第三話 『愛する者に不滅の薔薇を』 その十六
『わくわく。ぶっこわしたーい!』
アーレスの血らしく、破壊衝動に飢えているところもあるんだ。可愛らしいよな。いつも思うが、空には竜が足りていない。もっと、世界中の空を埋め尽くすほど、この愛らしい竜たちが満ちてあふれていればいいのに。
誰もが、日々を微笑みと共に過ごせるようになるはずだ。
この不完全な世界の体たらくに、いつもながらの失望もする。しかし、竜の愛らしさを独占している特権も確かめられた。オレが知る限り、この大陸の空にはゼファーとルルーシロアしか、竜はいない。その一方を独占している感覚は、罪深いほどの幸せを与える。
ああ。
この巨大な風車をぶっ壊して、力を示したがっているゼファーの愛らしさたるや!
うろこを波打たせて、しっぽではリズムを取っている!
顔面が緩んで、ほほえみがこぼれるに決まっていた!
「ククク!」
「だ、団長?どうか、し、しましたか?」
「いいや。ちょっと、楽しくなってね」
「そ、そうなんですね?」
「ゼファー!この下を向いている羽を、咥えて固定してくれるか!」
『らじゃー!ひっこぬくの?ひっこぬけるよ?こわせるよ?』
「しっかりと押さえておいてくれ」
「こ、壊してしまうと、破城槌の部品に、つ、使えませんからね……っ!」
『んー。そーだった。がまんしよう……はーむ……っ!』
うちの仔竜は伸ばした首を羽に近づけて、やさしく牙を使った。ミシリと風車全体が軋んだ音を立てているが、ゼファーは完璧な力加減を実行してくれている。
壊すことはないまま、それでいて、しっかりとした固定を行ったわけだよ。
「いいカンジだぞ、ゼファー!さーて、ドージェと、共同作業と行こうか!」
『んー……ひふふぇほ、ひひよー!』
いつでもいいよ、愛らしい言葉を耳で受け止めながら、竜太刀を引き抜いた!
アーレスは『牙』を出すことはないな。クールで紳士な古竜の魂は、風車を破壊することに気持ちを高ぶらせることはないらしい。
さすがは三百年も生きている竜は違う。楽しい作業だと思うのだがね。
狙うのは、固定されている羽の付け根だったよ。そこに目掛けて、竜太刀の一閃を叩き込んだ!
ズガシャアアアアアアアアアアアアア!!
……ノコギリを使ったりするのも、良いだろうが。竜太刀の方がはるかに慣れている。巨大な風車の羽の軸柱は、一瞬のうちに斬り裂かれていた。
『むー……ぐ……っ!』
ゼファーは風車から切断された羽を、首の力だけで支えることになった。大した重さはない。むろん、ヒトでは支えきれるはずもない重量ではあるが、ゼファーにとっては、軽いものだ。
首は石柱のように微動だにしないまま、羽の一つを咥えたまま屹立していた。金色の瞳がくるりと動き、無言のまま問いかけてくる。次の指示を欲しがっていた。
「そうだ。咥えたまま、ゆっくりと風車本体から離してくれ!壊してしまわないように、ゆっくりとだ!羽は破城槌として使うし、この風車も……『オルテガ』の農民たちにとっては貴重な財産!我々は、凶悪な破壊者ではないのだ!民草を守るのが、騎士道である!!」
『んっ!……んー……っ』
騎士道に生きるのが、アーレスの血の宿命だ。それをゼファーは知っているし、自ら望んでくれてもいるのだ。
農民たちが、またこの風車を自在に使う日々のために……破壊は慎重に執行される。ゆっくりと、ゼファーの首が風車の大きな羽を一枚、夜の風のなかへと遠ざけていく。
「よし、いいカンジだ。ジャン!」
「は、はい!」
「丘の下が見えるか?」
「は、はい!お、大きな荷車が……ありますねっ!」
「あいつに、羽を載せておきたい。荷車を動かしてくれるか?」
「い、イエス・サー・ストラウス!すぐに、行きますうううううう!!」
「ん」
さすがは、猟兵ジャン・レッドウッドと言うべきだろうな。
落ちたら危ないと、ついさっき自分で口にしていたはずの高さよりも、さらに高い場所なのだが……一切の躊躇もないまま、この場から飛び降りていたよ。
仕事熱心というか、忠誠心がすごいというか。
全くの迷いなく、風車のてっぺんから飛び降りられる男は、そうはいないはずだ。
もちろん、一切のダメージを負うこともないまま、地面に着地して、さらには即座に目標へと向かって高速でダッシュする人物は、おそらく、この大陸がいくら広かったとしてもジャンの他にいないだろう。
「い、急いで、急いで、荷車を運びますので……っ!!お、お待ちくださああいいい!!」
そこまで慌てなくもいいはずだったが……ジャンはマジメだった。農民たちが置き去りにしていた大型の荷車に到着すると、持ち上げていたな。
「ジャン、すごいねー!」
作業を見物していたミアが、ジャンのとんでもない怪力を褒めるために小さな手で拍手していたよ。
「ああ。まあ、荷車を持ち上げて運ぶのは、想像していたのとは違う動きだったが……」
普通は、荷車って押したり引いたりして移動させるものだが。眼下にある光景では、荷車の車輪は空中で空回りしていた。
「も、持ってきましたあああ!!」
細い両腕で、巨大な荷車を持ち上げたまま、ジャンは叫ぶ。
相変わらず、規格外の腕力だったぜ。
「おう!そのまま、そこに置いてくれ!」
「は、はいっ!よ、よいしょ……っと!お、置きましたー!」
「ゼファー、羽をその荷車に載せるんだ!」
『んー…………んっ!』
ズシイイイイイイイイイイイイイイイン!!
重たげな音が響き、荷車に風車の羽が載った。これで、完成というわけにはいかん。車輪の数がもう少しあった方が良さそうだからな。
「ジャン!そのまま、支えていてくれ。荷車を、もう一台用意して、運びやすく調整しておこう!」
「は、はい!こ、固定してます!」
『じゃん、てつだってあげようか?』
「え?だ、大丈夫。大した重さじゃないから」
うらやましくなる言葉だったな。さて、部下に働かせるだけじゃなく、団長サマも働くとしよう!




