第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その千八
「……う、ぐ。少尉……少尉。オレのハナシを聞いてくれ!!」
「もうさっきの呪術は消え失せちまったぞ。彼女は、戦う意志を固めてしまったな」
「アンタの交渉がダメダメだったせいだ!!なんだ、あの態度!?少尉は、大切な姫さまを亡くしたばかりなんだぞ!?」
「知っているよ。戦わずに組めれば、最良だった。オレは女と戦うのは大の苦手だ。姉貴に殺されかけたんだぞ?」
「知らねえよ、アンタの家庭の事情なんて!!」
「ノヴァーク、それは身勝手な態度であります」
「そうだよ。ソルジェ兄さんだって、心に傷を抱えているんだから」
「あなたや詐欺師少尉だけが傷ついているわけじゃ、ないんですよ」
「うるせえ。交渉として、さっきのが最良だったのかってハナシだろ!!」
「おいおい、もっと口説くように接した方が良かったとでも?」
「甘やかせよ!!もっと優しくするべきだ!!オレの少尉なんだぞ!?」
「お前のかもしれんが、まだオレのチームの仲間ではない。彼女は脅威でもある」
「アンタ、少尉が仲間にならなかったら。殺すつもりなんだな」
「殺せるぐらいの距離に近づけたなら、殺さずに済むんだよ」
「イエス。猟兵にとっては、それは何とも容易い行為であります。問題は」
「少尉が自殺するとか?あり得ねえよ。殺されたって自殺はするような人じゃないんだ」
「まあ、そんなタマには見えた。だからこそ」
「自分から、供物になる?祭祀呪術の……姫さまを復活させる術のための、生贄に!?」
「か、可能性はあると思います。た、例えば、仮に団長が亡くなられて、ぼ、ボクが生贄になれば団長が蘇るなら、喜んで命を捧げますし」
「重すぎる忠誠だな。ありがとう、ジャン。だが、そんな状況になっても選ぶな。呪術で蘇生したオレなんて、物騒過ぎる」
「ガチの魔王そのものだろうな。人類の脅威になるんじゃねーか……そんなことより!」
「そんなこと、か。なかなかにショックな言い回しだぜ」
「お兄ちゃん、よしよし」
「ああ。マジで癒される」
「ノヴァークは口が悪すぎるよ。トゲトゲした言葉ばかり使っていると、そのうち不幸になるよ?」
「竜に拉致られる事件に遭遇するとかな。オレは、少尉からも……見限られた」
「いいや。見限ったなら、お前を呪術で殺しただろう。少なくとも、殺そうとしたはずだ。オレや、プレイガストがいるから、実際は殺せなかっただろうがね」
「少尉は、無駄なことしないんだ。コスト管理の鬼だぞ。とくに、仕事の前は」
「オレたちと戦う気満々ってわけか。不毛な選択ではあるんだが、正直」
「笑ってんじゃねーよ。笑いごとじゃないんだからな!」
「戦士という生き物の業みたいなものだ。戦闘でこそ、自分を理解しちまえる。相手のこともな。戦うのが、相互理解のコツだ。少なくとも、政治ではなく戦士においては」
「それで少尉を殺しちまったり、追い詰めちまったりした挙句に、祭祀呪術の生贄にしちまったらどうするんだ!?アンタに責任、取れるのかよ!?」
「乱世だ。軍人でもある彼女の命の責任は、常に、彼女にだけある」
「冷たいぜ。オレは、もっとこの状況がより良い形に落ち着くように、努力しているつもりだが」
「こっちも努力している。安心しろ。彼女も理解している。オレがいる限り、ライザ・ソナーズの復活は果たせないと。彼女が命を捧げて、祭祀呪術を使い、偽りの姫さまを復活させたところで、オレがすぐにあの世へ叩き返すだけだ」
「アンタに、勝つしかない……少尉が目的を果たすには」
「不毛な道であります。100の兵士がいたとて、私たちを止められない」
「それぐらいの計算は、少尉ならやる。会計将校なんだぞ。帝国軍の。大陸の果ての情報さえも掴んでいた」
「バルモアについて、指摘されちまったな。オレも復讐心を忘れちゃいない。一度、破滅的な状況に叩き込んだところで、満たされるわけでもない。祖国を焼き払った直接の軍勢は、バルモア人どもだった」
「少尉の指摘は、当たっていたわけかよ」
「企業秘密だ。すまないが、『自由同盟』全体の戦略に関する重要事項だ」
「教えてくれているようなものだけどな。アンタは、バルモアを許せちゃいない」
「『家族』を皆殺しにされた。帝国貴族に嫁いだ姉貴と、甥っ子とオレだけだ。ガルーナ人の生き残りは、たった三人」
「許せるはず、ないか」
「……まあな。未来永劫とは限らん。戦士にとって、戦で敗北し、皆殺しにされることの最大の責任者は、自分自身だ。オレたちがバルモアに負けたこと自体は、受け入れる。だが、裏切りは別だ。同盟国のフリをして、オレたちを騙しやがった帝国は許せん」
「裏切り者が、嫌いなわけだ。少尉も嫌いか?」
「嫌いな面もある。最前線で戦う兵士の給料を盗む。連中は『家族』のために死ぬんだぞ。その金を盗むことは、あまりに冒涜的ではある」
「事情があるだろ。帝国軍を裏切ることは、アンタだって許すはず」
「まあな。とにかく。オレは、シドニア・ジャンパーを殺したいわけじゃない。彼女の人格の全てを褒めるのは、とても難しいだろう。だが、実力は買っている」
「アンタの復讐のために、少尉は必要だ。それを、再確認しておきたい。帝国を倒すためには、アンタの傭兵軍団だけじゃ足りないんだ。金の力も、絶対に必要になる」
「戦う。そして、殺さずに、制圧する。お前の説得も必要になるぞ。彼女は、お前を、切らなかった。お前への感情がある」
「嬉しいよ。殺されても、仕方なかったのに」
「いい言葉だ。愛があれば、幸せなんていらない。そういう哲学を、北方人は理解してやれるぞ」




