第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八
ゼファーが羽ばたき、空へと戻る。
上空から降る花びらの数は増えて、空を覆う薔薇は広がっている。よりせま苦しくなっているように思えるぜ。
「空が、下りて来ているわ。それに、夏なのに冷えている」
「そうだな」
「焦っていないんだ?」
「焦っても、戦術的なアドバンテージにはならないからな」
「そう、よね。経験値の違いってヤツかしら?」
「君の成長も著しいよ」
「どうかしら。神さまと一緒にいるのに、平然としているような猟兵さんたちと比べると、どうにも未熟に思えちゃうんだけれど」
「未熟を理解していることは、強さの種を見つけたということですわね。克服して、より強くなるための課題が見えて良いことです」
「レイチェル・ミルラらしいわ……そうね。落ち着こう。力を見せるために、ここにいるのだから」
「うん。準備しよう。ルチアは、ゼファーと一緒に射撃チームだよ」
「役割分担として、正しいわね。上空からの援護は、任せて」
『ぼくも、いるからね!』
「ああ。外に引きずり出せるのであれば、そうしよう。ヤツは、逃れようとするかもしれないが、地上に姿を現すのならば、叩きのめせ!」
『らじゃー!』
「『ギルガレア』のおっちゃんは、どうする?」
火烏に乗った『ギルガレア』は、腕を組んだままうなずきもしなかった。それでも、口を開く。
『……中に入る。我が直々に、決着をつけたい。それに、我がいるのであれば……ヤツも逃亡しにくくなる』
「お互い、決着をつけたいと願うか」
『当たり前だろう。焦がれるものがある』
「当たり前か」
『お前には、分からないだろうがな』
「さすがに、自分の体が半分になった経験なんて、一度もないんでね。想像力が及びにくい範囲じゃある。だが、話してくれるのならば、知れたぞ」
『……ふん』
「文句を言わないのは、偉いぜ」
「……ふ、ふう。さすがに、神さま相手に、態度が大きすぎないかしら?」
「オレの信仰している神さまじゃないんでね」
「だとしても……まあ、貴方たちらしいかもしれないわ。『パンジャール猟兵団』は、規格外なのね」
「ククク!そういうことだよ。さてと……ゼファー!!」
『うん!!かそく、するねー!!』
羽ばたきを重ねて、速度を上げていく。そのまま、くだんの赤い屋根へと迫ると……猟兵三人が宙へと舞った!!
赤い屋根へと着地を果たす。そのまま、右へと駆けて、屋根を飛び降りたよ。
地上に向けてじゃない。南向きに突き出たベランダにだ。
盗賊のように侵入の技巧を使う。広さのあるベランダとつながったドアを蹴破り、室内へと侵入した。竜太刀ではなく、ナイフを構えながら室内に飛び込んでいく。鎧を身に着けた者の義務というものがあるのだよ。
最前線は、誇り高くいられる気持ちのいい場所だ。
ミアとレイチェルが、音と気配を消したまま、オレの背後についてくれる。頼りになる陣形を組めた。
外界と隔絶されたせいなのか、冷えつつある夜の空気が満ちたその部屋は、本棚と執務机とベッドがある。『オルテガ』商人たちの長の私室だったのかもしれない。壁に貼られた地図には、商業用の道が赤い文字で描き込まれていた。
……敵の気配はない。
『隠遁薬』を使われたら、気づくこともやれないがね……だから。ナイフによる構えを解いて、誘ってもみる。
あえて油断を演じて、背後に振り返りもしたのだが……冷え始めた空気は、動くことはなかったよ。
ただし、『ギルガレア』の気配は濃密だった。
ドゴオオオオオオオオオオオオン!!
屋根を貫き、神さまがやって来た。
「おっちゃん、派手だね」
「ここは罪なき民間人の屋敷だぞ。手加減してやるといい」
『……『オルテガ』は、邪教の拠点であった。手加減などしてやる必要もない』
「これも罰のつもりか?」
『そうだ』
『ギルガレア』はその黒い手を床に押し付けた。舌打ちしながら、後ろに跳ぶハメとなっていたよ。罪科の獣は、罰を与えたくて仕方がないらしいな。
爆発が起きていた。
罪なき商人の屋敷の床に、『ギルガレア』の巨体が容易く呑み込まれるほどの大穴が開く。そのまま、『ギルガレア』は下の階へと向かったよ。穴に飛び込んだというわけだ。
「連携が出来ちゃいないな!おかげで、こちらが合わせることになる!!」
文句を言いながらも、行動はしているぜ。
床に空いた大穴へと身を投げて、『ギルガレア』の背中を追いかけた。
穴を降りながら、理解しつつある。
……この神さまは、どうやら焦っていた。時間がないから?それとも、半身との決着を求めているから?
どちらなのかは、分からない。
しかしね、行動というものは多くを語る。こいつは頭を左右に素早く振ると、そのまま、もう一度、床へ向けて手を叩き落とした。
一つの事実を、見つけられるよな。
「『ギルガレア』!お前、近くに半身がいれば、悟れるんだな!!」
その事実があるのならば、伝えておいて欲しいものだがね。ヤツは、オレたちとのコミュニケーションを無視して、新たに開けた穴へと身を投じる。
もちろん。
即座に追いかけなくてはならない。焦っている者には、援護がいる。罠をデザインして、待ち構えているかもしれない賢い軍人が敵なのだ。こんな厄介な者の相手をするときは、単独で突出しない方がいい。あっさりと、狩られてしまうこともある。




