第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その五十一
赤く燃えるセシルの小さな骨を、指のなかに抱きしめるんだ。腕を使って、抱きしめてやることは、もうできないから。
ああ。
ああ。
ちくしょうめ。
与えておいて、奪うのか。それは、あまりにもオレを苦しめるぞ。
……手のなかで。
……指の檻のなかからも。
セシルの骨が、消えていくのだ。オレから、また奪うのか。奪われる痛みを、与えるためにだろう。
消える妹の感覚が、オレの罪の大きさと重さを知らしめるんだ。
必死に、手のなかにセシルの感触を探るけれど、すぐに気配は融けてしまい、セシルはこの幻覚の世界からも消えてしまう。いっしょにいれた時間が、また、消えた。
竜教会からも、遠ざかっていく。
セシルだけじゃない。おふくろも燃えて、燃え尽きて骨へと成り果てて。村にいたはずの、オレの名前を知っている皆も、焼けて……奪われて……消えていく。
植民地にするためにね。ガルーナを侵略した連中なのだから。片っ端に殺すのみだ。一人でも多くを殺して、焼き尽くして、自分たちが新しく住むための土地に変えてしまう。ガルーナの歴史を、書き換えるんだ。オレたちガルーナ人の血で、塗りつぶして。
ヒトが、どれだけ残酷に。殺し尽くせるのかを、オレたちは知っている。戦士としての職業倫理を守りたいのは、こんな鬼畜どもに成り果てたくないからだが……。
略奪というのは、恐ろしいものだよ。
ガルーナ人の全員が、狩り尽くされていく。山深い北方の土地だからな。逃げ道を裏切り者のファリスどもに閉ざされれば、険しい山を逃げるしかない。若い男ならば、どうにか逃げ切るだろうが―――そうでなければ?
……女子供と年寄りが、逃げられるわけがないだろ。国境の近くにあった、逃げようとしていた者たちの死体の山。バルモアも、ファリスも、徹底的に、ガルーナを殺して焼いて、壊して奪って……。
全員を殺すんだ。虐殺を舐めるな。巨大な軍隊が本気を出したとき、生き残りなんて、どれだけいると思う?一人一人を、細切れにして、火をかける程度には、熱心に殺し続けるものだ。
……この焦げて、細切れにされて、誰かもよく分からない死者たちは、オレたちが……ストラウス家の竜騎士と、ガルーナの戦士たちが、命に代えても守らなければならない人たちだったのに。
記憶にない、魔眼でも見えなかった……暴虐が、見えた。同盟であるはずのファリスの兵に、殺されていく人々がいる。怯えた顔と、戸惑う顔。叫びと、祈りと、ほとんど意味を成せなかった小さく儚い抵抗が見えた。
次から次へと、鋼を叩き込まれる。斬られて血を吹き、死ぬ子供。首を刎ねられる母親、年寄りは怒りに震えながらも、かつての武勇を鋼に乗せることはできず……簡単に弾かれて、地面に突き倒され、槍で穴だらけにされていく。
吐きそうになる。無力なオレが、あまりにも情けなさすぎて。
走っているんだ。助けたかった。だが、今度は、さっきのようなニセモノの奇跡は起きない。現実を見せつけるだけで、変えることは許されない。あの場所にいれば、助けてやれるのに。助けられるはずだ。
アーレスが、竜太刀に『牙』となって姿を現して、怒りにうなる。届けることのできない怒りに、もどかしさを抱えながら。
当然ながら、オレもだ。歯ぎしりをしながら、腕と脚を思い切り動かすが、目に映る悲劇に、まったくもって近づけやしない。
痛みがあるから、怒りがあった!!
「バルモアあああああああああああああああああああああああッッッ!!!ファリスううううううううううッッッ!!!ユアンダートおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
狂いそうなほどの、怒りだ。
竜太刀といっしょに暴れる。遠ざかっていくオレの故郷に向けて、走るのだが……『ギルガレア』は、戦わせてくれん。奪われ続ける痛みを、オレに突きつけてくる。
殺されていく民から、離されていくのだ……。
気づけば。
涙雨が降る、あの場所へと戻った。
死んでしまったアーレスのそばに、オレもいる。
あのときとは違って、話しかけてはくれないのだ。ここは記憶とは、ちょっと異なる。『敵』の幻覚の世界だからだろうよ。竜太刀がある。眼帯もあって。9年前のオレじゃない。今のオレが、9年前のアーレスのそばにいるようだ。
雄々しく生きて、立派に戦い抜いて、歌となったアーレスの身を、撫でてやる。思い出のとおりに、そのウロコは硬くて、思い出とは違い、熱がなく涙雨に冷やされていた。
あちこちに。バルモアの矢が突き立てられている。
流れた血と、涙雨が、オレたちの土地とまじってぬかるんでいた。ガルーナのために三百年戦いつづけたアーレスを抱きしめる、ベッドのように。
死せる相棒を、撫でてやる。鼻先をな。9年前の若造過ぎるオレごときが、これをすれば。お前はきっと怒り狂ったと思うが、9年も、戦い続けたんだぜ。オレは、お前の相棒として、本当に相応しくなっただろう。
だからこそ。
語れる言葉もあった。
「アーレス…………オレたちは、本当に、罪深いな……敗北するということは、何て……罪深いことか。オレたちは……戦い抜いたはずなのにな……負けてしまえば、何もかもを、奪われるだけだったぞッ!!」
オレもくやしいし。アーレスもくやしいに決まっていた。オレよりも、はるかに長く、竜騎士姫の時代から、ガルーナと共に生きたのが、お前なのだから……。
雨が。
強く降る。
地面が揺らいで、深みへと深みへと。地下に沈んでいくみたいに、世界が真っ暗となっていく。『ギルガレア』は、まだ罪を見せつけようというのかもな……罪科の獣だ。ヒトの罪には、誰よりも詳しいのかもしれん。
……上等だよ。
付き合ってやろうじゃないか。試してみるがいい。
「……見せてみろよ、オレの罪とやらを。いくらでも、やってみるがいい。お前は、オレを苦しめているつもりだろうが……苦しみは……痛みは……怒りを生むのだ。怒りが、何も与えないと思うなよ……」
怯えるべきだぞ。
お前は、オレを本気で怒らせている。
短気でバカなガルーナの野蛮人に、こんなに静かに深い怒りを与えるとはな。
オレは、ガルーナの竜騎士。ストラウス家の四男坊、ソルジェ・ストラウスだということを、思い知らせてやるぞ。




