第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百九十五
そっくりではあるが、こちらの方が……より黒く見えた。羽音を鳴らしながら、夏の空を冒涜するおぞましい蠅野郎の表面には無数の骸骨が浮かびあがっている。それらは朝に見た個体に比べて、骨からより赤い肉が削げ落ちているようだったな。
骨の部位がむき出しになっているのだが、骨が本来持つ白さはそこにはない。
「焼かれて焦げてしまったのかな、真っ黒になっている。オレの放った火に、燃やされてくれたのならば、嬉しくて笑いがこみあげるぜ!」
挑発してやる。
戦闘はコミュニケーションの一部だからな。駆け引きも大切だ。こんな安っぽい煽りのための悪口で、地上を逃げるドワーフたちの馬車隊よりも、オレに対して怒りを集中させてくれたなら、願ったり叶ったりというものだった。
羽音がうなり、黒く焦げた骸骨の群れが、ガラガラとあご骨を揺らす。不満げにな。
『……安い挑発だ』
鳴り響く骸骨どもの群れの中心で、『黒い骸群の巨蠅/ベルゼブブ』の頭部の中心で、その声が放たれる。聞き覚えはあった。セザル・メロにも似ているし、ついさっきレイチェルに三枚おろしにされた演説大好き野郎の声そのものだよ。
「マルド・メロか。『巣箱』と融合して、九死に一生を得たというわけかな?」
『……多くを知っているな、ソルジェ・ストラウス』
骸骨どもが左右に寄った。赤い目玉の周りに無理やり移動させられていたよ。骸骨どものあいだから、仮面をつけた赤黒い裸体が沼から引き上げられる死者のように、ぬめつきながら生えて来やがる。
マルド・メロは、腕を組みこちらをにらむ。黒いマスクの裏側でも、目玉が赤く光っていたな。ヒトの常識を捨てて、おかしな『怪物』へと『変異』したらしい。
「虫けらごときに、自分を喰わせてまで、無様に生きながらえるわけか」
『無礼な男だ。私としても、あれだけ死に追い込まれなければ、こんな選択をしなかった。『巣箱』は、まだまだ研究段階にあるんだよ』
「セザル・メロと共同開発していたのか?リヒトホーフェンの下僕として」
『下僕?……違うね。あっちは、パトロンだ。我々を『ゴルゴホ』から庇護してくれる代わりに、我々は全面的に彼の野心に協力し、研究能力を提供していたんだよ。これは、この『寄生虫ギルガレア』は、我々、兄弟の夢でもある』
「兄弟ね。あっちのメロとは、やはり血縁か」
『似ているだろう?セザルとは、兄とは、双子なんだよ。母の腹にいるときから、一緒。生まれる前から一緒だったというのに、私から、兄を奪い孤独にしたな、ソルジェ・ストラウス』
「よく分かったな」
『お前は、気づきそうだったが……見落としたんだよ。兄は、お前に殺されてしまったとき、『ゴルゴホの蟲』を解き放っていた』
「……ああ。気配を、ほんの一瞬、感じた気がしなくもなかったが。あのときか」
『『ゴルゴホの蟲』には、記憶や知識を伝承する力がある特別な個体もいるんだ。兄と私は、『ゴルゴホ』にいたとき、それの実験台にされた』
「実験台?」
『連中は、サディストじみていてね』
「貴様らが言えた口ではない」
『我々がサディストに見えたとすれば、『ゴルゴホ』流の教育の結果に過ぎんだろう。連中は、多くの医学的発見も、成功も手にしているけれど……そのためには、自ら疫病を撒くことだってある』
「秘密主義の組織は、およそ悪事をしているというわけか」
『他の組織は知ったこっちゃないけれどね。我々、メロの兄弟は、『ゴルゴホの蟲』の実験台にされて、ほぼ完ぺきな適合を示し、生き残ったことで……『ゴルゴホ』に受け入れられた。選ばれし立場だ』
「ギー・ウェルガーのようなものか」
『……『ゴルゴホ』とも知り合いなのかね?君の顔の広さには、驚きだ。というか、厄介ごとに顔を突っ込み過ぎていないか?我々は、帝国貴族に匿われた、闇の底にいたはずなんだが……どうして追いかけてくるのか』
「敵だからな。戦士の主要な役目は、敵をこの世から抹殺することに他ならん」
『乱暴者だよ。竜に乗る野蛮人らしいとは、言えるかな』
「聞きたいことがある」
『話すとでも?』
「貴様は……いや、リヒトホーフェンは何を企んでいるんだ?『蟲の教団』が使っていた遺産を……『寄生虫』を蘇らせた。その上、南のエルフたちを襲うために軍隊まで派遣しようとしている。目的があるはずだ」
『あるさ。だが、話す義理はあるまい。話したところで、私を見逃さない。口車には、乗らないよ』
「セザル・メロより冷静なつもりか」
『学習したんだ。兄を殺されたときの情報が、知覚が、蟲を通じて、私には伝わっている。お前に殺される記憶が、脳裏にこびりついているんだ。兄の怨念が、私からあふれているぞ。これは、呪術の力となり……私を強化する』
ハッタリではなかった。無数の『呪いの赤い糸』が、『黒い骸群の巨蠅/ベルゼブブ』から浮かび上がる。マルド・メロの姿のすぐ隣に、赤い糸が集まって、揺らぎながら赤い人影まで作っていた。
セザル・メロの魂―――というよりも、もっと具体的なものだろう。
『お前に殺される恐怖と痛みと苦しみが、兄の姿を見せている。それと、融け合う。楽しい作業ではないが……仇を討ち取る力を、兄は与えてくれるのだ』




