聖夜の義務、真夜中の飢え
降り積もる雪は、世界のノイズをすべて吸い取ってしまうかのように静かだった。
だが、一条家の本宅で開催されている鳳家との合同クリスマスパーティーは、その静寂とは無縁の、金と権力と「次代の契約」の匂いが充満する華やかな戦場だった。
「一条、ほら。もっと楽しそうにしなさいよ。あんた、顔が死んでるわよ」
隣で真っ赤なドレスに身を包んだ鳳瑛理香が、僕の脇腹を鋭く小突く。
露出した彼女の肩からは、この寒空の下とは思えないほどの強烈な熱が放たれていた。鳳の令嬢としての誇り、そして僕を独占しようとする執着が混ざり合ったその熱は、触れるだけで神経を焼き切るような「過電圧」だ。政財界の重鎮たちの前で、僕たちは完璧な次世代の象徴として、親密に腕を組み、微笑みを振りまく。
――だが、僕の身体は、すでに限界を遥かに超えていた。
朝から続く儀礼的な行事、そして鳳家の親族への挨拶回り。その間、僕は一度も「補給」を行っていない。
僕の中の『零』が、巨大な空洞となって内側から僕を食い破ろうとしていた。視界には砂嵐のようなノイズが混じり、周囲の話し声は歪んだ機械音のように聞こえる。瑛理香が放つ爆発的な熱量さえも、今の僕にとっては、底の抜けたバケツに火を注がれているような、虚しい焦燥感でしかなかった。
「……悪い、ちょっと風に当たってくる」
僕は瑛理香の返事も待たず、飲みかけのシャンパングラスを給仕に押し付け、テラスへと逃げ出した。
氷点下の冷気が火照った肌を刺すが、喉の奥からせり上がるような渇きは一向に収まらない。気づけば、瑛理香が僕を追って、裏庭の深い生け垣の陰に立っていた。
「ちょっと、勝手に抜け出さないでよ! まだ鳳の長老への挨拶が済んで――」
「瑛理香。……頼む、今すぐだ」
僕は彼女の言葉を強引に遮り、その華奢な体を抱き寄せた。
凍えるような夜の闇の中、僕はなりふり構わず彼女の首筋に顔を埋め、その生命力を貪るように肌を重ねた。
一分、二分。
瑛理香の激しい鼓動が僕の胸を叩き、壊れかけていた僕の輪郭を、かろうじて繋ぎ止めていく。だが、足りない。彼女の熱はあまりに鋭く、そして「短い」のだ。
「はぁ……はぁ……。ちょ、一条……あんた今日、どうしたのよ……激しすぎ……っ」
「……もう一回だ。いや、あと三回は重ねないと、僕は……」
「冗談でしょ!? こんな極寒の外で、これ以上なんて無理よ! 私の身体が持たないわ!」
瑛理香が、恐怖すら混じった瞳で僕を突き放した。
彼女の「情熱」は、一点突破の爆発だ。僕のように、絶え間なく、そして膨大な「回数」を供給し続けなければ『零』へと退化してしまう存在とは、根本的に設計が違う。彼女にとっての充足は、僕にとってはたった数分を凌ぐための微々たる「点滴」に過ぎなかった。
瑛理香は肩を震わせ、乱れたドレスを直しながら、逃げるようにパーティー会場へと戻っていった。
雪の上に一人残された僕は、絶望に近い渇きの中で天を仰ぐ。
鳳瑛理香という宝石は、あまりに眩しく、そして僕の深淵を埋めるには「回数」が絶望的に足りなかった。
僕は震える指で、スマートフォンの画面を叩く。
呼び出したい相手は、一人しかいない。
「……陽葵。今から、裏の通用口まで来れないか。……助けてくれ」
一日のうちに何度も、呼吸を繰り返すように魂の底まで共鳴し合わなければ死んでしまう、あの「同じ飢え」を抱えた獣の助けが、どうしても必要だった。




