第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百五十五
―――『ゴルメゾア』は、『繭』の残骸に到達する。
『繭』はうごめきながら、『ゴルメゾア』の失われた脚に自ら這い寄っていた。
『治療用の蟲』どもと同じように、『繭』は負傷した仲間を治そうとするらしい。
ソルジェの賭けは当たりのようだ、すくなくともこの瞬間までは……。
―――魔眼による診察を開始すると、結果の良好さがよく分かったらしい。
『肉縫い蟲』や『骨接ぎ蟲』がするように、いやそれ以上の速さで。
『ゴルメゾア』の破損した部分が縫い合わされ、壊れた骨が再び伸びていく。
傷一つなくなるような、完璧な治癒とは程遠いものの……。
―――熟練の医師たちによる、外科手術のそれと同じようなものだ。
出血は抑えられていきながら、『壊れすぎて不要な部分』は排除されていく。
砕かれ過ぎた骨や、壊死が始まった筋肉。
そして、死んだ虫けらなんかが『ゴルメゾア』の体から吐き出されていった……。
「な、治っているのか……っ」
―――ビビアナのすぐ近くで、へたり込んでいるシモンは恐怖に震える。
彼はどうあれ素直な男ではあり、あくまでも一般的な男だからね。
巨大な怪物にしか見えないモノが、力を取り戻そうとするのに怯えても当然だ。
へたり込んだまま後ずさりしていき、その背に回り込んでいたパロムの脚に当たる……。
「さて。どこに行く気なんです?」
「ひ、ひい……っ」
「『見ていましたよ』。ビビアナ・ジーを……あなたは……」
「う、うるさい。あいつは……彼女は……」
「『人買い』だとしても、それがあんな暴挙をしていい理由にはなりません」
「……だ、だから。あれは……ただの事故だ。わ、私はとっさに……庇おうとしただけなんだよ」
「まさか、それを信じろと?」
「た、ただの商人なんだ。足が絡まることだってある……そ、それに。今は、あのバケモノの方を心配すべきだ。ストラウス卿は、は、判断を誤ろうとしているのかもしれない。個人的な、か、感情なんかのせいで」
―――商人の舌は、よく回るものさ。
ワルツでもルンバでも、彼の舌なら踊れたかもしれない。
責任転嫁は、弁論術の基礎だからね。
純粋なパロムなら騙されるかもしれないと、見抜いていたのかも……。
―――感情で、判断を間違ってしまう。
それは、この戦場では大きな説得力を持つ言葉でもあったのは事実だよ。
パロムも、このときに厄介な感情に揺さぶられている最中だからね。
大嫌いだったはずの『カール・メアー』を、戦友と評価するなんて……。
「……社長は、大ベテランです。判断を間違いはしない」
「そ、そうかな」
「私のような未熟者だとか、戦士ではないあなたよりは……この状況に強いでしょうから」
「……誰だって、いつも正しい選択ばかりは出来ない。それは、ありえないよ」
「だとしても、動かないように。あなたは、容疑者です」
「……わ、分かったよ。あとで裁判にでもかけるがいい。君らに、そんな文化があるかは知らないけれどね」
「ありますよ。酋長の裁定は、いつも絶対です。そして……社長は、『酋長以上の存在』なのだと、副社長から教わっていますので」
「……こ、これだから……」
―――『王無き土地』の人々からすれば、支配者が絶対の文化は理解できないだろう。
おぞましさや敵意さえも、感じてしまうものさ。
シモンは器が人並みであり、『オルテガ』の愛国者のひとりではある。
愛が公平な判断なんて、するはずもなかった……。
「……私は、間違っちゃいない」
「黙っていてください。状況は、どう動くか分からないんですから」
―――『繭』の寄生は、『ゴルメゾア』を立ち上がらせる。
一回り以上も小さくなっていたし、あちこちが手術後の傷跡なんかでズタボロだったけど。
さっきよりは、『使える状態』に戻れたのさ。
同時に、肝心な『繭』そのものにも回復が見られる……。
―――『ゴルメゾア』と『繭』、両者の魔力の流れはお互いを補い合っていた。
臓腑が血管でつながり合って、互いを機能させるように。
今のソルジェは魔眼の性能が、普段以上となっているからよく分かった。
ヒトでは知覚不能な『氷』さえも、その気配までなら嗅ぎ取れるほどに……。
―――『もうひとつのオルテガ』が現れているからこその、アドバンテージだ。
ソルジェにも悪癖はあるよ、戦士としての本能めいた悪癖がね。
自分の技巧が成長しそうなときには、憑りつかれたような集中をしてしまう。
魔眼の能力を研ぎ澄ましながら観察することが、楽しくなっていたのさ……。
―――まして、『繭』と融け合った『ゴルメゾア』のなかに。
メダルド・ジーの魔力の残滓が、流動していくのを見つけてもいるのだから。
あきらめる必要は、ない。
ソルジェがニヤリと笑顔を浮かべたとき、『ゴルメゾア』は反撃に転じていた……。
『ソルジェ・ストラウス!!もう一戦、やるぞ!!!』
―――間違いが、いくつかこの瞬間に起きてしまっていた。
『ゴルメゾア』と『彼』の勇気は、ほとんど無意味なものだ。
ゼファーに組みつかれ、またたく間に制圧されてしまう。
次の瞬間には竜太刀が振られ、『ゴルメゾア』の首が落とされた……。
―――致命傷ではないが、重傷だ。
せっかく修復されたばかりなのに、その甲斐もなくなりそうだ。
だがシモンは怯えてしまう、ソルジェとゼファーの力こそに。
間違った行動に出ていたんだ、悲鳴を上げて逃げようとした……。
「こ、こら!!逃がすはずがありませんよ!!」
「ひ、ひええ……離してくれえ。も、もう……こんな恐ろしい場所にいたくないんだ、私はああ……ッ」
―――間違った選択だったよ、シモンなんかにパロムが集中しなければ。
状況はソルジェの理想とする形に、なってくれたはずなのに。
恐怖は追い詰めすぎるもので、真の戦士以外は戦場を喜べない。
おかげで、パロムは手痛いミスを強いられる……。




