第1話 引き運
アルフレッド・エルカは出稼ぎの為にディラグラン王都にやってきた少年だ。
故郷の村では家族全員を養うことが難しくなり、金を稼ぐためにも仕方なく働きに出るしかなかったのである。幸いにも王都では親戚が道具屋を営んでいた。ここで働くだけで畑を耕すよりも多くの硬貨をもらうことができる。
だが、やるからには自分がやりたいと思う職に就きたい。親戚の世話になっているといえば世間体はいいが、このままいけばずっと道具屋か故郷の畑で同じ作業をするのは目に見えている。
そう考えた結果、アルフレッドは出稼ぎ先でこう宣言した。
「おじさん! 俺、兵士になろうと思うんだ!」
親戚が営む道具屋の中心でアルフレッドは叫ぶ。
叔父は話がわかる人間だ。故郷では家族全員から反対された王都の兵士も、彼なら納得してくれるかもしれない。そう思って切り出したのだが、当の叔父は冷たい視線でアルフレッドを見つめるだけだった。
「アル、何度言わせるの?」
武器職人顔負けの体格がアルフレッドに迫る。
彼は溜息をつきつつ、甥っ子の肩を叩く。
「私のことはおばさんでしょ?」
「……はい。ごめんなさい」
まったく違う方向で怒られてしまった。いつ見ても男らしい体格なのでついつい忘れがちなのだが、親戚の叔父は女性の心を持つらしい。
曰く、『私は自由よ。私は鳥なのよ!』とのこと。確かに性別が自由だ。今にも飛んでしまいかねない。
「それで、兵隊になりたいんですって?」
「うん! その方が稼げるし、俺の特技を活かせると思うんだよ」
「そうねぇ。確かにアルなら兵隊はできるでしょうけど……」
叔父は顎に手をあて、考え込む。
甥っ子は村でも有名な体力馬鹿で、戦いもこなす。剣を持たせたら近隣の魔物を切り捨てるくらいのことはやってのける。巨大な岩を押し出すことだって朝飯前だ。こんな道具屋で品物を並べ、硬貨のやりとりをする仕事よりもずっと働き甲斐があるだろう。
が、兵士になるには厳しい掟がある。
「あなた、武闘祭に出る準備はできてるの?」
王都で兵士になるには1年に1度開かれる武闘祭に参加し、王や兵士長といったお偉いさんの目に留まらなければならない。
参加者が剣を握り、戦いあうという物騒な競技だ。勿論、武器は本物を用意する。
「毎年、怪我人がたくさんでてるのは知ってるでしょ。武器だけならあなたの貯金でなんとかなるかもしれないけど、防具まで揃えられるの?」
参加資格は武器を提示すること。これだけだ。ちゃんとした武器を用意できれば、どんな人間でも兵士になるチャンスがある。だが、防具なしでこの大会に出たらどうなるか。想像するまでもない。
「大丈夫だよ!」
彼の手元にあるのは銀貨4枚。それなりの武器を買ったら、あっという間に底をつく額だ。とても盾や鎧まで用意できない。にも拘わらず、アルフレッドは心配していなかった。
「俺、こう見えても避けることには自信があるんだ。村でも、ゴブリンたちの攻撃を一度も食らわないで倒せたし」
「魔物と人間は違うわ」
魔物と比べ、人間には知能がある。
村の周辺で現れる低能な魔物とは比べ物にならない連中が集まってくるのだ。それこそ、魔術師が出てくる可能性だってある。彼らが紡ぐ広範囲の攻撃魔法を生身で受けたら、それこそ怪我では済まない。
「いいこと? この王都には、あなたのように兵士に憧れる人間が大勢いるわ。言ってしまえば、あなたと同じような人間がたくさんいるの」
いずれも腕揃い。毎年祭りを生で見ているからこそ、叔父は知っているつもりだ。贔屓目で見てもアルフレッドはいい人材だとは思う。けれども、保護者として万が一は常に考えなければならない。
せめて性能がいい武器。それがなくても防具がないと参加を許すことはできない。
