第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その三十一
二人の尼僧を修道院に休ませると、すぐにその場を出ることにしたよ。戦いが迫っているからでもあり、ここの人々を怯えさせたくもないからだ。誰もが、警戒している。当然ではあるが、戦の前後の戦士に遭遇することは、危険だった。
監視役だと言わんばかりに、修道院の長と思しき老女がオレの背後をついて歩いていたよ。ゼファーのもとに戻っても、まだ彼女はオレを見つめていた。振り返り、あいさつだけをしておこう。
「ではな。彼女たちを、頼む」
「……ええ。我々の仲間なので……ですが……他の者は……?」
「帝国兵に殺された」
「な、なんと!?」
「……正確には、リヒトホーフェンに操られた帝国兵だろう。彼らも、本意ではなかっただろうが……」
「どういう状況なのです?帝国は、イース教を保護しているはずなのに……」
「リヒトホーフェンという邪悪な伯爵が、全ての元凶だ。オレは、ヤツを排除する。君たちは、危険がないように振る舞ってくれ。無事を、祈る。さらばだ!」
「……っ!!」
『さよーならー』
羽ばたきの風を老女にぶつけないようにして、ゼファーは空へと戻る。
「……いいヒトたちだね。あの女以外は」
まだお怒りモードのミアは、お兄ちゃんの脚の間でほっぺたをふくらませていたよ。コミュニケーションを取るために、猫耳の生えた妹の黒髪のあいだへと、あごをやさしく乗せてみる。
十秒ほどのノーリアクションの時間が過ぎると、ぐりぐりとアタマを動かしてくれたな。癒されるし、きっと、ミアも気晴らしになるのではないだろうかね。兄妹愛を感じられる瞬間は、いきどおりを和らげる力ぐらいはあると信じている。
『『どーじぇ』、じゃんが、こっちにきてるよー!』
コミュニケーションを楽しむストラウス兄妹の視線が、南へと同時に動いた。ジャンは仕事を終えたらしく、とんでもない勢いでオレたちのいる方角へと走っている。
「あの女の仲間、近くにいたのかな」
「そうかもしれん。しかし……彼女もまた、世慣れしてはいないな」
「そうだね。ジャンに、場所を覚えられちゃった。追跡して、あの女の仲間ごと、皆殺しにだって出来ちゃうけど……やらない」
「ああ。『蟲の教団』と『寄生虫』についての脅威を、排除して欲しいからな。取引だ」
「うん…………でも、フリジアから、お家を、奪っちゃったかも」
「彼女も言っていただろう。総合的な判断だ。ミアのせいじゃない。フリジアは、『カール・メアー』に合わなかったんだよ」
「……うん。だよね。フリジアは、合わないよ。だって、ビビのこと、本気で守ろうとしているもん。とっても、良い子なんだ」
「ああ。ミアの友だちだからな」
「……えへへ。うん。頭ぐりぐりー」
「はははは!」
兄妹でいちゃつきながら、地上へと降りた。
『た、ただいま、戻りましたーっ!!』
全力疾走を緩めながら、『巨狼』姿のジャンがゼファーの前にたどり着いた。すぐさま、例の音を立てて、ヒトの姿へと戻る。せわしく慌ただしい動きで、ゼファーの背に乗った。
「ほ、報告をっ!彼女を、そ、その……小さな漁港に、運びましたっ!」
「何人いた?」
「よ、四人ほど。鋼のにおいがしていました。そ、その、たぶん、帝国軍の装備です!『オルテガ』の軍とは、ち、違うにおいでしたが……っ。だ、第九師団の装備にも似ていました」
「『帝国軍のスパイ』は、第九師団に接近していたようだからな……少なくとも、『トルス』にもいた」
「あの女、『帝国軍のスパイ』と合流したのかな?」
「おそらく、そうだろう。嘘をつくのが得意そうじゃなかった。フリジアほど、素直ではないが、彼女もまた不器用なまでのマジメさはあったな」
「……今夜は、見逃してあげよう」
「そうしよう」
「さあ、ゼファー!戻ろう!夜の暗がりも、すっかりと濃くなったから、思い切り高く飛んでも見つからない!」
『らじゃー!!』
夜空高くへと舞い上がる。帝国兵どもは、多少の捜索隊を出していたが、見当違いの方角をさ迷っていたよ。
行き掛けの駄賃とばかりに、捜索隊の一つを矢と弾で全滅させると、『オルテガ』の上空を飛ぶ。こちらの襲撃のせいで、いまだに慌ただしく帝国兵どもが動き回っていたな。右往左往しているが……。
「比較的、静かだ」
「ねえ、ジャン……新しく血のにおいが漂っていたりはしない?」
「だ、大丈夫だよ。し、市民への虐殺は、起きてないみたい」
「良かった。『ルファード』軍の攻撃かと思って、武装蜂起したりしなくて……それをしてもらうには、早過ぎるもんね。同時に動かないと、威力が弱まっちゃうし、被害も大きくなっちゃう」
「だ、だよね。とりあえずは、だ、大丈夫みたい……そ、その。あ、あのね、ミア」
「ん。何か、気づいたの?」
「そ、そうじゃなくて……あ、あの女の人、ミアに、あ、謝っておいてって……」
「あいつが……」
「ふ、フリジアさんを、頼むとも……」
「…………っ」
「き、厳しいヒトだけど……そ、その、どこか……やさしくも、あるんだと思うよ。あの、ま、まるで、ちょっとだけ……『お母さん』みたいっていうか……」
……彼女は、怒るだろうが。『ゼルアガ』、『アリアンロッド』の慈悲と、『カール・メアー』の慈悲は、似ているところがあった。あの悪神は、不幸な運命の子供たちが、苦しみだらけの人生を送らないようにと……殺していた。殺したあとで、よみがえらせて、死者にして遊ばせていた。それを、守りもした。
間違っているところもあるが、一種のやさしさもありはしたのだ。
「……うん。そだね。もう、あいつのことは、気にしない。大丈夫だよ。ちょっとは、良いトコロもあったヤツだと思えるようになれたから。今は……仕事の方に集中しよう!」
「そ、そうだねっ!団長、ミア、その……ど、どんどん、聞いてください。に、においで、『オルテガ』の状況を、把握してみますから……っ!」




