拠点確保
"逃げるが勝ち"と言う言葉を知っているだろうか?
勝てない敵に遭遇した時、どうしようもない状況に陥った時、そんな時に取る最も有効的な手段の一つ。
――それこそが逃げである。
◆
「あーー! あれはなんだー!」
俺はコボルトの背後を指差しながら大根役者と言うのすら烏滸がましいほどの棒読みで驚愕の表情を浮かべてみせた。
コボルトは知能レベルが低いのか簡単に騙されて後ろを振り向いた。
その瞬間、俺は俺の持てる全ての力を両脚に込めて駆け出した。
コボルトもすぐに気づいて追いかけてくる。
俺はコボルトを巻くために複雑な道へとドンドン進んでいく。
勿論俺もその道がどこに繋がっているかわかっているわけではない。
が、ひたすら走る。
いつの間にか、背後からコボルトの姿が消えていた。
どうやら撒き切ったようだ。
流石にあれには肝が冷えた。
今になって疲労がどっと押し寄せてくる。
体に力が入らなくなり、お世辞にも清潔とは言えないような路地上で体を横にする。
「はぁはぁはっ……きっつ」
痛みに耐えるのには慣れているが、部活にも入っていないと言うことも相まって俺には体力というものがなかった。
更に一番最初に殺した狼にやられた傷がまたズキズキと痛んできた。
さっきまではアドレナリンが出て痛みも感じていなかったが危機を脱して緊張がほぐれたからかぶり返してきたようだ。
ここまでの痛みを感じたのは久し振りかもしれない。
もし痛みに慣れていない人が食らいでもしたら発狂してしまうのではと言うレベルじゃあないだろうか。
そのくらいあの狼の鋭い牙で肉を抉られていく感覚はまだ忘れられない。
包帯が乱雑に巻かれた左手を庇いながらゆっくりとした足取りで辺りを警戒しながら休憩のできる場所を探していく。
すると、一人。地面に倒れ伏して頭から血を流している男がいた。
年の頃は4、50歳と言ったところだろうか。
近寄って見てみると頭以外にも全身に噛み付かれたような傷が出来ているのをみると狼に襲われたのだろうと推測できた。
脈を図ってみたが、男の心臓はもう動いていなかった。
一人、人を殺してしまった俺が言うのもなんだが、人が死ぬのを見てもこんなにもなんの感情もわかないのかと少し不思議に思った。
◆
何か役に立つものを持っていないか? と男の服と近くに転がっていた鞄をなんの遠慮もなく漁る。
「これは……カード?」
使えそうなものはライター、スマホ、パソコン、モバイルバッテリー、シャーペン、あとは菓子パンが二つあるくらいなものだった。
取り敢えず貰っておこう、といらないものは全て取り出して必要なものだけを鞄に入れる。
俺は持っていなかったのでスマホの存在は大きい。
男の胸ポケットに入れられていたカード。
そこには文字が書かれていた。
『桜木グランドタワー』
なんの名前だろうと考えるが、すぐに答えに行き着いた。
この辺りで一番大きい建物として有名だった記憶がある、高層マンションだ。
小さい頃、大人になったらこんな場所に住んでみたいと思ったこともあったな。と物思いに耽る。
その大きさから細かな道は覚えていなくても大体どこにあるかは分かる。
この人の部屋で休ませてもらおう、とカードも鞄の中に放り込むと、マンションを目指してまた足を進める。
なるべく早く、しかし気づかれないように慎重に足音はなるべく立てないようにして進んでいく。
おおよそ二十分位だろうか、やっとの事でマンションまてたどり着いた。
道中、二匹の狼に出くわしそうになったがなんとか隠れてやり過ごすことができた。
疲れ果てた体に鞭を打ってマンションに入っていく。
カードをスキャンするとエントランスのドアが開く。
普段はどうかは知らないがエントランスに人がいる気配はない。
俺自身そこに興味はなかったので早速カードに書かれた番号の部屋に向かう。
505号室。
その部屋はマンション5階にあった。
流石に疲れた体で5階分の階段を上るのはきつかったのでエレベーターを利用する。
もしかしたら、このマンション内にも狼やコボルトが入り込んでいるかもしれない。完全に安心できる場所を確保するまで気は抜くことはできない。
チンッ! と言う音とともにエレベーターの扉が開く。
数秒の間に5階までついたようだ。
辺りを見回して警戒しながら505号室を探す。
「あった……ここか」
数分の時間を要して目当ての部屋を探し当てた。
部屋の鍵もカードを使うようで簡単に開いた。
部屋は随分と簡素なものであまり物は置いていなかった。
置いてあるものから察するにあの男はこの部屋で一人暮らしをしていたらしい。
しかしそのくせ、冷蔵庫には十分な食料が蓄えられているし、保存食もある。
加えて調理器具も一式揃っていた。
これらは俺がありがたく使わせてもらうことにする。
部屋は2LDKと広すぎるほどに広い。
やっと落ち着いて休むことができる、とソファに腰を下ろすと沈んでいくように錯覚してしまうくらいの柔らかさにびっくりする。
緊張状態から解放されたからか思考力が低下し、瞼が落ちていく。
疲れていたからかいつのまにか俺は眠りについていた。




