第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百九十八
―――ロロカは冷徹な計算だってやれるさ、とてつもなく賢いからね。
ビジネスというのは欲望で動くから、ある意味では完全に罠と同じ。
愚かさではなく、賢い欲望に仕掛けるものだよ。
皇帝への抑圧に対しての不満や解放、そして魅惑的な利益……。
「『ごちそうをたっぷりと』。それで、まあ、十中八九、帝国のお金の流れを打撃できてしまいますね」
「……マジか。なんか、すごい自信だな」
「もう少しだけ、詳細に述べましょうか?」
「……そ、そうだな。強くなるためには、必要だろうから」
―――アーベルの貪欲な挑戦に、ロロカ・シャーネル先生は大喜びだったよ。
詳細だった、実名貴族と実名商人と帝国資本の会社ども。
どの時期にどうやって声をかけるか等々、極めて緻密な計算をしている。
アーベルの表情が青ざめるほどに、それらはとても生々しかったようだ……。
「会計将校が数字上の正当性を演出してくれるなら、商人たちの動きが信ぴょう性を増すのです。詐欺と商いは、信頼を利用して動くものですから。ここで注意が必要なのは、一定の信頼が構築されてしまうと、疑いさえも弾いて、ほとんど自動的に動いてしまう点になります。優れた罠というのが、確実に機能してしまうのは、様式として確立するほど信頼があるから。賢さと、欲望に裏打ちされているからこそ、科学のように再現性が高いのよ」
―――ロロカの考察によると、信頼というものは魔性を有しているらしい。
一定の度合い、信じてしまうと『もうおしまい』なのさ。
喉元を過ぎてしまった食べ物のように、吐き出すのは困難だ。
信頼で固定されてしまった詐欺や商いは、もう止まることはない……。
「確信があるから、ちゃんと引っ掛かってくれるのです。アーベルくん、信じるときは注意をしましょう。若い貴方は、つい何でも信じてしまうでしょうから」
「そこまで素直な性格じゃないと思うけれど、ロロカ・シャーネル先生のお話を聞いちまったあとだと、なんだか反論する勇気がなくなっちまう」
「勇気は必要です。でも、ケガする覚悟をしてから、勇敢でいましょうね」
「あ、ああ。それに、罠にはかからないようにする。罠は、賢さと欲望を狙ってくる」
「そうです。猟兵の教訓のひとつでもあります。おそらく、傭兵として生きてきた貴方には理解しやすいものだと思うのですが」
「うん。そうだと、思うよ。罠にかけられて、戦場で散って行った仲間は……つい、数日前のことだけれど。オレを、信じてくれていた……」
「過ぎた自己批判なら、おやめなさい」
「現実だ。オレなんて、もっと早くに……捨てちまえば、生き延びられたかも。混乱なんて起きなかったら……」
「戦場で信じられる戦士であったならば、貴方の敗北や仲間の死には尊さがあります。生き抜いたことに価値を与えたいならば、より良い戦士となってください」
「……ディアロスってのは、すごいな。北方の戦士たちのなかでも、指折りにハードな哲学の持ち主なんじゃないか?」
「かもしれません。北方の戦士は、誰しもが苛烈ではあります。冷徹とは思いません。激しさのなかにも、確固たる信念に裏打ちされた哲学があり、それが私たちの正義を証明してくれるの。戦士が戦場で散るのは、恥じることではない。どう散るかが、大切なの」
「……オレの騎士道の、教訓にしていきたい言葉だよ、ロロカ先生」
「迷いを消すためのお役に立てるなら、とてもうれしいですね」
「つまり、泣くなって、こと?……今、一瞬だけ、一滴ぐらいは、目玉に浮かんじまった気がするんだけど」
「泣いても構いません。ただし、迷いは許されないでしょう。アーベルくんは、迷えるほど強くはありませんので」
「容赦ないな、先生。でも、そうだな。たしかに、その通り……オレは、戦場で迷えるほど、強くなんてなれちゃいない……アンタたち、ディアロスの……霊槍の戦士たちから比べれば、とても、弱い」
「ええ。それは変えようのない現実です。私はアーベルくんに、生き延びて欲しいの。ソルジェさんの下であれ、それ以外の王の下であれ、もしかすれば、貴方が乱世で勝ち取れるかもしれない領地の主として……未来において、貴方に重要な仕事をしていて欲しいから」
「期待しすぎだ、重たくて吐きそうになる」
「ぜんぜん、まったく。重すぎはしません。今は、弱い。ですが、遠からず強くなれる」
「アンタに、勝てる気はしない。さっき戦ったディアロスの達人より、はるかに強いとか、反則じゃないか……」
「私に勝たなくても、王にはなれる。領主にもなれます。私に単独で勝てる王など、この世にいないでしょうから」
「とんでもない自信だな。いや、自信でさえないのか……」
「ただの事実です。私は自分を過大評価も、過小評価もしません」
「安心するよ。オレは、猟兵と戦って勝てなんて、言われてないと思うとね」
「はい。でも、いつか勝ってくれるのなら。それはそれで嬉しいですよ。私たちにとって、ハーフ・エルフや『狭間』は、大きな期待を抱く存在なの。私が産む子も、『狭間』だから」
「そうだろうな。ソルジェ・ストラウスの子供たちは、『狭間』だらけか」
「カミラの場合は、基本的に人間族なので『狭間』と呼ぶべきかは分かりませんが。『吸血鬼』なので、ちょっと一般的ではないでしょうね」
「そいつ、鬼より強いだろうな」
「誰の子であっても、いつかアーベルくんに会って欲しいわ。そして、私から学んだ教訓を伝えて欲しい。時間を越えた、再会みたいなつながりを、遠い未来で感じたいので」
「アンタが直接、教えた方がいいんじゃ?」
「それだけじゃ、ロマンが足りませんので」
「ロマンね。賢いアンタでも、そういうの、好きなんだな」




