第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その三十二
砂漠の男たちの会話は終わりを告げる。一人の男の足音が遠ざかっていくのが分かった。魔力の気配から、戦士ではないと判断する。足の運び方も鈍くさい。かなり太っていそうな足の音だった。
去って行ったのは、大商人カジムのようだ。
つまり、この場に残っているのは、バルガス将軍か。
カジムの背中を見つめながら、自分の人生がどんな終わりを迎えるのかを考えていたりするのだろうか?
あるいは、人生を振り返っているとか?
もしくは、信仰に祈りを捧げているのかもしれない。ここは、要塞ではあるが……蛇神ヴァールティーンの神殿ではあるのだからな。
そういうものが由来の沈黙であるとするのならば。
オレは、この沈黙を邪魔してやるほど悪人でもない。
壁に背中を預けながら、『イルカルラ血盟団』のリーダーである男、バルガス将軍のために時間を捧げた。
彼に対してしてやれることは出来ないが、オレなりのリスペクトだ。見せつけることはしないさ。そんなことをすれば、真に誇り高い戦士は、情けを受けてしまったと憤慨するかもしれないからな。
こっそりと捧げるべきリスペクトというのも、あるんだよ。
沈黙は、数十秒ほど続いた後に、バルガス将軍の低い言葉で終わりを告げた。
「…………誰かは知らないが、盗み聞きは感心出来ないぞ」
オレたちに気がついていたようだ。
カミラは驚いている。自分が気配を消すのを失敗してしまったのかと、慌てているが。そんなことはない。どちらかと言えば、オレがあえて魔力を消さなかった。気づいて欲しいと思っていたからね。
オレは背中を壁から離して、ゆっくりとその場に立ち上がった。バルガス将軍が歩いて来る気配がないからな。こっちから出頭してやることにしたのさ。
「……ソルジェさま」
「オレの背中についていろ。あっちは一人だ。心配する必要はない」
「は、はい!」
カミラがオレの背中に入り、楽しそうに影を踏む。オレの影は、ヨメさんたちに踏まれることが多いな。
猟兵夫婦は神殿の通路を静かに歩き、角を曲がって戦士と出会う。
抜き身の太刀を構えた、背の高い巨人族がそこにいたのさ。ウールのマントをまとい、その下には鋼で打たれたプレートの多い鎧が見える。傷だらけだったよ、彼の褐色の肌も、その鎧もな。
白髪が多く交ざった髪が、ゆっくりと傾いた。
首を横に倒している。
値踏みするような視線を、バルガス将軍の黒くて大きな瞳は放っていた。オレは肩をすくませる。
「そう、にらむなよ、バルガス将軍」
「……盗賊でも無さそうだ」
「帝国人でもない。ガルーナ人だ。知っているかな?帝国に裏切られた国だ」
「……『自由同盟』の使者か」
「そうだ。巨人族だけの方が良かったか?」
「……人間族を信用することには、少々、難しさが発生する状況でね」
「ククク!……そりゃそうだ。人間族と……帝国人との戦のまっただ中なんだからな、アンタたちは」
「戦は終わったよ。とっくの昔に。これは、戦とも言いがたい、か弱き抵抗運動に過ぎないものだった」
「自虐をするなよ。砂漠の戦士はネガティブなのか?」
「前向きでいられるような時間は、3週間前に終わったからな」
「3週間前か……ドゥーニア姫の部隊が、帝国軍に敗北を喫した」
そして、ナックスは帝国軍の捕虜になってしまったわけだ。
「……よく調べているな。帝国軍の内部に、スパイでも派遣しているのか?」
「現地調査の賜物だ」
「ナックスからか」
「……そうだ。オレたちはナックスを見つけて、彼から色々と聞き出した。彼の名誉のために言っておくが……彼は、裏切り者ではない。むしろ、ドゥーニア姫の忠臣と言える男だろう」
バルガス将軍の大きな頭がうなずいた。
「そうだろうな。ナックスは、彼女の父親に恩義がある。それに、そんなものが無かったとしても、一度、主と決めた者のためには命を捧げる。そういう昔気質なところが、あの男にはあるのだ」
「えらく評価しているんだな」
「有能な戦士だ。出来るのならば、取り戻してやりたかったが……」
「取り戻せる。彼の折れた脚はもうすぐくっつくぞ。すぐにドゥーニア姫に引き渡してやってもいい」
「……連れて来ているのか、ナックスを?」
「違うさ。彼は、『ガッシャーラブル』にいる。オレたちが作り上げたアジトの一つで匿っている」
「……『ガッシャーラブル』から、ここまで彼を運ぶのは困難だ」
「常識的な方法に頼っていてはな」
「……どんな方法を貴殿は持っているのかな、『自由同盟』の傭兵よ?」
「……オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。『パンジャール猟兵団』の二代目団長であり、ガルーナ王国、最後の竜騎士。いずれ、ガルーナを奪還し、ガルーナの魔王を継ぐ男だ」
長々と語ってやったよ。
オレが『自由同盟』の傭兵であることとか、クラリス陛下の使いであることは省略する。オレたちの出逢いを、公式なものにするべきか……あるいは、非公式なレベルにして、当事者だけの胸の内にしまい込むか……そいつはまだ決まっていないしな。
だが。
彼の問いに対するヒントは与えたはずだぞ。
バルガス将軍は、しばし考えた後で、口を開いた。
「……竜騎士。竜に乗る、騎士たちのことなのか?」
「そういうことだ」
「竜は、絶滅したのではないのか?」
「わずかながらに生き残っている。オレのゼファーと……北海には、ルルーシロアという白竜も住んでいる」
「北海にも、竜がいるのか」
「ああ。この神殿だか、隠し砦だかの上空にも来ているぞ。オレの相棒である、黒き竜、ゼファーがな」
バルガス将軍は上空を見上げたりはしなかった。この隠し砦の中でそんなことをしたってムダだしな。
それに、オレを信じてもいないのだろう。
太刀を構えたままだからな。
「なあ」
「なんだ?」
「そろそろ、太刀を降ろしてくれないか?……オレは敵じゃない。そして、不法に侵入して、アンタだけに姿をさらした。アンタも……オレの気配に気づいていたのに、仲間を呼ぶことはしない」
「秘密の取引にしたいか」
「そんなところだ。オレは、影みたいなものだ。影に刃を向ける必要はない」
「……そうかもしれないな」
バルガス将軍は納得しているのか、それともしてはいないのか。どこか空虚さを秘めた言葉を吐きつつも、太刀を鞘へとしまい込む。
信頼関係が構築出来てとまでは言いすぎだが……さっきよりはずっとマシな関係に両者はなれたような気がしている。
「……さてと。コッソリと秘密のハナシをしないか?」
「……こんな通路でか?」
「いいや。アンタの執務室でもあれば、そこで」
「そんな大層なものは、ここにはないが……ついて来い、『自由同盟』の影よ…………いや、ガルーナ最後の竜騎士、ソルジェ・ストラウス殿よ」
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