最終話 普通の選択
朝のギルドは、いつも通りだった。
掲示板に依頼が貼られ、
冒険者たちが紙を剥がし、
小さなざわめきが生まれる。
特別な日ではない。
王都からの通達もない。
推薦も、任命も、制度もない。
ただ、普通の朝だ。
俺は掲示板の前に立ち、依頼書を眺める。
橋梁点検。
倉庫補修。
街道巡回。
どれも、特別ではない。
「……どれにする」
自分に問いかける。
選ばなければならないのは、
英雄か、凡人かではない。
前に出るか、
立ち止まるか。
それだけだ。
横で、新人の冒険者が依頼書を取った。
手が少し震えている。
「……大丈夫か」
思わず声をかける。
「は、はい」
「初めてで」
「焦らなくていい」
「わからなければ止まれ」
それだけ伝える。
指示ではない。
保証でもない。
ただの言葉だ。
新人は、深く頷き、現場へ向かった。
俺は、軽依頼の札を取る。
特別な案件ではない。
危険も高くない。
ノクスさんが、横で笑った。
「結局、普通か」
「はい」
「英雄にはならなかったな」
「なりたくなかったので」
それだけだ。
外へ出ると、空は晴れている。
世界は、今日も少しだけ不安定だ。
誰かが判断を誤るかもしれない。
怪我をするかもしれない。
だが、
誰かが止まるかもしれない。
俺でなくてもいい。
俺がいなくても、
立ち止まれる世界なら、それでいい。
風が吹く。
掲示板の紙が、わずかに揺れる。
俺は歩き出す。
特別でもなく、
無力でもなく、
ただの一人として。
世界は今日も、完璧ではない。
それでも、
誰かが基準を守るなら、
それで十分だ。
俺は、普通を選ぶ。
それが、俺の答えだ。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。
この物語は、
「無自覚天才が無双する話」ではなく、
「無自覚なまま“前提”にされてしまう怖さ」を描きたくて始めました。
誰かがいると安心する。
誰かがいれば大丈夫だと思ってしまう。
それは悪意ではなく、善意から始まります。
でも、その善意が積み重なったとき、
本人の知らないところで“役割”が固定されてしまうことがある。
アルトは特別な力を持っているわけではありません。
ただ少しだけ、基準を下げない人でした。
そして最後に彼が選んだのは、
英雄になることでも、世界を背負うことでもなく、
「普通でいること」でした。
完璧な世界ではなく、
完璧になろうとしすぎない世界。
誰か一人に依存せず、
それぞれが少しだけ慎重になる世界。
そんな形があってもいいのではないか――
そんな思いで、最後まで書き切りました。
この物語はこれで完結ですが、
彼らの日常はきっと続いています。
もしまたどこかで、
違う形の物語を書くことがあれば、
そのときも読んでいただけたら嬉しいです。
ここまで、本当にありがとうございました。




