第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百九十三
「帝国は、不滅だ……」
「そんなセリフを、雑兵が吐くとはな。お前、歴史を知らないのか?すべての強国が、ちゃんと滅んできたんだ。『プレイレス』でさえ、帝国には負けたが、また、盛り返して追い出しちまったな。絶対の不滅など、ありはしない」
「ありえる。帝国だけは、例外なんだ。この大陸のすべてを、支配しかけたんだぞ!?そんな国は、ほかにない」
「負け始めているだろう。そいつを、認めちまう勇気ってものも必要だぜ」
「ふざけんな。帝国は、負けない!!」
―――感情的になるものじゃないね、その男は隠し持っていたナイフを抜いた。
アーベルは冷静だったし、冷徹でもある。
斬撃を容赦なく叩き込み、その男の右の前腕に深手を負わせた。
断ち切ることも可能だったはずなのに、そうしなかったのは恩情だろう……。
「く、くそ……ッ」
「文句言いたくなるのは、オレの方だ。つまらねえ剣の使い方をさせやがって。ナイフごときで、オレに勝てるわけがないだろう。なんで、そんな『自傷行為』にオレを使いやがるんだ」
「うるさい。ハーフ・エルフめ……呪わしい言葉を吐く」
「はいはい。まあ、どうでもいいさ。これからの戦いで証明してやらないと、お前らも世界も納得しない。『自由同盟』が帝国を倒すということはな」
―――捕虜たちはより明確に武装解除され、厳しく鎖につながれる。
治療はしてやれとアーベルが語ったが、男はいらないと言った。
意味のないことだったね、治療はしてもらえる。
我らがカミラ・ブリーズによってね、『治療を拒めない状況』もあるのさ……。
―――治療用のテントに運び込まれたときから、彼は『第五属性』の魔力に負ける。
あふれていたはずの血が即座に止まり、縫い針を持ったニコニコ笑顔がやって来た。
人間族の女性に見えたから、安心したのかもしれない。
まあ、カミラの笑顔はほがらかな魅力があるけれどね……。
「さあ、ケガの治療をするっすよ」
「……この傷は、べつに……」
「動かなくなっちゃうっすよ。右手が使えないなんて、戦場から戻っても困るはずっす」
「……君も、『自由同盟』の兵士なのか?」
「自分は、ソルジェさまのヨメっすね」
「ソルジェ・ストラウスの、妻……ッ」
「ああ、もう。そんなに怒らないでいいっすよ。治療、勝手に始めちゃいますから」
「やめろ!敵の親玉の、お、女などに……ぐう、うああ!?なんで、動かない!?」
「『吸血鬼』の力は、めちゃくちゃ強いっすから」
「きゅ、『吸血鬼』、だと……ッ」
「いろいろとあって、人間族からそうなってしまったわけっす。まあ、いいじゃないっすか。自分のことなんて、気にしちゃダメっす。今は、治療。戦うためにも、普通の暮らしに戻るためにも、腕は動いた方が絶対にいいっすから」
「……くそ。くそっ。どうして、こうも……っ」
「泣きたくなる日も、あるっものっすよ。自分も、たくさんあったっすから。今日も、ちょっとへこんでるっす。リエルちゃんまで……思えば、当然なんすけど。自分より、はるかに賢くて、優秀なソルジェさまのヨメなんすよね」
―――ぶすぶすと縫い針で筋肉と切られた腱を、縫い合わせていくカミラ。
その素朴な態度と、ハナシの内容はあまりにも意外というか。
負傷兵にとっても、どこか共通点があったのかもしれないね。
負けを自覚したとき、人々は同質の引力を帯びるものだから……。
「生まれが良かったり、生まれたときから天才だったりすると、すごく人生が有利になるもんっすからね。あなたは、平民っすよね?」
「……貴族なわけが、ないだろう。豪商にも見えるわけがない」
「たしかに。普通っすね。十大師団の帝国兵に比べると、一回り以上小柄っす。自分からすれば、誰もあんまり力は強くないっすけどね」
「……どんな、力をしているんだ。まったく、動きやしないぞ」
「えへへ。『吸血鬼』を継承すると、そうなるんすよ。うらやましいと言われるときもあるっすけど。故郷の村を滅ぼした怪物の力を受け取っても、なかなか、フクザツな気持ちにだってなるもんっす」
「故郷を、失ったのか……」
「色々とあるっす。あなたは、どうっすか?」
「……故郷は、帝国に併合されたんだ。そのおかげで、教育も、仕事も手に入れられた。オレの故郷は、昔よりずっと豊かになっている」
「そうっすか。それは良かったと思うっす。可能なら、その故郷と戦わずに済みたいものっすね」
「……オレが、守るんだ」
「守りたいなら、ちゃんと治すことっすね」
「……なんで、お前は……」
「何っすか?自分が、どうかしたっすか?」
「……どうして、また敵になるかもしれないオレの治療を、しているんだ?」
「ケガした人を放置しておくのは、人道に反するっす。猟兵の職業倫理にも。戦う気があるときだけ、また、戦う能力があるときだけ、殺してあげるべきっす」
「……強者の、つもりか」
「そのつもりは、ないっすけれど。でも、現実的には、そうっすね。『吸血鬼』に、普通の人間族が勝てる可能性はゼロっす。自分は、あなたを20メートルの高さまで、ぶん投げようと思えば出来てしまうし。もっと、高い距離にまで、運び去ってしまうことも可能っす」
「……バケモノ、め」
「あはは。はいっす。そうっす。自分は、やはり。『バケモノ』っすね」
「………………くそ。暴言を、吐いた……」
「いい人っすね。マジメな方です。そうじゃなければ、敵地に潜入して、破壊工作なんてやれないっすもんね。まるで、ソルジェさまみたいっす」
「……敵との共通点を指摘されて、喜べると思うな。ソルジェ・ストラウスは、人間族の文明を破壊しようとしている。邪悪な、敵なんだ」
「それは、言い過ぎだと思うっす」
「実際、そうだ。あいつは、どう考えても……魔王そのものだ」