「あなた、魔力は殆ど持ってないんでしょう。そんな状態で、魔術師とどう戦うつもり?」
「その時は――――」
「魔石の剣を使うっていうのは無しよ」
アルフレッドが言いかけた言葉を途中で塞ぎ、叔父は真剣な顔で言う。
「魔石を使って作った剣なら確かに魔法は打ち消せるわ。アルでも勝てる」
だが、その分高値だ。
少なくとも、今のアルフレッドの財力で手が届く代物ではない。
「でも、どうやって手に入れるつもりなの。まさか兵士になってお金を稼ぐって言わないわよね」
「それなんだけどさ。武器屋のおっちゃんがおみくじをするらしいんだよ」
「おみくじ?」
「そう。しかも、一等は魔石を埋め込んだ剣!」
「なんですって!?」
そんな美味しい話があったのか。
現実的ではないが、手に入れることができたらアルフレッドの兵士入り確率はぐんと上がる。
「本当なんでしょうね?」
「本当だって。本人にも確認したし」
「……だとしても、手に入れる自信はあるの?」
おみくじといえば、実力無視の運勝負だ。
確率がどの程度なのかは知らないが、とても手に入れることができるとは思えない。
「大丈夫。俺、こういう運は持ってるんだよ」
「そういうの持ち出されてもねぇ……」
どちらにせよ、引き下がる気はないようだ。
叔父は肩を落とした後、人差し指を突き付けて宣言する。
「わかったわ。手に入れることができたら、出場は許す。兄さんたちには私から話しておくわ」
「やりぃっ!」
「ただし!」
念押しに声を強める。
「もし、魔石で作られた剣を手に入れることができなかったら。その時は素直にあきらめなさい。それが条件よ」
「……わかった」
恐らく、これが最初で最後のチャンスになるだろう。
アルフレッドが兵士に強く憧れているのは知っている。彼は好奇心旺盛で、放っておくとどこまでも遠くに行ってしまうタイプの人間だ。どこに置いても好きな場所に行こうとする。だからこそ、きちんと釘を刺しておかないといけない。
アルフレッド自身、滅多にないチャンスなのだと理解しているのだろう。重々承知した様子で頷くと、彼は再び品物を並べ始める。
「それで、おみくじっていつからやるの?」
「明後日。だからその日は休みをもらいたいんだけど」
「いいわよ。行ってきなさい。そのくらいの甲斐性ならあるわよ」
できることはなるべく叶えてやろう。
遠い王都まで出稼ぎに来たのだ。最後のチャンスくらい、思う存分にやらせてやればいい。例えそれが運勝負であっても、やらないで潰えるよりはやって潰えた方が気持ちは楽だ。
そう思いながらも、叔父は明後日の仕事をひとりでどう処理するか考え始めていた。
二日後。
アルフレッドは早朝から武器屋の看板を睨み続けていた。親の仇でも見るような視線の先には、このような張り紙がある。
予定していたおみくじは、本日最初にきたお客さんが引き当てました。
「ふっざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
街中で思いっきり吼える。
周囲の通行人が驚き、振り返るがアルフレッドは気にしていられない。
彼が王都に来た目的は出稼ぎだが、それ以上に兵士になることだ。
今回がまたとないチャンスなのは理解している。叔父の家で道具屋の手伝いをしたところで、実家に回すお金のことを考えると防具を揃えるのは何年も先の話になってしまう。そうなってしまえば、武闘祭に出るチャンスは遠のくばかりだ。ましてや魔石は入手難易度が高いレア素材。これを使った武具を手に入れる機会が今後も転がる可能性は低い。
「……はぁ」
とはいえ、約束は約束だ。
