第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その九十二
竜太刀を突きつけるまでもなく、汗と血まみれの帝国兵はうなずいた。
「話す。助けられた恩もあるし、生き抜くためでもある……そもそも、帝国軍にも、ゼベダイ・ジス大尉にも、もうついて行けない」
「正しい判断だ。お前たちは、どうしてここにいた?」
「ジス大尉が、リヒトホーフェン伯爵救援のために、ここまで戻られた。恐ろしい進軍スピードだった。体力を使い果たすような勢いで……オレたちは、退路を確保する係さ」
「リヒトホーフェンを連れ出して、ここから逃げる予定だったと」
「そういうことだったのだろう。ジス大尉にも、自信があったのか、それとも彼の個人的な忠誠心ゆえのことなのか……伯爵閣下の救助は不可能だったと思うが。それをするために、彼は……疲れ果てていた兵に……薬を打たせた」
「そして、虫けらに支配されたか」
「ああ。くたくたに疲れ果てていたはずだが、またたく間に元気になった。というか、あれは、おそらく……死んで、『寄生虫』の完全な支配下になっただけだろうな」
「その通り。『オルテガ』に到着したときには、ヒトの形を保っている者はいなかったぞ。誰もが肉体を喰い破られ、虫けらと混じった哀れな姿かたちに成り果てていた」
「あの……ここの、彼らのように?」
散らばる死体に眉をひそめた視線を向けながら、帝国兵は聞いた。首を振る。
「もっと、悲惨な状況だったな。より戦いというか、玉砕に向いた形になっていたぜ。突撃させて、敵もろとも死なせるためにだろう」
「……大尉にとっては、オレたち兵士は、もはや……伯爵一人を助けるための道具くらいにしか見えていなかったのだろうか。あれほどに、有能な、尊敬すべき方だったのに」
「本人とは、思わないことですわね」
「え?」
「『寄生虫』に心身の大半を支配されているのです。人格など、保てはしません。ヒトには、大切なものがいくつもあるはずですし、それが当たり前なのですが……あの『寄生虫』は、一番大切なこと以外を、忘れさせてしまうのです」
「……そう、だな。そうかもしれない。オレたちの、なかにも……あれが、いるのか。オレたちは、死ぬのだろうか……?」
「『変異』しなかった理由があるのでしょう。生き残ったあなた方からは、『風』の魔力を感じ取れます。それが、『変異』を遅らせているのかもしれません」
「……たしかに。オレたちには、魔術師も多い。強い魔術師じゃないが……」
「持って生まれた魔術の才に、感謝するがいい。オレの呪術で、救ってやる」
『束縛の金糸/バインド』の出番だ。虫けらの姿は魔眼でも見えんが、『呪いの赤い糸』の『動き』は見える。多くの情報が集まり、こちらも経験を積めている。敵の手の内は、すでに読めているのだ。
「『炎』の魔力を高めることで、この呪いは活性化する。ある程度、心臓を使うことでもな。まあ、それに依存しているわけだ。『変異』のスイッチは。そこを、オレが呪いで縛っておけば、虫けらどもは静まる」
「よ、よく分からんが、助かりそうということか?」
「絶対とは言わん。それでも、やれそうだ。やってやるから、生き残りども。そこに一列に並んでおけ。いきなり、虫けらが飛び出して来ても厄介だからな」
「頼む。皆も、いいな?」
帝国兵どもは、うなずいた。全員が。『束縛の金糸/バインド』を使い、心臓から背骨に向けて伸びる『呪いの赤い糸』を『せき止めていく』。こうすれば、虫けらへの『炎』属性の魔力の供給は減る。
『変異』するためのスイッチも、動くまい。
もちろん、絶対はない。それでも、試す価値はあり過ぎた。虫けらに殺されるのは、屈辱が過ぎるだろうから。
その作業をしてやりつつも、情報収集は続ける。
「……『ギルガレア』と思しき……ああ、『寄生虫ギルガレア』ではなく、『空を飛ぶ巨大なカマキリ』の姿の『ギルガレア』だ。おそらく、『ゼルアガ』のな」
「そんなモノまで、現れているのか……ッ」
「それを探して、こちらに来た。お前たちは、『ギルガレア』に関わるものを、何か持っていないか?あるいは、『ギルガレア』について知っていることがあれば、隠さずに話せ」
「……多くは、知らない。オレたちは、そんなに教えられていることが多くはないと思う。だが。その……オレたちの仲間が、バケモノになっちまったとき……何かが、鳴いた気がする」
「鳴き声があったか」
「不気味な、甲高い声だった。それが、聞こえて……すぐに、バケモノになった」
「その鳴き声は、どこから聞こえたのか、思い出せるか?」
「……それは、上だったな」
「上空。ヤツは、飛んでいた。そして、今、そいつはここにいない。どこに飛び去った?」
「覚えて、いない……すぐに戦いになったから」
「思い出せる。聞いていたはずだ。記憶を、辿れ。お前たちは、東を向いていたな。『オルテガ』の方向だ。そこに、『ルファード』軍もいる。ゼベダイ・ジスたちを見送ってもいたはずだ。どこで、それをしていた?当然、見晴らしの良い場所だ」
マエス・ダーンのマネをしている。
彼女のように、他人の記憶を追いかけることも可能だ。戦場という集中が過度な状況で、見張りをしていた男は、一秒一秒をよく覚えているはず。思い出すキッカケを与えてやれば、呼び覚ませるかもしれん。
やってみるべき価値はある。




