グレース 18歳
夏のある日。
村で酒に酔って暴れていた男を一人蹴り飛ばした。激高して襲い掛かってきた男の連れは、箒で急所を突いて昏倒させた。
祖父が槍術の達人だった。幼い頃は兄と共に訓練を受け、祖父が亡くなっても鍛錬を続けていたから、泥酔した人間の相手は簡単だった。
それが、こんな話に繋がるとは夢にも思っていなかった。
グレースは目の前で深々と頭を下げる身なりの良い少年を見つめる。壁紙がところどころ剥げた屋敷につぎはぎだらけの服を着た家人。そんなみすぼらしい家に、手入れの整った服を着ている彼はとても不釣り合いだ。
「頼む。君の力を貸してほしい」
彼は突然訪ねてきてこう言った。皇都に来て淑女教育を受け、皇女殿下の護衛になってくれないか、と。
「ここを離れることになるし、淑女教育は厳しいものになるだろう。もう今の生活に戻れない可能性もある。だが、給金ははずむ。どんな結果になろうとも君の将来は保証するし、この家の援助もする。だから」
アルバート・ヴェルストラーテンと名乗った彼は必死に頭を下げる。
「どうか、君の力を僕にくれないだろうか」
家の援助をしてもらえるのはありがたい。大昔に爵位と土地をもらっただけの辺境貴族の我が家は、最近は屋根の修理もままならないほど生活がひっ迫してきている。
淑女教育を受けられるというのもグレースには魅力的に聞こえた。この家はもう本すら全て売り払ってしまったから。
「私で、よろしければ」
グレースがそう答えると、アルバートは顔を上げて目を輝かせた。
自分と同じ黒髪の人間をグレースは初めて見た。家族の中で自分だけが黒髪で、村では気味が悪いといじめられてきたが、目の前の少年の黒髪はとても艶やかで気品がある。
――私の髪も、あんな風になれるのかしら。
目立たないよう頭巾の中で隠せるよう短く切ってきた髪は今はざんばらで埃だらけだ。
「よろしくお願いいたします」
彼女は答える。
それが人生を180度変える選択になるとは露も知らずに。
書きこめなかったのですがグレースは実は18歳で誰より年上でした。
基本、貴族学院は未就学であれば年齢関係なく入学できます。
年齢ずれは貴族として恥なので、他の貴族はしませんが。
誰より年上だけど誰よりアイリーンに忠実なグレースの分岐点でした。




