第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千百九十七
―――ソルジェがちょっとは賢くなったことに、我らの詐欺師は納得した。
猟兵らしい本能じみたもので、ソルジェは彼女を新たな師匠にしている。
貪欲なまでの吸収を示し、既存の戦術も戦略も改良して『遊んでいた』。
詐欺師ではあるが人道的もある少尉は、この教育を喜んでもいる……。
「戦いだけに集中し過ぎないことだ。竜の強さは思い知らされている。だが、帝国も追い詰められれば、何が飛び出してくるか分からない相手だ。私の想像を超えたもの、お前の本能じみた戦いの嗅覚させも超えたものが現れかねん」
「油断はしないさ。ずい分多く、失ってきているんだからね」
「……銀行を押さえることで、金の流れが分かるものだ。商売とは基本的に、借金をして行うものだからな。それは違法な商いでも逃れがたいものだ。連中はいずれかの手段で金を借りる」
「そいつを把握して、『悪徳商人』の兵站ルートを見破れと」
「そんなところだ。脅迫するもいいだろうし、お前たちのような戦闘狂が好む手法には、あえて泳がすという手段もあるだろう」
「あえて泳がす、か。値段を、吊り上げるために……」
「帝国軍や帝国貴族は、あらゆる品物が過剰な値段になることを抑えているものだ。矢であろうが糧食であろうが、高ければコストになる。軍や統治者にとって、適性といえる値段はあるものだ。そして、それらはポジションによって違う」
「商人からすれば売値は高い方がいいし、買値は安い方がいい。統治する貴族からすれば、民の不満を招くリスクだけを考えれば、逆なわけだな。軍はいつだって生産はしない。安く買えるほど嬉しいだけ。そいつらを、狂わせるわけだ」
「ああ。適正価格から逸脱していけば、人は面白い行為をする。隠し畑を増やしたり、そこからの供給を過剰に行ったりしてしまう。売れるとなれば、人は備蓄さえ手放すリスクを許容するのだ」
「それを利用すれば、帝国の支配地域からも買い叩けそうだな」
「それを、お前のヨメはしようとしている」
「自慢のヨメだよ。今夜はたくさん、夫として貢献することにしよう」
「そ、ソルジェさんってば……昨夜も、あれほど……っ」
「毎夜がいいね。毎朝も」
「で、ですよね。新婚、ですものねっ」
「そうだ。楽しいことはガマンすべきじゃない」
―――ソルジェにとって、ロロカたちと夜を過ごすことはプラスが多い。
ああ、彼の性的欲求をどうとかというハナシじゃないよ。
お話をすることが、とてつもなく有益なんだ。
ロロカは物流の天才だし、リエルやカミラの視点もありがたい……。
―――傷ついた戦士たちの情報も、ソルジェには伝わりにくい情報も入るからだ。
宝石眼のエルフであるリエルと、庶民派で人懐っこいカミラ。
亜人種たちと人間族側からの情報を、それぞれ多く得られているのさ。
多くを知るべきだよ、ソルジェを『育成』するのは彼女たちの役目でもある……。
「苛烈な大魔王も、妻には弱いか」
「そうだとも。愛妻家なのさ」
「有能なのは認める。ロロカ・シャーネルだけでは、なかったらしい」
「オレには知らない世界を、見てくれる。伝えてくれる。ありがたい存在だよ」
「お前は、最近何を学んだ」
「思ったより、ヒトは強くないということだ」
「いい認識だ。それを、より深めろ」
「そのつもりでいるが、鋭く賢い君からも教えを」
「敵を操れ。数字だけではなく、心を見るのだ。誰しもが勇敢にはなれないが、卑怯者にはなれる。卑怯な行いというものも、知恵であり、確実に力なのだ。それは民草に与えられた、数少ない武器でもある。お前が相手にしなくてはならない敵にも味方にも、多くの弱者が含まれているのだ」
「名言だ。心に留めておくよ。卑怯者は嫌いだと、単純に割り切るような真似はしないでおく」
「罪には、罰で応じるのも正しい。だが、罪に走る弱者の心も汲んでやるがいい。お前ならば、適切な同情の量を使えるだろうから」
「任せておけ。いい王さまになるぞ」
「『ペイルカ』と、イルカルラ周辺の国境越えの密輸ルートを教える。お前たちが襲撃していなければ、この『不正な兵站ルート』はまだ息をしているはずだ。懐柔してやれ。殺すことは、勿体ないぞ」
「君の知り合いたちは殺さないようにする。まあ、今のオレに動かせる戦士の数は多くはない。将であるメイウェイにお願いするほかないがね」
「私は協力を惜しむような真似はしない。不正であろうとも、兵站をより強めてくれるのであれば受け入れよう」
「なら、兵士たちを派遣して掌握するように仕向けるといい。私の名前を出せば、彼らも協力してくれるだろう。彼らだって、帝国ではなく『自由同盟』に手を貸したがるだろうから。ああ、人質についても心配するなと伝えておけ」
「……少尉。人質まで、取っていたのか?」
「将軍殿には分かるまい。弱者が弱者を操るためには、卑怯な手段は効率的だ。だが、誤解はするな。これはただの脅しであり、実際に殺す準備をしていたわけではない。私は詐欺師だ。信頼の逆説的利用者なだけ」
「ストラウス卿、彼女の力の一部は認めるが」
「ああ。感化され過ぎないようにはする。お前もだぜ、メイウェイ。名君であれ」
「分かっている。私にはやや不得意とする分野だが」
「そのときのために、部下を充実させておくのさ」
「これからも増やすよ。君らがしているように、『大学半島』の学生たちも勧誘したい」
「生来の傭兵稼業の少年もいる。アーベル。オレが欲しいんだが……ちょっと嫌われているし、今は、お前の部下だ」
「いい子だ。戦士としての腕も、率いる才能があることも」
「後者においては、あの世代では秀でているはずだ。勝ち戦も負け戦も知っている。くそ。うらやましい」




