第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その四十六
『ぐふうっ!?』
『人魚』の身体能力による蹴りの一撃は、あいかわらずの破壊力だったよ。神さまの歯さえも、何本かへし折っていたぜ。
レイチェルはそのまま神さまの顔面を足蹴にして、空中に跳躍した。サーカスの宙返りをしながら、『諸刃の戦輪』を投げつける。近距離だからな。『ギルガレア』は避けることも防ぐことも出来ないまま、呪われた鋼の猛攻を浴びてしまう。
血が吹き上がった。
胸部に喰らいついた戦輪たちが、ギチギチと牙を鳴らして傷をえぐる。その光景を視線で観察しながら、物見の塔の側面にレイチェルは取りついた。垂直に近しい壁ではあるがね、わずかにレンガが不ぞろいなところもある。
そこに指を使うことで、見事にしがみついてみせたのだ。
アメジストの色にかがやく双眸が、傷を負った『ギルガレア』をにらみつける。挑発するような態度であり、『ギルガレア』のような純粋な者には有効だった。
『やる、な……ッ!!『人魚』よ……ッ』
「夫から教わったのですわ。サーカスの技巧を、私は与えられた。美しくて、キラキラとかがやいて、視線を奪うのです。戦場でも、同じこと」
その通り。
レイチェルが目立つことで、オレたちにも余裕が生まれた。『ギルガレア』の集中力は、彼女に奪われている。
「撃てええええええええええええええ!!」
「了解!!」
ミアとルチアが叫びながら、射撃を放った。『ギルガレア』はどうにか反応して、蟲の腕で二人の射撃を叩いて防ぐ。
もちろん。
オレもこの『攻撃』に参加しているよ。空のなかにいる。ゼファーとレイチェルのちょうど真ん中あたりを落ちていき……竜太刀に野蛮な腕力を込めて、振り抜いた!!
ガギギギギイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンッッッ!!!
『ぬ、ぐううううううううううううううううううッッッ!!?』
「よう、『ギルガレア』!!」
『お前まで、飛ぶか……ッ』
交差させた二つの腕で、どうにか竜太刀の一撃を止めやがった。感心する。これだけの連携に、的確な対処をし続けるとはな。
だが。竜の『牙』がうごめいて、蟲の甲殻に強化されたはずの腕を壊していく。
『ぬ、ぐ、うううっ!!』
「オレは、嫌いじゃなかったぜ。お前は、大したヤツだった。やさしくて、多くを背負う。オレも、『ゼルアガ』は何人か知っていたし、全員仕留めたのだが……お前みたいに、真っ当な神さまであろうとしたヤツはいなかった」
竜太刀が深く喰い込んだせいで、両腕を振るうこともやれない。怒りではなく、切実さに煌めく赤い双眸が、オレをにらみつけていた。
『こちらも、憎しみは、ない……ッ。だが、それでも……救ってやりたいのだ。無垢な声を、幼い声を、聴いてしまった……ッ』
「そういう声は、響くもんな」
あにさま。
セシルが、生き返ってくれるなら。オレは、もう一度、あの子を両腕で抱きしめられる。二度と怖い目に遭わないように、守ってやれるはずだ。
それは、とても嬉しいことだろう。
でもね。
「オレは、偽りでは、本当の意味で救われない。あくまで、『オレは』ね」
誰もが、同じ意見には至らないだろう。それぞれの死生観というものがあるのだ。ガルーナ人の全員が、オレと同じ選択をしないだろう。
蟲で編まれた肉体であっても、生きているらしい時間を愛する者や自分が取り戻せるのなら、それを救いと断じる者もいるのだ。
『お前が、信じる道を、選ぶがいい……ッ。こちらが、そうしたように……ッ』
「ああ。戦って、決めようじゃないか。どっちの『正義』が、正しいのかではなく、強いのかを!!」
『ギルガレア』が紫電をまとい、竜太刀が黄金の劫火をまとった。
神さまと、力比べをしようじゃないか。オレとアーレスと、『罪科の獣』殿で。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
『はああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』
歌を放ち。
魔力と権能が、それぞれに昂り、暴れた。
衝突している部位に、お互いの力が集まっていく。圧倒してやるつもりだったのだが、神さまの権能は強かった。『魔剣』の形にまで、力が集まることはない。
せめぎ合う力と力は、行き場を失っていたのだろう。収束しない爆破となって、オレと『ギルガレア』の両者を弾き飛ばしていた。
「お兄ちゃん!!」
無事だよ。全身が痛いが、『奇剣打ち』が届けてくれた『竜鱗の鎧』は、最高の仕事をしてくれる。爆風を逃しながら、オレを守ったのだ。元々、竜の爆炎を至近距離から浴びたときのために、この鎧の元祖は設計されているわけだからね。
こんな状況では、デザイン通りに威力を軽減してくれる。
おかげで無事だ。
しかし、『ギルガレア』は、さらに自由である。火烏の翼と『蝶』の羽。あいつの背中でそれらが羽ばたき、加速しやがった。両腕のどちらをも負傷していたが、戦意も殺気も衰えちゃいない。
憎しみではない。
怒りでもない。
願いを叶えるための、神さまの必死な瞳が、オレに迫る。
……だから?
一対一では、勝てなかったかもしれんと、心から褒めてやった。あいつは、オレを見ちゃいない。ただただ、かつて死んだ不幸な者たちを追いかけている。
『歌属性』の力は、おそらく今は使えんだろうよ。死者たちは、この神さまに味方したかもしれん。そうであっても、オレに文句はない。
感情とは、そんなものだ。
理屈などに、縛られることはないのだよ。
それでいい。
戦い合うとは、そういうものだ。
『何を、犠牲にしたとしても……あの子たちの、ために―――』
『がるるるるるるうううううううううううううううううううううううッッッ!!!』
ジャンが、間に合っていた。
『巨狼』の姿となり、地を走り、物見の塔を駆け上って……『ギルガレア』の背中に噛みついてみせたぜ。そう。オレも、『囮』だった。『攻撃』とは、連ねて重ねるものだよ。




