第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千二十八
「竜を駆るだけでなく、神殺し……かよ」
「雇われる側を間違えたのかもしれない。『蛮族連合』……いや、『自由同盟』か」
「賽は投げられたんだ。オレたちは、少尉に雇われた」
「いいや。傭兵の居場所なんてものは、日替わりだ!!」
「おい、お前……少尉の救援に向かっているんじゃないのか!?」
「行きたければ、そうするがいい。オレは……」
「雇い主から、略奪しようだなんてのは、最低だぞ!!」
「お前に、何が分かると言うんだ!?こっちは、十五人支えるんだぞ!?オレの家族と、姉たちの家族!!男手は、ほとんど死んじまったんだ!!」
―――戦争なんてあると、働き手から死ぬこともあるからね。
傭兵どもにも、それなりの理由はあるものだよ。
為政者になる予定のソルジェには、よく知っていて欲しい現実だ。
傭兵どもの出自の半数が、『トゥ・リオーネの地』の生まれ……。
「オレは、生きて戻るだけじゃ足りないんだ!!金が、要る!!少尉に雇われていても、金にならんと言うのなら……略奪してでも養わなければならん!!子供たちを奴隷にしろと!?売春宿にでも売り飛ばせと言うのか!?」
「そ、それは……」
「傭兵なんて、何の保証もありはしないんだぞ。自力で、奪うしかない」
「しかし、それでは……コルテスたちを裏切ることになる!!あの一族は、や、やばいだろ!?絶対に、殺される……っ」
「コルテスたちだって、戦場のすべてが分かるわけじゃない。オレたちが、土壇場でどんな動きをしたかなんて、あいつらにだって……」
「一族が、いるだろ」
「……だとしても、このまま逃げるだけでは……」
「戦線を、維持しておくだけでいい。それだけで、きっと……」
「ここで、奪っておいた方が、まだ人道的な振る舞いになる」
「な、なにを言っているんだよ!?」
「戦場から手ぶらで戻れるか。奪うモノが必要なんだ。奪う……対象が。オレの守るべき人たちのために、不幸になってもらう連中がいる。誰だと、思っている?」
「お、おい。まさか……」
「兵士とは違うんだ。オレたちには、保証がない。前金だけでは、足りないんだぞ」
「し、市民を襲撃すると言っているのか……っ」
「したいわけじゃない。こんな考えだって、アタマのなかに思い浮かべたいわけじゃないんだぞ。オレを、邪悪な、怪物のように見ないでくれ」
「く、くそ。それは、そんな風には、み、見るつもりはないが……」
―――世界はいつものように不完全で、富はいつものように有限ではある。
追い詰められた者から、奪い取るのは戦場の権利のように転がっている。
敗残の最中にある主君からいちばん最初に盗む者は、およそ自軍の兵士だからね。
傭兵ならば、さらにその傾向は露骨なものになるよ……。
「オレだって、気高い戦士でいたい。だが、現実なんてものは、こんなものだ」
「そんな。そんなことは……っ」
「しゃ、しゃがんでいろ!!竜が、来る!!」
「く、くそ……ッ」
―――男は若者のアタマを抑えつけていた、空を旋回するゼファーから隠すように。
ククリとククルは狙いをつけている、どちらも三秒後には殺せていたはずだ。
しかし、攻撃を控えているよ。
あまりにも余裕であるし、それ以上にプレイガストが止めてくれているから……。
「ストラウス卿に、雇われるという選択もあるのだ!!『自由同盟』側には、『プレイレス』がついている!!諸都市の経済的余裕は、かなりのものだ!!諸君らは、帝国の傭兵などをやめて、帝国と戦う道もある!!『トゥ・リオーネの地』に生まれた者もいるだろう!!」
「それは……そう、だが……っ」
「……裏切り者にも、家族を救えない者にも……なりたくはない」
―――いつでも殺せる敵ふたり、ククリとククルはそいつらの運命を決めかねる。
殺すのが正しいのか、殺さないのが正しいのか。
戦場では迷わない方がいい、それもちゃんと理解はしているのさ。
だからね、迷う必要がない獲物にふたりは狙いを変えている……。
―――帝国軍に長く従属してきた、傭兵もいるからね。
隠遁を駆使して、ソルジェたちの後を追いかけようと企む者たち。
気配も魔力も音も消しているけれど、賢い双子は隠れた木々の裏も見る。
伸びた影もあれば、わずかな足跡による土の乱れさえ見過ごさない……。
「ゼファーちゃん、お願い」
「あそこの、杉の裏です」
―――ゼファーが空で柔らかく踊って、敵影を双子たちの視界のなかへと捉えてくれる。
傭兵どもは歯ぎしりしたし、呪われた身を不満に思っただろうね。
胴体を守ろうと、脇を締めて長剣と短槍を構え直していたが。
ククリとククルが狙ったのは、鋼をかわして首の根元に向かう軌道……。
―――またふたり、ボクたちが排除すべき敵が血祭りにあげられる。
戦力が削られてしまったことで、言い争っていた傭兵どもにも結論が訪れた。
武装解除して、両腕を空に上げていく。
家族を養うための道を、考え直したのか……。
―――それとも、ここをやり過ごしたあとで。
残酷な襲撃者として、小規模な村を襲うのかもしれない。
いずれにしても、武器を捨ててくれたのさ。
ククリとククルは、そいつらを無視することにした……。
「……これで、いいのかな」
「殺されるよりは、マシだ。空の上から、ずっと……オレたちを狙っていたぐらいは、分かるだろう」
「それは、分かる。ちくしょう。悔しいけど……」
「バケモノじみて強い戦士なんて、いくらでもいるんだ。それに……呪術師、かよ」
「帝国の皇帝は、呪術を恐れている!!帝国軍にも表立っては使わせないだろう!!しかし、その力がいかほどに有効なのかは、諸君らが身をもって味わっている!!帝国軍は、強さの上限をとっくの昔に決めてしまったのだ!!呪術による暗殺を恐れた、皇帝の臆病さゆえに!!この差は、より大きなものへとなっていくだろう!!」
「……こうやって、敵を説得していくんだね」
「……呪術の有効性と、帝国軍の組織的な『欠陥』を解くことで」
「左様。傭兵から伝わるウワサは、帝国軍への協力者を減らすだろう」
「……でも。帝国軍にも、呪術師はいる」
「……建前と、本音は違うみたいです」
「その事実が、皇帝を縛る。組織の長の言葉は、揺れるほどに弱くなるものなのだよ。呪術を排除しようとした皇帝が、その有効性や、秘かな使用を認めてしまったとき。皇帝の一貫性が損なわれる。それが、ファリス帝国ほど肥大化した組織においては、かなりの毒なのだ」
「……『外』の、価値観。まだ、よく分からない」
「……でも、だからこそ。観察させていただきます」
「うむ。君らは若く、ストラウス卿に長く仕える身だろう。あるいは、彼の子を産むかもしれない」
「……い、いやあ。それは、そのっ」
「……そ、そうなると、嬉しいのですけれどっ」
「学びたまえ。ストラウス卿の親族であるのであれば、人心の掌握を磨くべきだからね。『王なき土地』ではない。王国の統治者は、有能でなければならない。王である本人の資質だけでなく、周りを固める身内の政治力こそが、重要になるものだ。とくに、北方の王国はそうである」
「……歴史にも、くわしいの?」
「教師をしていれば、そうなるものだよ。教え子というものは、実例を伴う過去がなければ、説得されてくれないからね」
「……それは、ちょっと、分かります。私たちも、孤児たちの教師をさせていただいていましたから」




