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継承される拍動

 その兆しは、ある雨上がりの朝、唐突に訪れた。

 いつものように、一日を始めるための「一回目の儀式」を終えた後。陽葵が、僕の腕の中でふと動きを止めた。彼女の肌はいつも、僕の過剰な熱をすべて吸い取ってくれる向日葵のような生命力に満ちているが、その日の彼女は、どこか遠い場所にある「別の音」を聞いているような、不思議な静寂を纏っていた。


「……れい君。聞こえる?」


 陽葵が僕の手を取り、彼女の腹部へと導く。そこには、僕たちの激しい共鳴の余韻とは違う、もっと小さく、けれどもしぶとく、そして確かな**「三つ目の拍動」**が刻まれていた。


「ここに、いるよ。私たちの、新しい共鳴が」


 心臓の鼓動が跳ね上がった。それは、瑛理香と偽装交際を始めたときの焦燥でも、結衣と再会したときの郷愁でもない。

 僕と陽葵が、家も、名誉も、過去の約束もすべてを投げ打って、ただ「この身体が求める相手」として結ばれ続けた結果。その、致死量に近い適合の極致が、結晶となってそこに宿っていた。


 陽葵の妊娠。

 それは僕たちの特異な生活様式が、もはや二人だけの閉じた世界では済まなくなったことを意味していた。

 僕たちは、毎日欠かすことなく肌を重ね、互いのエネルギーを循環させることで、ようやく正気を保っている。そんな僕たちの間に生まれる子供は、一体どのような「飢え」を持って生まれてくるのだろうか。普通の親なら、それを「呪い」だと嘆くかもしれない。


「怖くない、って言ったら嘘になるよね。……私たちのこの『異常』が、この子にも受け継がれてしまうのかもって」


 陽葵は僕の不安を見透かしたように微笑んだ。彼女の瞳には、かつて姉・結衣を裏切ってまで僕を選んだときの、あの凄絶なまでの覚悟が再び宿っている。


「でも、私は信じてる。私たちが、この適合を見つけるまでにどれだけ彷徨って、どれだけ傷ついたか。……この子は、その答えを知った二人の間から生まれてくるんだもん。最初から、自分を埋めるピースの探し方を知って生まれてくるんだよ」


 僕は陽葵を強く抱きしめた。

 僕たちの家系——ゼネコンの「一条」と、和菓子の「瀬那」。伝統と格式に縛られ、心の空腹を「体裁」という空疎な言葉で誤魔化し、一族全員が『ゼロ』のまま死んでいった家系。

 そこから脱落し、野良のつがいのように惹かれ合った僕たちの「本能」。

 この新しい命は、単なる遺伝子の配合ではない。それは、僕たちが証明し続けた**「剥き出しの価値観の継承」**だ。


 精神的な愛という「衣」で肉体を隠さず、一日に何度も、呼吸をするように互いを求め合うこと。

 それを「異常」ではなく、生きていくための「唯一の正解」として肯定できる強さ。


「継承されるんだね。僕たちの、この狂おしい拍動が」


 僕は陽葵の肌に顔を寄せ、その温もりを深く吸い込んだ。

 もしこの子が、僕たちと同じような「底なしの飢え」を持って生まれたとしても、僕はそれを祝福してやれる。

 なぜなら、その空腹こそが、自分を「イチ」として完成させてくれる唯一の伴侶を、世界中から探し出すための最強のコンパスになることを、僕は知っているからだ。


「……いいよ、零くん。この子が生まれたら、三人で、もっと深い場所へ行こう」


 港町の潮風が窓から入り込み、二人の、そして三人の熱を優しく撫でていく。

 かつての仲間たちが歩んだ「王道」とは違う、陽の当たらない裏路地の幸福。けれど、誰よりも生々しく、誰よりも確かな愛の形が、そこにはあった。


 物語は、完結へと向かう。

 僕たちのこの「執着」は、新しい命と共に、永遠という名の「日常」へと変わっていく。

 もはやそれは、僕を殺そうとした「偽り」ではない。

 僕たちを、そしてこの新しい命を生かし続ける、唯一の「真実」なのだ。

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