第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その八十九
黒く焦げた記憶が、怒りを鋼に奔らせる。
アーレスの色へと変貌した竜太刀が、黄金色に輝く竜の劫火の螺旋をまとうのだ。闇の底から、冥府に落とされた者たちの声が聞こえる。ヒトの業火は、黒く深く、死によっても断ち切れぬ憎悪と怒りのもとに燃えるのだ。
黒に濁るヒトの業火と、金色にあふれる竜の劫火は、捻れてもつれながら螺旋を描く。
ああ、オレには理解することが出来るんだよ。冥府に落ちた、『メイガーロフ武国』の戦士の魂たちが、恨みのために砂の底から戻って来ているのが分かる……。
殺されたぐらいでは、尽き果てるわけがあるまい。
祖国を蹂躙された戦士の無念は、終わることなどないのだ。
振り上げた竜太刀に奔る二種の火焔の螺旋が、爆ぜて暴れ狂いながら語りかけてくる。
殺せ!!殺せ!!殺せ!!
帝国人への憎しみに焦がれて狂う怒りの奔流が、灼熱の殺意となって竜太刀へと宿るのだ。
怯えた顔の帝国人どもを見た。本能が死を悟り、理性がそれを拒絶する。ただ生き長らえたいとだけ願い、それでも方法論を思いつかない暗愚な魂は体を強ばらせるだけなのだ。
戦士たちの無念と骨が眠る『イルカルラ』の砂を蹴りつけ、報復の歓喜に弾けそうになる体で獲物の群れへと突っ込んでいく。
絶望が上げる悲鳴と嗚咽を聴きながら、魔王は獣の貌で笑うのだ。灼熱が焦がす天と地のにおいを嗅ぎながら、殺意のままに、魔王は歌う!!
「『魔剣』ッ!!『バースト・ザッパー』あああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!」
帝国人の群れごと大地を爆撃するのだ。灼熱を帯びた荒れ狂う爆風が戦場にあるあらゆるものを薙ぎ倒しながら、殺戮の牙となり、帝国人どもを焼き払いながら噛み裂いていく!!
悲鳴は爆音の向こうに消えて、金色と漆黒が入り乱れる戦場には魂さえも焼き尽くす熱量が渦巻く。侵略者どもの砕けた体が、壊れた命が、そこかしらに散り、焦げた血が黒い影となって砂漠の奥へと戻っていく。
憎悪の対象である帝国人どもを、『メイガーロフ』の戦士たちは砂漠の奥底にある不帰の地獄にでも連れて行くのだろう。『蛇神ヴァールティーン』は、砂の地獄で悪人どもを永遠に苦しめてくれるのかもしれないな。
十七人ほどの侵略者どもが、灼熱の牙に斬り裂かれていた。その体には金色と漆黒の焔が宿り、殺したぐらいでは収まることもない復讐者の怒りとして、大地に転がる死体を焼き尽くそうと狂っていた。
「う、うわああ……ッ!!し、死んだぁあああ、み、皆、皆、死んじまったぁああああああああああああああッッッ!!!」
泣きながらわめき散らす帝国人が、その指から鋼を捨て去り、戦場から逃げ出そうとする。彼の動きに誘われて、次々と戦意を失った帝国人どもが、この地獄に最も近しい空間から離れようと走っていた。
しかし、メイウェイが作り上げた精強な軍団もまた、臆病な帝国人どもの敵でもあるのさ。
「逃げるなあああ!!敵前逃亡は、死刑のみだあああッ!!」
騎兵の一人が、逃亡をはかる罪深い兵士の体に槍の一撃を叩き込んでいた。
「ぎゃううう―――――」
投げ槍の鋭さによって砂漠に串刺しにされた兵士は、末期の息を吸い込みながらぐったりとその両腕を垂らしていた。鋼を指に絡めたまま死ねないのは、戦士としてはあまりにも悲しい終わりではある。
勇敢でない者も、蛇神の怒りに晒されるだろうよ。
「隊列を乱すんじゃない!!敵は、たったの一人だ!!しかも、あれだけの魔力を使ったんだぞ!?立っているだけでも、やっとのはずだ!!」
……まったく。よく訓練された兵士ってのは、抜け目がないもんだ。怯えた瞳でありながらも、オレを観察していやがるな。オレが追撃を仕掛けられないのを見て、彼なりに賢しい頭を使ってみたらしい。
いい部隊長殿だ。戦になれば、こういうヤツから仕留めておくべきだな。戦場の流れを変えかねない。オレに怯えてくれていた帝国兵どもが、いくらか正気を取り戻し始めていた。