アルフレッドが防げない魔法を防ぐことができる剣を手に入れられないのなら、出場は素直に諦める。叔父が両親を説得する為の条件だ。頷いた以上、帰るまでになにかしらの手段は考えなければならないだろう。
おもむろに自分の手持ちを確認する。
銀貨が4枚。これが自分の全財産だ。魔石を使った武具を購入する為にはぜんぜん足りていない。
現実的に考えて、正攻法で購入するのは至難の技だ。苦々しい表情で窓を覗き込む。ギャラリーの中央で虹色に輝く剣を掲げる少年の姿があった。
「ははははははははは! やはり俺は引き運も絶好調だな!」
「流石でございます、クリーニ様」
クリーニ、と呼ばれた少年の傍で使用人らしき女性が拍手を送っている。どうやら金と運を持ち合わせたハイブリット金持ちらしい。アルフレッドは歯ぎしりし、恨めし気に睨む。
「当然だ。なぜなら俺は王よりも金持ちなんだからな!」
「はい。王都でクリーニ様より恵まれた者は存在しません」
上機嫌で高笑いする金持ち。まるで世界は自分の為に存在しているとでも言わんばかりに、彼の笑いはご機嫌だった。
「そうだろう、そうだろう! なんたってこの世界は俺の為にあるのだ!」
言いやがった。アルフレッドも調子に乗ることはあるが、あそこまで鼻を高くすることはない。
どういう環境で育てばああなるのか、疑問に思う。
「これで武闘祭は俺の優勝で決まりだな」
クリーニが勝ち誇った表情で言い放つ。使用人も、周りを取り囲む客も、武器屋の店主も当然のように頷いていた。
「魔石の剣だろ? あれに太刀打ちできる奴がいたら、とっくに兵士になれてるぜ」
「そうだな。腕利きは毎年引き抜かれてる。それに、クリーニは口だけじゃない」
「そのとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっり!」
客の予想を聞いて満足げに頷くと、クリーニは犬歯を丸出しにした笑顔で彼らの肩を抱きしめた。客は凄く嫌そうな顔だったが、彼はお構いなしに続けていく。
「俺はなんでも持っている。力も、権力も、教養も、美貌だってある! なぜだかわかるか、カルラ!?」
「それはクリーニ様が金持ちだからでございます」
「そのとおりだ!」
耳元でやたらと大声で叫ぶクリーニ。客も武器屋の店主も迷惑そうに彼を見つめるが、本人はまったく気にした様子がない。
「同時に、俺は慈悲の心も持ち合わせている! なんたって金持ちだから!」
だったらその剣を俺にくれ。
心の底から念じながらも窓越しに睨みつけるアルフレッドだったが、クリーニは気付くことが無かった。
「庶民共! 先代国王が財政を潰し、この国を崩壊させかけたことを知っているだろう!?」
「もちろんでございます、クリーニ様。あれからまだ100日程しか経っていません」
ディラグラン王都の先代国王は金遣いの荒さで有名だった。アルフレッドは実際に見たわけではないのだが、なんでもプライベートで武器を大量に購入していたらしい。しかも武器屋で買えるような、珍しくない物を、だ。なぜそんな買い物をしたのかはわからない。
だが元は巨大な資金源でも、塵は積もれば山のように膨れ上がる。気付けば、国は一気に財政難になっていたというわけだ。
「その財政難を解決する為に金を貸したのが、俺たちサーキュリット一家! 本来なら国が商人に借金をするなど、あってはならないこと!」
ゆえに、
「すべてを兼ね揃えた俺が兵となり、そしていずれは王へと至る!」
「すばらしい決意です、クリーニ様。カルラは思わず涙が出てしまいそうです」
ハンカチを取り出し、従者がどうでもよさげに鼻をかんだ。それとなく彼らの関係を垣間見てしまった瞬間だった。
「庶民共。お前たちは歴史の目撃者となった。金持ちの俺が持っていなかった物。そのひとつである運をこの手で掴みとったのを目撃したのだからな!」
