第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千六十七
「戻らない。今の少尉は、間違っていると思うから」
「臆病に震えながらも、強がれるとは。成長したと褒めておいてやろう」
「怯えちゃいないよ。ただ、少尉のために、何が出来るのか……」
「何もないさ。その場で、黙って見ているがいい。私の勝利を」
―――シドニア・ジャンパーの右手に、赤い呪いの糸が巻き付いていく。
それが祭祀呪術を、彼女をつないでいる絆のようなものだった。
燃えるような痛みがそれから伝わり、どう猛な力の拍動を感じ取る。
『狼男』を捧げられた罪科の獣の力は、彼女の想像を上回っていたらしい……。
「これだけの力があれば、魔王が相手だったとしても怖くはないさ」
「……少尉、知っているかい。そんな言葉を吐くような者を、あんたが見たら。あんたはそいつを臆病者だと判断するって」
「皮肉は師である私譲りか。殺されると思っていないとは、舐められたものだよ」
「黙って見ていることはしない。でも、無力なオレにやれることは少ないよな」
「ここを生きて出られたら、私以外の師匠を持つがいい。多くを学ぶ必要がある」
「持たない。きっと、オレは……」
「甘えるなよ、小僧」
「甘ったるいクソガキに過ぎなくても、しつこさだけは一流のつもりだ」
―――シドニア・ジャンパーは指を鳴らし、彼女とつながる触手に命じる。
ノヴァークはまたたく間に触手の群れに絡みつかれ、全身を締めあげられた。
殺されると彼が思ったのは、戦闘に関してはまだまだシロウトだからだね。
引き千切ることなど容易かったはずなのに、彼はまだ生きているんだ……。
―――しゃべれもしない、言葉を発しようとすれば肋骨が折れていただろう。
肺腑に空気を溜めておくことが、胸郭の破綻を防ぐ術だと本能が理解していた。
殺意はないがそれぐらいの罰を、シドニア・ジャンパーは与えたがっている。
まだ師弟の関係を、彼女自身も解消し切れていないようだ……。
「いずれにしても、ここから先は修羅の道である―――」
―――無数の触手が、黄金色の爆炎に焼き尽くされながら吹き飛ばされた。
焦げた血の疾風を、シドニア・ジャンパーは涼やかな詐欺師の貌で受け止める。
焼き尽くされた触手の群れの向こう側に、ソルジェがいた。
炎をまとう竜太刀を肩に担いだ姿は、ああやはり大魔王だったよ……。
―――イライラしているね、激怒を理性の檻で抑制するのは難しい。
北方野蛮人のなかでも、とくに戦士としての感情の強いのがガルーナ人。
ストラウスの剣鬼、竜騎士の一族。
不機嫌な奥歯を軋むほどに噛みしめた直後、口を開いた……。
「ジャンの魔力が消えているが、説明をしてもらおう」
「察している通りだ。祭祀呪術の生贄として、呪いに落とした」
「どこにいる?うちの猟兵は」
「説明が必要だろうか。お前も、呪術師だ。祭祀呪術の脅威を多く見て来ただろう。お前の自慢の『狼男』であったとしても、こんな結末が訪れる」
「結末、か」
「私にも覚えがある。お前の介入のせいで、姫さまが亡くなられた。腹立たしいものだ。お前は、お前は……本当に、大切な者を私から奪ったんだよ」
「逆恨みに過ぎんと思うがね。だが、オレも復讐の道を進む男だ。お前に、オレへと挑む権利をくれてやろう」
「嘆くよりも、戦いか」
「オレは猟兵の生存を信じる。オレとガルフは、死ぬようなヤツを猟兵として選んだわけじゃないからな」
「なんだ、その傲慢な誤解は」
「まあ、それでも。腹は立っている。お前にも、オレ自身にも。甘すぎたよ。ジャンにお前は気絶させておけと命じておくべきだった」
「その通り。お前の愚かな選択のせいで、お前の部下は死んだ。このギルガレアの混じった触手の生贄となった」
「ギルガレア、か。なるほど。ここは……あいつの」
「無数の信仰が入れ替わりこの聖なる地を選んだ。そのなかにいたのは確かだ、罪科の獣も。その力が、お前を裁く……ああ、ジャン・レッドウッドの『狼男』の力も混じっているぞ。部下に、お前は殺されるというわけだ!!」
「猟兵は、死なんと言っている」
「死ぬさ!!お前がどんなに強くても、しょせんはヒトに過ぎんのだからな!!」