魔術を戦場で使うことは、自殺行為なのは常識ではある。常識ではあるが、そんな当然のことさえも分からなくなってしまうのが、生死のやり取りをしている極限状態ってことなのさ。
指揮官は、言葉にしなければならない。
当たり前のことを、兵士にさせるためにな。
よく訓練された強兵だな、あの騎兵は。だからこそ、エルフの弓姫は反応していた。
「行くぞ、タイミングを合わせて、数で―――――」
―――数で、押し込めばいい。どんな強い戦士でも、十数の腕が四方八方から襲いかかって来るのであれば、対策すべき手段を持ち得ないものだ。
正論だ。
賢い。
だからこそ、貴様はリエル・ハーヴェルに狙われて、その矢で心臓を貫かれる栄光を手にしていた。鎧を貫いた矢は、心臓を完璧に破壊している。声は途切れて、命の色をした深い赤をヤツの口は吐き出していた。
馬上で死んだ音は、馬具に足が絡んだまま、そのまま、だらりと仰向けに倒れてしまう。
「ひ、ひい!!」
「ぶ、部隊長殿おおおおおっ!?」
有能な指揮官の死は、戦場では何よりも大きな損失だ。勇気と常識をくれて、恐怖の金縛りを解いてくれる。ヒトが大勢いるトコロの割りには、孤独なものだからな、戦場というのは。
誰もが自分と敵に必死になっていて、視野が狭い。ヒトのことを気にかけてやれる戦士が一人でもいるだけで、その集団は極めて有能に動くこともある。
ハートであり魂。
そういう指揮官になるべきだし。敵の群れのなかに、そういうヤツがいたなら、勇気を奮い起こさせる演説をさせるよりも前に、あるいは演説の最中に仕留めてしまうのも効果的だよ。
演説の最中に集まっていた視線は、死に行く指揮官の姿をよく目に焼き付けるだろう。戦場の孤独に負けて、指揮官だろうが何かに視線を過度に向けているヤツは、指揮官の死に怒りの熱量を抱くよりも、怯えの凍てつきに体を震わせることになっちまう。
戦ばかりをして来た『白獅子』は、酒を呑みながらもオレの耳の穴にそんなハナシを流し込んでくれたわけだ。おかげで、オレにはない感覚のことも、知識のなかにはあるんでな。
戦術は動いている。
怯えて固まるその瞬間に、オレは竜騎士の呼吸を用いて焦げた空気を肺腑いっぱいになるまで吸い込んでいた。体力を回復する。体力を回復しながら、勇気にあふれてオレへと挑みかかろうと走って来ていた兵士を睨む。
いるのさ。中には勇気があり、指揮官の言葉に完璧に反応することが出来る連中がな。そいつらは少数派だが、腕に覚えのあるヤツも多い―――あるいは、ただのマジメな人格を宿しているだけの場合もある。
戦えと言われたら、疑問を抱かずに戦える愚直なヤツもいるもんだ。猟犬のように忠実であり、見返りを求めず、損をするマジメさがある。理想的な人格者ではあるが、戦場で生き残ることには向いていない部分があるのは事実だな。
「し、死ねえええええええええええッ!!」
「皆の仇だあああああああああああッ!!」
報復の情熱に満ちた若い帝国人どもが鋼を振り上げる。オレは後の先のタイミングを使い、振り上げた大剣がオレへと落ちてくるよりも先に、一人目の胴体を横薙ぎで斬り裂きながら砂漠に踊った。
沈み込みながらの加速は、夜戦では有効さを増すものだ。『虎』のステップを踏みながら、こちらを見失っている二人目の背後へとたどり着く。死を悟った男は、背中に悪寒を感じたかもしれないが―――刹那の間を置いて、脇腹から腎臓を竜爪にえぐられていたよ。
「ば、ばかな……っ」
「悪くない。君はいい戦士だが。魔王が相手では、誰もが無力なもんだよ」
戦士を褒めてやりながら、腎臓を爪で潰すようにしながら竜爪を彼から抜いていた。二度と立ち上がることはないし、その必要もないさ。呼吸を三つしているあいだに、血が抜けすぎて意識も飛ぶ。
蛇神は、お前の勇気を見ていてくれるかもしれんぞ。それほど残酷な地獄には、お前は招かれないかもしれない。お前の信じている神に、冥府へ落ちた魂が導かれればいいんだがな。
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