第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百五十九
―――ゼファーが着地した場所には、ビビアナが駆け寄ってくる。
今にも泣き出しそうな顔をしていたが、フリジアの姿を見つけると飛び跳ねた。
親友に抱き着いたものの、フリジアの骨はあちこちヒビだらけだからね。
「うぐう」といううめきが、戻って来たよ……。
「ごめん。でも、あなたが、悪い……ムチャしすぎだもの」
「あ、ああ。そうだな……」
「ビビアナ、フリジアのことを任せるぞ」
「ええ。もちろん」
―――ゼファーが身を低くかがめてくれたおかげで、フリジアを下ろすのは簡単だ。
ビビアナは彼女を抱きかかえたまま歩き、地面に寝転がせる。
周りには多くの戦士たちが、集まっていた。
これなら、『オルテガ』の保守派たちも手を出せないだろう……。
―――ソルジェに密告することを、ビビアナは選ばなかった。
政治的な配慮の側面もあるし、安全は十分に確保されていると判断したからだ。
ソルジェとゼファーが、上空を気にしていることにも気づいている。
ミアのもとに、一刻も早く向かいたがっていた……。
「ストラウス卿、フリジアは大丈夫だから。私が見ている。みんなもね。だから。ミアの援護に行ってちょうだい」
「ああ。フリジアがこれ以上、無理しないように見張っていてくれ」
「ええ。本当に、みんなムチャばかりする……貴方も、ムチャしないように」
「女神退治だ。楽しくやるよ」
―――ニヤリと笑うソルジェと、『ドージェ』を真似するゼファーがいた。
ふたりは素早く、空へと戻って行く。
乗せて欲しがる戦士たちを、待つ気はない。
欲しいのは、戦力よりも時間だったから……。
―――ガンダラや、ルチア・クローナーやギムリたちも見送るだけ。
まあ、彼らにも果たすべき仕事は多くある。
女神イースとの戦闘で生じた被害と混乱を、収拾しなくてはならない。
『もうひとつのオルテガ』のおかげで、多少は体力と魔力が回復しているものの……。
「この被害は、無視できるものではありませんからな」
―――ソルジェのそばで、戦うだけが戦争じゃない。
役割分担を誰もがこなし、最善を尽くす必要がみんなにあった。
親友にひざまくらをしてもらいながら、空を見上げるフリジアの役目もある。
祈ることにした、ミアたちの無事を……。
「……女神イースよ。ミアと、ソルジェ・ストラウスと竜を守りたまえ」
「その女神と、戦うんだけど」
「同じでは、ない。あれは……『カール・メアー』の創った女神だ」
「そうね。『本物の女神イース』なら、この戦いにどんな意味を与えたの?」
「……平等に、見守るかもしれない」
「なるほど。こっちも見守ってくれるんだ」
「あっちには最初から肩入れするだろう。だから、私も祈るんだ。そうすれば、平等になる」
「あとは、力勝負……猟兵たちの、得意分野ね」
「……ああ。勝って戻るだろう。ミアは……朝ごはんを食べているだろうか」
「戻ってきたら、たくさん食べさせればいい」
「うむ。私も……」
「ええ。みんなで、食事にしたいところよね」
―――空の果てに昇る、黒い竜の姿を見守りながら。
少女たちは、戦の最中らしく幸せな記憶を頼った。
破壊し尽くされた街並みのなかでも、その願望はとても正しい。
日常を求めて、これほどの非日常を生き抜いていくのだからね……。
―――フリジアは、口には出さないものの。
心のなかで、レナス・アップルについても祈った。
『彼』の亡くなった家族についても、祈った。
この戦いの果てに、より世界が良い方向に変わっていくことを祈る……。
―――定義はそれぞれあるけれど、誰もが『正義』に必死だった。
『自由同盟』も『カール・メアー』も、『オルテガ』の保守派も『ルファード』も。
それぞれの『正義』に、誰もが必死だ。
こういう想いのぶつかり合いの果てに、より良い世の中になれば幸いだ……。
―――物事は、それほどシンプルではないけれど。
誰もが必死で生き抜こうとして起きた衝突に、意味を持たせたくなる。
青い空を引き裂く、黒い軌跡を追いかけながら。
フリジアは、心のなかで可能な限り多くの人々を思い出そうと試みる……。
―――たくさんの、本当にたくさんの祈りを捧げたくなっていた。
かつて、親にも捨てられた少女には。
大切な者が、ずいぶんと多く出来ていたのさ。
敵と味方の境目さえも越えて、祈れるフリジアは本当に大したものだよ……。
―――『ゴルメゾア』と『彼』も、祈りをもらっていた。
『もうひとつのオルテガ』に侵入し、女神イースを見つける。
ルルーシロアの荒ぶる『炎』を回避しながら、女神イースは自在に飛び回っていた。
消極的な守りをしつつ、待っていたのさ……。
『来たか、『ゴルメゾア』。レナス・アップル』
―――名前を呼ばれるだけで、『彼』と『ゴルメゾア』を構成する孤児たちは歓喜した。
魂の残滓にすぎなくても、彼らの女神イースは軽んじることはない。
女王が騎士に与えるような、期待と敬意を込めた態度の声だった。
彼らの魂には、大きな大きな祝福にもなる……。
『我々は……ッ。偉大なる……母のために……女神イースのために、戦うのだ。より苦しみのない世界のために……なんて、うれしいことだろう』
―――『正義』は、いつもながらに噛み合わないものだ。
互いを弾き合うように、衝突していく。
それでも、違った『正義』同士にも共感は得られるものさ。
何せ、戦場にいる誰もが必死に何かを追い求めているのだからね……。
「おもしろく、なってきたね。ルルー!」
『ああ!ざこどもが、ふえた!!どちらも、ちまつりだッッッ!!!』




