どこに銀貨を入れたらいいのか分からなかったので、画面に硬貨を突き付けてみる。銀貨がアイテムに触れた。すると、銀貨は水の中に落ちるかのようにアイテムの中へと吸い込まれていく。直後、眩い光が発せられた。
「うわっ!」
文字が浮かぶよりも強烈な光だ。
なにがおこったのか確認しようにも、目がくらんでそれどころではない。だが、視界が奪われる中でもアルフレッドは確かに見た。白い光に紛れて金色の輝きが一瞬だけ灯ったのを、だ。同時に、がしゃん、となにかが回る音も聞こえる。
正面から風が吹いた。
アルフレッドは吹き飛ばされそうになるのを堪えた後、光が収まったのを確認して瞳を開ける。
「ええっ!?」
そこに広がった光景は、とても信じられない光景だった。
アルフレッドを囲むようにして10本の剣が地面に突き刺さっていたのだ。しかも、それぞれ柄や刃の形状が違う。10本とも別の剣である。
その中でも特にアルフレッドの目を引いたのは、一番最後に視界に入れた剣だった。
金色の剣。見ただけで神々しい輝きを放つそれを目にし、アルフレッドは瞬時に理解する。
「SR武器って、これ?」
試しに柄を握り、抜き取ってみる。
確かな重みを感じるが、派手な外装とは裏腹にそこまで重くはない。振りかざし、一閃させてみる。空を切り裂き、その衝撃が刃となって近くの花瓶を切断した。
「げっ!?」
花瓶を通り越して花壇をすべて吹っ飛ばしてしまった惨状を目にし、アルフレッドは焦りながらも剣を見やる。
本物だ。この剣は間違いなく性能が高い剣である。力も加えていないただの一振りでこれなのだ。もし、自分がその気になって振り回したら、魔石を取り込んだ剣であっても勝てるかもしれない。
「やった……!」
遂に手に入れた力を月に向けてかざし、アルフレッドは力強く笑みを浮かべる。
彼は散らばった剣をすべて引き抜き、逃げるようにしてその場を立ち去った。
「……アル、この剣をどこで拾ったの?」
「だから、引いたんだって! これでさ!」
道具屋に戻り、10本の剣を見せつけた後、叔父は早速アルフレッドを問い詰めた。
アルフレッドは事実を説明したのだが、中々受け入れてもらえない。当然だ。どう考えても10本の剣が掌に収まるアイテムの中から出てくるのはおかしい。アルフレッド自身、そう思っている。
「うまく説明できないけど、銀貨を入れたら武器が10個出てくるんだよ! 最初は銀貨1枚だったから引けたんだけど……」
「今は引けないっていうの?」
「最初だけサービスだって……」
「ふぅん」
真偽を問い詰めても無駄だと考えたのか、叔父はそれ以上アイテムについて問いただすことは無かった。代わりに注目したのは、甥っ子が持って帰った10本の剣である。
「それで、どう? その金色のがあれば、俺も武闘祭に参加できると思うんだけど」
期待を込めた眼差しで問いかけてみる。
叔父は何度か頷いた後、SR武器を手に取って観察しはじめた。
「本当にこれを銀貨1枚で手に入れたの?」
「うん。他のも一緒になって、気付いたら俺の周りでぐさっと」
「ぐさっ、とねぇ」
まじまじと他の剣も観察する。
金色以外の剣は、この辺の武器屋でも売られている安物の武器と同等の性能だ。売ったとしても大した額にならない。だが、この金色の剣はどう考えても破格の性能だ。長年道具屋として働いてきたが、こんな剣を間近で見るのは始めてである。
「もう一度聞くわ。これ、本当に銀貨1枚で手に入れたの?」
「そ、そんなに凄い物なの?」
「少なくとも、ウチで取り扱うなら金貨7枚はくだらないわ」
「いいっ!?」
アルフレッドも予想外だったのか、仰天して飛び退いてしまった。
金貨7枚といえば、アルフレッドの給料の数年分に匹敵する。
「魔石で作られた武器なのは間違いないわね。性能も問題ないわ。少なくとも、相当鍛えられてる武器でないとコイツは勝てないでしょうね」
道具屋では物々交換が行われることが多々ある。
その為、鑑定の技術を鍛えなければならない。道具屋の店主なら尚更だ。そんな叔父の目から見ても、この武器は破格の性能だった。
だが、誰が作ったのだろう。見たところサインもないし、そんなに年季が入った風にも見えない。かなり名のある職人が手掛けたのだと思うが、出所がわからないのは不気味だ。
「……そうね。約束は約束だものね」
肩を落とし、叔父は溜息をつく。
「いいわ。この剣を装備するなら武闘祭に出るのを許可するわよ」
「ホントに!?」
「女に二言はないわよ」
それは冗談なのかといいかけたが、アルフレッドは口を閉じる。失言は寿命を縮めるのだ。
「見たところ、魔石を使っているのは間違いないわね。相手が魔法を使ってきたとしても、この剣なら防ぐことができる筈よ。まだ新品だから、鍛える余地はあるけど」
ちらり、と他の剣をみやる。通常、剣を鍛えるためには素材となるアイテムが必要になるのだが、それもこの9本でなんとかなりそうだ。
「どうするのかしら。私がやっていいなら、この9本を素材にして鍛えてあげるけど」
「おばさんって武器を鍛えることもできるの?」
「専門じゃないけど、経験はあるわ。私の男性人数よりも多いから安心しなさい」
なにをどう安心しろというのか。口元を引きつらせつつ、アルフレッドは数歩ほど後ずさった。
「安心しなさいアル。私、ガキには興味ないの」
「そ、そうですか……」
笑顔で言われてしまい、アルフレッドは苦笑するしかなかった。話題を変えようと、9本の剣を叔父の前に置く。
「お願いしてもいいかな。武器屋に行くとまたお金かかりそうだし」
「あら、誰もタダでやるとは言ってないわよ。兵士になったら出世払いしてもらうわ」
「ひっでぇ」
「労働に対してお金を払うのは当然の対価よ。タダでなんでもまかり通ると思わないことね」
9本の剣を担ぐと、叔父は早速準備に取り掛かり始める。
作業に入る前、アルフレッドはふと疑問に思ったことを尋ねてみた。
「おばさん、クリーニって知ってる?」
「王都じゃ名前を知らない人間はいないわね。アルは知らなかった?」
「家の名前はそれとなく聞いたことはるけど、本人を見たのは今日が始めてかな」
アルフレッドは今朝の出来事を話し、彼も今年の武闘祭に出場することを告げた。
「手ごわいライバルね」
叔父は難しそうな表情で言う。
「確かにクリーニは奇天烈な一面があるわ。けど、その分実力があるの。しかも魔石まで揃えている。間違いなく優勝候補でしょうね」
単体での戦闘力は一般兵士よりも勝ると言われている。金持ちの英才教育による賜物だった。
「俺とどっちが凄い?」
「知らないわよ。私もクリーニが戦う姿を見たわけじゃないわ。ただの噂よ」
が、教育の面でアルフレッドが負けているのは事実だろう。
金持ちと貧乏一家の息子では受けることができる教育そのものが違うのだ。しかし、だからといってそれが勝敗を決するとは思わない。
「どっちが勝つかなんて、当日にならないとわからないわよ。アルは自分ができることをやればいいわ」
道具を取り出し、作業椅子に座る。
金の刃にハンマーを振り降ろし、快音を鳴り響かせた。




