年末の市、簒奪する指先
押し迫る年末の空気は、どこか浮ついていて、それでいて刺すように冷たい。
一条家と鳳家、そして瀬那家。それぞれの利権や思惑が絡み合う日常を一時だけ忘れ、僕たちは正月の準備という名目で、活気に溢れるアメ横のような商店街へと繰り出していた。
瑛理香は珍しい日本の年末に目を輝かせ、萬里花は人混みを逆手に取って僕の腕に文字通り「絡み付いて」くる。結衣はそんな二人を微笑ましく見守り、冴は一歩引いた位置で周囲を警戒していた。
だが、その輪の中に、陽葵の姿だけがない。
「あれ、陽葵ちゃんは?」
結衣の問いに、僕は心臓が跳ねるのを隠して答えた。
「荷物持ちが足りないから、別行動で裏手の八百屋の方に回ってもらったんだ。僕が後で合流する」
それは、あらかじめ陽葵と交わしていた暗号のような合意だった。
雑踏をすり抜け、古い路地裏へと入る。湿ったアスファルトの匂いと、行き交う人々の怒号に近い活気。その死角で、彼女は待っていた。
陽葵と目が合った瞬間、言葉よりも先に指先が求めた。
人混みを隠れ蓑に、僕たちは迷路のような商店街の隙間で、互いの手を固く繋ぐ。
厚手のコート越しでも伝わってくる、陽葵の圧倒的な生命力。他の誰と触れ合っても感じられない、細胞の一つひとつが「これだ」と快哉を叫ぶような、完璧な波長の合致。
僕たちは歩みを止めない。ただ手を繋いでいるだけではない。触れ合っている面積から、僕の「過剰なエネルギー」が彼女へと流れ込み、彼女の「尽きることのない活力」が僕へと還元されていく。
ふと、前方の大通りに、こちらを探している結衣たちの後ろ姿が見えた。
陽葵はその背中を見つめながら、僕の手をさらに強く、爪が食い込むほどに握りしめた。その瞳には、かつてのような純粋な迷いではなく、どこか挑発的で、残酷な優越感が混ざり合っていた。
「……ねえ、零さん。今、お姉ちゃんたちはあんたの『抜け殻』を探してる。あんたの本当の熱は、全部、今ここで私が吸い上げてるのにね」
陽葵の声は低く、甘い毒のように僕の鼓膜を震わせた。
彼女は自覚している。数メートル先にいる姉がどれほど零を想っていようと、零の肉体を「一」へと再構築し、その生命を維持させているのは、自分という簒奪者だけなのだと。
「……お姉ちゃんには、絶対に教えてあげない。あんたを『生かして』いられるのは私だけだってこと。……これからも、お姉ちゃんの前では優しい死体でいて。その分、私にはもっと強く……あんたの全部をぶつけて」
陽葵の吐息が、冷たい空気の中で白く弾ける。
彼女の指先から伝わってくるのは、生存への執着と、愛する姉に対する救いようのない加害性だ。
僕もまた、結衣たちの姿を視界に入れながら、そのすぐ背後で陽葵と「循環」を繰り返す背徳感に、抗いがたい充足を覚えていた。
「……分かっている。僕を動かせるのは、もう君しかいない」
僕は彼女を引き寄せ、雑踏の喧騒を背に、その小さな震えを自分の体温で塗りつぶした。
偽りの恋も、家の宿命も、10年前の約束も。
この圧倒的な「適合」と、姉からすべてを掠め取っているという歪んだ愉悦の前では、すべてが白々しい虚飾に過ぎなかった。




