第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百九十二
旋回しながらも、ハリートビー廃鉱を見下ろす。あちこちから煙が立ち上っていたな。岩や木片を突っ込まれているせいで、簡単には這い出してはこれないだろうが、追い詰められた者の必死さを舐める気にはなれん。
半ば、確信はある。ここの帝国兵どもは、異常な忠誠心を持っていた。あれが結束の力に転換されたならば、こちらの想定外なことをしてしまうだろうよ。
『……っ!!あそこ!!』
「帝国兵……じゃない!?」
「触手か。『巣箱』を動かしているようだな」
封じられた縦穴の一つから、赤黒い触手が煙に巻かれながら突き出した。苦しむようにバタバタと暴れちゃいるが、馬鹿力だ。
「ま、また!現れた!!」
「次から次だね……」
「ゼファー、近づいてくれ。狙撃で、嫌がらせしてやろう。あれを好きにさせておく必要もない」
『らじゃー!みんなで、うちまくってね!!』
竜の首が右へと倒れ、体も飛翔も右へと傾いた。地上目掛けて加速しながら飛ぶ。うねって暴れる触手の一つに、我々の射撃が降り注ぐ!
『ぎゃぎぎぎぎいいい!?』
「ダメージが入ってる!」
「でも、地下に逃げられた」
「牽制するのでも十分だ。ドワーフたちを安全に逃がすことが、最優先だからな」
「了解!ゼファー、次の触手に近づいて!」
『うん!どんどん、うちまくろう!!』
翼を空で叩き、新たな獲物へとゼファーは向かってくれた。弓とスリングショットによる射撃で、赤黒い触手どもを傷つけ、地下へと退かせる。
悪くないリズムではあるが、敵の気配は強まっていた。ただの野性的な勘に過ぎないものだが、猟兵が戦場という単調な状況において知覚するそれは、外れた試しがないものであるのさ。
「……備えておけ。常に、弾丸と矢を、撃てるように」
「何か、来そうだね……」
ミアも地下の動きを気取っていた。見えはしないし、聞こえもしない。だが、肌に突き刺さる殺気があった。
地上が、動く。
『ぎぎぎぎいいいいいいいいいいいいいい!!』
『ぎゃぎぎぎいいいいいいいいいいいいい!!』
触手の群れが、一斉に縦穴から飛び出していた。その一本に対して、『巨狼』が飛び掛かる。その背を乗りこなす『人魚』の腕が、呪われた鋼で銀の一閃を叩き込む。
ザシュウウウウウウウウウウウウウウウウウンッッッ!!!
血を爆発させながら、巨大な触手の一本が切断されていた。
「良い走りですよ、ジャン!!次は、さらに、呼吸とリズムを合わせてみなさいな!!」
『りょ、了解ですううう!!ど、努力しますうう!!レイチェルさん!!』
「……ジャン、レイチェルに調教されてる」
「そ、そういう言い方はかわいそうだから。よしてあげなさい」
「はーい」
レイチェルの命令に従い、地上を鋭く走りまくるジャンがいた。女性に従順なジャンは、見事に操縦されている。
構わんさ。あれはあれで、とてつもなく優秀なコンビと言えた。
充実した戦力が欲しいところだからな。敵意は、まだ地下から生えて来やがるのだか。次から次に、赤黒い触手が空を突き上げるように現れる。矢と弾丸を浴びせ、『巨狼』の騎兵が斬撃で断ち切っていくが……。
十数秒もすれば、新たな触手が生まれる。これ自体は、大きな脅威ではないが、懸念すべきこともあった。
「封鎖していたはずの縦穴を、クリアにされてしまったな」
「それを、狙ってのこと?……あの触手は、知性があるのか……っ」
「『巣箱』と、誰かが一体化したのかもしれん。オーマのように」
「あいつか。でも……考え方かもしれない。始末するための、チャンスになる」
「ククク!……そういう発想は、好ましいぜ」
「学んだから。ソルジェ・ストラウスと、『パンジャール猟兵団』から!」
「……っ!敵影、今度は小さいよ!!帝国兵……っ!?」
縦穴から飛び出したのは、人影サイズのものだった。しかし、帝国兵ではない。というか、普通の帝国兵ではなかったよ。赤黒く焼け焦げた、皮膚を失ったかのような姿が、縦穴から元気な山猿のような俊敏さで飛び出していたな。
「なに、あれ!?」
「『寄生虫』に操られた、死体ってところだ」
「おぞましい……ああいうことも、するのか……ッ」
赤黒く焼け焦げた死者兵の背からは、触手が生えてうねっていた。
「脊髄だか脳と一体化して、死体を動かしているのかもしれん」
「気持ち悪いね。しかも―――」
「-――速い!!」
『ギギギギギギイ!!』
全力疾走だった。異常なまでの全力を注ぎ込んだ走り。視野狭窄だな。戦場という敵意がひしめくような場所で、猟犬のような集中力のまま、ドワーフたちの馬車を追いかけてまっすぐに走るとは。
異常なことだ。
だが、納得してやれる。
「異常な敵だからな!!」
赤黒い全力疾走者の頭部に、矢を突き立ててやった。そのまま敵は倒れる。しかし、脳は致命傷にはならんのかもしれん。
勢いよく両腕と両ひざを使い、立ち上がりやがったぞ。
『がんじょうだね!』
「ああ。連携を作っていて良かった」
『巨狼』が突撃をしていき、レイチェルの一撃が死者兵を背後から斬り裂いていた。触手を断たれると、痙攣しながら全身から血を吹き出す。
「背後からの一撃は、有効だね」
「『寄生虫』の傾向は、変わらんということだ。参考にするぞ。まだまだ、いやがる!!」




