第二話 『無償の罪に、この手は穢れ』 その百七十九
「ああ。あの男は、本当は……セザル・メロ……って、言うのかい?」
伝令係主任がまばたきしながら口にした言葉に、違和感は少しだけ漂った。
「セザル・メロとは、名乗っていなかったのか?華奢な体格で、背は、ちょうどこれぐらいだが」
殺した錬金術師の身長を表すために、右手で空気を撫でた。あのクソ野郎のアタマは、およそこの高さだったはず。伝令係主任は、今度は納得がいったようにうなずいた。
「そうそう。そんな身長だった。いつでも、黒い仮面と、黒いローブで、女みたいに華奢だったな……あいつは、リヒトホーフェンの使いとして、オレたちへ会いに来ていた。命令を口頭で伝える役目をしていて……愚痴っぽいヤツだったよ」
「賢い錬金術師だ。バカを嫌う」
「そう!その通りだったな。この百人隊は、やっぱりバカが多いからさ。どうにも、賢いあの男からすれば、触れ合いたくもない下等生物の群れに見えたんだろう。それでも、社交的な一面はあったな」
「意外だな。性格に難ありだったが……」
「そうかい?まあ、変人だし、研究熱心というか……遺跡やら、森やらを調べて、何かしら瓶に詰めていた。傭兵たちは、そういう学問的な行いこそを、馬鹿にすることもあったわけだが……あいつが主催のパーティーには、みんな喜んで出ていた」
「美味いメシを提供されるからか」
「その通りさ!辺境で、娼館どころか酒場もないような土地だからなあ……美味いメシってのは娯楽になるが……オレは、どうしても、食いたいとは思えなかった」
「どうしてだ?」
「言っただろ?怪しいからだ。あいつの視線は、マスクのおかげでほとんど隠れていたんだが……口もとは、笑っていても……視線の鋭さは、いつもあったというか。あれは、観察していたんだろう……ほんと、まるで、実験動物でも……見てる……ような……」
「良い感性をしていますわね。正解でしょう」
「マジか……マジ、なんだろうなあ。ヘンテコな『寄生虫』が……隊長の体を喰い破って出て来やがったもんな……食わんで、良かった」
「セザル・メロの恐怖の食事会に誘われたのは、どいつらだ?」
「ぜ、全員じゃないよ。幹部っていうか、それなりに役職がある連中だけ。隊長と、副長と……突撃係長と……偵察係長だ」
「意外と役職が多いんだ?」
「それは、そうさ。オレらは、分隊だからまだマシだけど。『黒羊の旅団』の本隊は、とんでもない守銭奴が仕切っていてね。帝国軍もビックリの合理的なビジネスで回ってる。うちの隊長は、腕力はあるけど、そういうのに向いていないから、飛ばされたわけだ」
「ふーん。学ぶところもありそうだ。『風の旅団』も、感覚的に動き過ぎているから」
少数精鋭では、そういう感覚頼みも良くはあるがね。だが、『攻撃』を得意とする『風の旅団』はより組織的に行動した方が威力は出せるだろう。
『黒羊の旅団』の経営システムを学ぶのは、良い経験にはなるだろうが……今は、セザル・メロの被害者を救ってやることにしよう。
「あのクソ錬金術師に『寄生虫』を盛られていそうな傭兵を紹介しろ」
「紹介って……死んでるけど?」
「殺した張本人の一人だ。そんなことは知っている。助けてやろうというのだ。虫けらに死体を喰い破られたり、下手すれば、死体を乗っ取られたりすることもある」
「マジか……っ!?」
「本当だよ。『ルファード』にも、出たもん。帝国兵の死体が一つにね、合体しちゃった巨大な魔物もどきが。大きな『蠅』になってたよ」
「うわあ。それは、最低だな……死んだあとで、そんな目に遭わされるのは……」
「『仲間』だろう?救ってやれ。貴様らだって、死体を虫けらに好き放題操られるという契約など、結んではいないはずだ」
「当然だ。傭兵稼業は、あくまで商売……死後は、それぞれの信仰のもとに導かれるべきだよ。うちの隊長は、そういう点だけは、しっかりしていたな。だから、アタマが悪くてもリーダーになれたのか……うん。ちょっと、さみしくなってきた」
『そ、その。早く、処理してあげましょう?き、『寄生虫』に、好き放題されてしまうかもしれませんので』
「しゃべる狼に、うながされるか……不思議な日だ。だが、マトモなことを言っている。うちの幹部たちを、紹介するよ。ついて来てくれ」
伝令係主任の紹介で、この傭兵部隊の幹部どもの死体を見せられる。どいつもこいつも、殺気を放つと『寄生虫』が飛び出してきたな。途中からは、確認もせずに火をつけて焼き払うことにした。
「……マジで……地獄だな……死体を操る『寄生虫』を盛られるとか……クソ、クソが!最低が、過ぎるぜ……マルド・メロめ!!」
違和感を、もう一つ手に入れていた。
「セザル・メロは、マルド・メロと名乗っていたのか?」
「あ、ああ。偽名だったみたいだな……それとも、そっちのセザル・メロってのが、マルドの偽名かも?」
「可能性はある。隠れていた素振りもないが、『ルファード』では、セザル・メロはボーゾッドに仕えていた。リヒトホーフェンではなくな」
「ライバル関係にある伯爵同士じゃないか?……あいつ、そんな危ない橋を渡っていたのか。偽名の一つや二つは、必要そうだな……」
「しかし。それにしては、単調ですわね。苗字が一緒のままで、ローブに仮面の特徴的ないでたち。偽装する気がないかのようです」
「ああ。それに、色も、違う。セザル・メロは、白いローブと仮面だったが……」
「マルド・メロは、いつも黒ずくめだったぜ。そのあたりが、気味悪がられてもいた原因の一つだったんだ……オレは、その陰気なファッションセンスのおかげで命拾いしたわけだが……」
「他に、ヤツの特徴で知っていることはないか?」
「……どう、だろうな。意図的に、遠ざけていたところもあるからね……逆に、アンタから特徴を言ってもらえると、思い出せるかもしれない」
「左利きだ」
「左利き…………すまん。ちょっと、分からんが……だが、いや、待てよ。あいつから渡された、メモが……あるかも。薬草やらを、採取させられることも多くて……えと、待てよ。くそ……腕を折られてるから……」
腰の裏に下げた革袋のなかから、折られていない方の腕を使い、その殴り書きが記された紙片が取り出される。魔眼で、呪いがないかを調べつつ、受け取った。
「……採取すべき薬草の種類が書いてある」
「だろう?……で。オレが、見るに。どの殴り書きの筆跡もさ、右手で書いてる。インクは常に右に跳ねてるしな。思うに……こんな雑用の指示は、偽装するようなメモじゃないから、こいつは、たぶん……生粋の右利きだ」