本来なら逆賊だと訴えられてもおかしくない発言を連発しているが、彼も悪気があって発言しているわけではない。むしろ、彼の家が国に金を貸しているからこそ、国民の生活は以前と変わらずにいられるのだ。ある種、クリーニは王よりも上の立場にいると考えていいだろう。
「後は俺が王になれば、完璧なる金持ちが降臨するわけだ。その為にもまず、今年の武闘祭で俺の力をお前たちに認めさせる必要がある」
引き当てた剣を携える。
クリーニは踵を返すと、そのまま出口のドアを開け放った。
「さらばだ庶民共! 今年の武闘祭で賭けをするなら、このクリーニに入れるのだな! 金持ちのクリーニに!」
「では店主様。こちらの武器はいただいていきます」
「ど、どうも」
言いたい放題言った後、クリーニは高笑いしながら武器屋を出ていった。カルラは耳栓をしてから彼の傍を歩いている。よく訓練された従者だ。
「……あいつを蹴落とさなきゃいけないのか」
立ち去る彼らの背中を見つめ、アルフレッドは小さく呟いた。
言動は大分飛びぬけてるが、間違いなく優勝候補である。少なくとも、財力という点において彼は無敵だ。くじびきも何度引いたのか知らないが、魔石入りの剣を奪われた以上、勝算は薄い。後、目的もでかい。
「でもなぁ。その辺の武器でどうにかなるとは思えないし……」
「武器をお探しかえ?」
首を捻って独り言を呟いていると、後ろから声をかけられた。
振り返ってみる。フードで顔を隠した老婆がいた。折れ曲がった腰と、今にも消え去りそうな小さな声が振り絞られ、再びアルフレッドに投げかけられる。
「見たところ、金銭に余裕はなさそうじゃのぅ」
身なりを観察され、そんなことを言われた。
余計なお世話だと思いながらも、アルフレッドは肩を落とす。
「おばあちゃん、悪いけど俺は本気でレア武器を探してるんだ。売りつけるのは勝手だけど、冷やかしなら帰ってくれ」
「なぁに、心配せんでもええ。売りつけるものなぞなんもありゃあせん」
言いつつも、老婆は袖から何かを取り出した。
薄くて平べったい物体だ。
「御代はいらん。もらっておいき」
「え?」
掌に押し付けられ、思わず受け取ってしまう。道具屋に務めて日は浅いが、見たこともないアイテムだ。じっくりと観察してみるが、わからないことだらけである。
「なにこれ。というか、受け取れないよ」
「それはの。銀貨と引き換えに武器をくれるアイテムなんじゃよ」
「それってつまり、錬金術?」
「中身がどうなっているのか、ワシにもわからんよ。前の持ち主も拾っただけだからね。使う場合は丁度お主の親指が引っかかっているところを押せば、説明がでてくる。じゃあ、いいのが引けるといいねぇ」
言うことを言って背を向け、老婆は去りだした。
「ちょ、ちょっと!」
無理やり押し付けられるような形で怪しいアイテムを貰っても反応に困る。アルフレッドは静止の声をかけるが、老婆は逃げるようにして走り去ってしまった。あっという間だった。折れ曲がった腰はぴん、と反っており、最初から誰かに押し付ける気満々で逃げ出したのが丸わかりである。
「……どうするんだよ、これ」
お金はとられなかったが、押し付けられたことを考えるとあまりいいアイテムではないのだろう。
老婆の説明もあやふやである。銀貨を武器と交換するという話だが、こんな掌サイズの小さな物体から出てくる武器なんて聞いたことがない。
だが、アルフレッドには悩んでいる時間が無かった。
武闘祭のエントリーまでの期日は限られている。その時間までになんとかして武器、あるいは防具を手に入れないと話にならない。思考も纏まらないまま老婆から押し付けられたアイテムを袋に入れ、アルフレッドは武器屋に入店した。