第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その二十三
『オルテガ』から離れた。北の果てに飛び、帝国兵どもの注意をこの方角に引き付けた上で、遠回りの旋回を選び、敵の視界から隠れる。
魔力を消し去り、気配を消して……地上スレスレの低さに隠れながら闇夜を飛び抜けた。
目指したのはジャンの気配だ。
戦を控えた夏の荒野の不毛な赤土の上に、ジャンと……三人の女たちがいた。ジャンの背から降りると、重傷の女が横たわり、一人の女が彼女の治療を試みて、もう一人の女は、再びジャンに長剣を向けていた。
ジャンは、困ったように『巨狼』の大きな体を委縮させてしまっている。
我々がサポートすべきだったし、誤解を消し去らねばならない。
そして、もちろん情報を得なくてはならなかった。そのために助けたわけではないが、彼女たちにとっても事情を伝えることは有益だと思うぞ。
『ちゃーくち……っ!!』
荒野を蹴爪で引き裂きながら、ゼファーは地上へと降りる。
オレとミアもすばやく背から跳び、地面を踏んだよ。武装を見せつけることはしない。弓もスリングショットも隠している。
長剣を構えた女は、ジャンだけでなく、オレたちストラウス兄妹の方も交互ににらみつけて、長剣は追い詰められた決意に震えている。視線は、告げいていたよ。彼女の疲弊と、尼僧たちを守り、死ぬまで戦おうとする意志があることを。
「誤解するな。君らを、オレたちは助けたのだ」
「意味が、分からないわ!?竜に……乗っている。ということは、お前は……竜騎士ソルジェ・ストラウスだな!?『蛮族連合』の……敵の、幹部の……ッ!!」
『自由同盟』の幹部だったろうかね……?
あくまで外交官で、クラリス陛下の傭兵であるが……帝国側から見れば、幹部という認識になるのかもしれない。
……不要な問答をしていても、彼女の混乱を深めてしまうだけに終わるだろう。大きな間違いでもないのだから、訂正する必要もあるまい。
「そうだ。我が名は、ソルジェ・ストラウス!ガルーナの竜騎士、『パンジャール猟兵団』の団長!そして、ガルーナ王になる男だ!!」
「……やっぱり!……敵じゃないの!!」
「そうだな。帝国の敵だが、君らが『カール・メアー』だとか、イース教の尼僧だというのであれば、わざわざ殺したいとは思わん。『血狩り』については、大反対だがね」
「……フリジア・ノーベルのことを、知っていると……言ったわね?」
「ああ。知っているよ。君は、つまり、彼女の上司というわけかな?」
負傷し過ぎているせいで、その剣の構え方は崩れてしまっている。だが、闘志は尽きない。この覚悟の強さは、狂信的な『カール・メアー』の巫女戦士に相応しいものがあった。
「……だんまりかな?こちらは、身分を素直に明かしただろう。そして、命懸けで助けてもいる。そこにいるジャンは、わざわざ君らを救うために、敵地のド真ん中に一人で突入したのだぞ?」
「……狼のこと……っ!?」
彼女の目の前で、ジャンはヒトの姿へと戻ってみせる。彼女は、驚き、ジャンに向けて長剣を振りかざしもするが、動きを止めた。
「そうだ。それが、正しいぞ、『カール・メアー』。彼は、ジャン・レッドウッド。『狼男』であるが、善良で勇敢な魂の持ち主だ。君らを、命懸けで助けてくれた、恩人だ。斬るべき相手のはずがあるまい」
「……感謝は、しよう。理解は、まだ、及ばないが……」
「は、はいっ。そ、その、あの……とにかく、ち、治療を……彼女は、も、もしかしたら、た、助かるかもしれませんし……っ」
「……っ!!」
『カール・メアー』の尼僧剣士は、倒れた尼僧を見つめる。
「状況を認識したようだな。どうやら、我々は争っているような状況ではないぞ。助けるべき者がいる。オレたちは、彼女を死なせたいとは思わん。君も、残りの者もことも。むしろ、斬撃の傷に有効な薬も保有している」
「……っ」
「君が邪魔しなければ、使うことになる。君が邪魔するというのであれば、圧倒的な戦力を用いて、君を昏倒させたあと、彼女を救うために治療を施す」
「どうして……助けようとするのよ、敵なのに」
「敵だが、リヒトホーフェンも敵だ」
「……っ!!リヒトホーフェン……伯爵……ッ!!」
「重傷者を前にしたとき、時間はとても貴重なものだよ。君が、選んでくれ。邪魔するのか、邪魔しないのか。死なせるつもりなら、必死に挑め。その間違いごと、敗北という形で訂正してやろう」
にらまれる。
言葉選びに配慮が足りなかったのかもしれないが、それでも、彼女は自らのプライドよりも、死に瀕している『仲間』の命を選んでいた。長剣を、さやへと納める。
「いい選択をしてくれた。生産的に動こう」
「……く!」
「はいはい。治療タイムだよ!」
ミアと共に、横たわった尼僧のもとへと近寄った。
止血しようとしている尼僧は、こちらを怯えた目で見るが、素直に倒れ込む彼女に近づけさせてはくれる。
魔眼を使いながら、傷を確認した。
「深手になっているのは、背後からの腰の一突きだ。腎臓の一部を傷つけてしまったらしい。そこから出血が酷くなっている……」
「じゃあ、リエル特製の『造血の秘薬』と『血止めの秘薬』の出番だね!注射は、私がするから、お兄ちゃんは、腎臓の方をどうにかして!」
「ああ。焼いて、止血するさ」
「……彼女は……助かるのか?」
「助けようとしているのが分からんのか」
「いや……それは、分かるが……どうして?」
「社会勉強が足りん。偉大な英雄は、瀕死の尼僧を助けるものだ」
「自分で……偉大と、言うのか」
「そうだ。今よりも、はるかに偉大な男になる予定だからな。さてと……おい、手術を手伝え。長剣を振るっている場合ではないぞ」
「……どう、すればいい?」
「彼女が動かないように押さえつけておいてやれ。ああ、君もだ。君ら二人が、『仲間』を押させつけて、声かけをしてやれ。そういう力が、生命力をつなぐ」
「……ああ」
「死なないで……女神イースの慈悲を……ッ」
尼僧たちに押さえられた彼女の腰にある傷口から指を入れた。激痛に瀕死の体が暴れるが、治療の邪魔にはならなかった。彼女の『仲間』たちが協力してくれていたからね。
帝国兵の開けた突きの傷口に沿って指を突っ込み、あふれる血の奥底……裂かれた腎臓の一部に触れて、その周囲を『炎』の魔術で焼いて固定する。魔眼で出血を確認するが、強引ながらも止血は完了していた。
指を引き抜く。
「うう……うう……」
「よくがんばったな。あとは、傷口を縫合して、包帯を巻くだけだ」
「それは、私でもやれる……」
「いいぜ。君が、それをしたいと言うのであれば、構わん。オレがそばにいるよりは、君らがついていてやった方が、彼女も勇気を持てるだろう」




