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猛毒の過剰摂取

 二月十四日。学園中が甘い香りと、それ以上に無機質な緊張感に包まれる朝。

 僕のバレンタインは、予定を大幅に前倒しした「常磐萬里花」の急襲から始まった。


「零様! この日のために、わたくしの全細胞を注ぎ込んで用意いたしましたわ!」


 早朝の無人の教室。萬里花が差し出してきたのは、菓子という概念を超越した、どろりと重厚な漆黒の塊だった。最高級のカカオを、彼女の情念という名の炎で限界まで煮詰めたような、狂気すら感じる輝き。

 それを一口、無理やり口に押し込まれた瞬間、脳を直接殴られたような衝撃が走った。


 熱い。そして、あまりにも重い。

 胃の奥がカッと焼け付くような感覚。それは空腹を満たす「糧」ではなく、僕の内側を焼き尽くして自分一色に染め上げようとする、甘美な「猛毒」そのものだった。


「どうですの? 私以外の味など、二度と思い出せなくなるほどに刻み込んで差し上げますわ……っ」


 萬里花が、蛇が獲物を絞め殺すような執念で僕の首に腕を回してくる。

 そのまま雪崩れ込むように始まった「行為」は、まさに略奪だった。一回、二回――。彼女は僕の身体が発する膨大なエネルギーを、一滴も残さず自らの空洞へ搾り取ろうと躍起になる。


 だが、問題はそこだった。

 萬里花の「命」は、彼女の凄まじい「執念」に追いついていないのだ。

 二回目を終える頃には、彼女の呼吸は喘鳴ぜんめいに変わり、その細い指先は、僕の熱に当てられたように痙攣し始めていた。


「はぁ、はぁ……零、様……まだ、終わらせませんわ……っ」


 彼女は三回目を強請ねだるが、その肌は透けるように青白く、今にも意識を失いそうなほど磨耗している。

 僕の身体は、まだ激しく脈打っている。僕が必要としている「量」は、こんなものではない。

 彼女が差し出す愛は、質こそ特濃だが、僕という巨大な空洞を維持するための「持続的な供給源」としては、あまりにも儚く、脆すぎた。


「……萬里花、もういい。これ以上は、君が壊れてしまう」


「嫌、ですわ……わたくしが、一番……誰よりも、深く……」


 彼女の抱擁は、僕の「飢え」を一時的に散らしてはくれる。だが、それは火災現場にコップ一杯の特濃シロップを撒くようなものだ。焼け石に水。僕の渇望は、彼女を限界まで使い潰してもなお、満たされるどころか、異質な熱を持ってさらに燃え盛ってしまう。


 力尽きかけた萬里花をどうにか宥め、教室を後にしたとき、僕の足取りは鉛のように重かった。

 中途半端に火をつけられた身体が、行き場のない熱を持て余して疼いている。

 この後には、さらに異なる「質」を持つヒロインたちが控えている。だが、絶望的な予感が僕を支配していた。


 瑛理香も、結衣も、そして萬里花も。彼女たちは僕に「最高の一皿」を差し出してくれるだろう。だが、僕が求めているのは、一日に何度も、それこそ呼吸をするように繰り返される「終わりのない食事」なのだ。


 ふと、廊下の向こうから歩いてくる陽葵とすれ違う。

 彼女は僕の顔を見、次に萬里花がいる教室を一瞥して、冷ややかな笑みを浮かべた。


「……ふん。やっぱりね。そんな細い器じゃ、あんたの『量』を受け止めきれるわけないじゃない」


 すれ違いざまに囁かれたその言葉は、僕の確信を正確に射抜いていた。

 陽葵だけが知っている。僕たちの渇望は、特別な日のたった一回の爆発ではなく、日常という名の地獄を共に歩くための、膨大な数の積み重ね(カウント)でしか癒えないことを。


 僕は、背後で力尽きている萬里花の影を振り切るように、次の包囲網へと足を向けた。

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