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39 愛していますをもう一度







「お父様、お母様はどんな方でしたか?」




 ディスカの死から5年、一人息子のディストは6歳になっていた。

 ジェストは後妻を娶らず、独身を貫いていた。ディスカに操を立てているわけではなく、妻を娶ろうと思わなかっただけ。


 跡取り息子はもういた為に、周りが急かすこともなかった。




「どうしたんだ、急に」


「僕はお母様のことをほとんど覚えていません。毎年、エディに貰えるお手紙には僕を愛していることや、成長を見守れなくて悲しいことが書いてあります。でも、お母様自身のことは書いていないのです」



「そうか」


「エディに、お母様がどんな方だったかを聞いても旦那様にお聞きください、と言うばかりで教えてくれないんです」




 エディならば嬉々として語りそうなものなのに、どうして(ジェスト)に聞けなどというのか、と苦いため息を吐いた。




「お父様は、お母様を愛していないのですか?」




 ジェストは不意を突くような息子の言葉に、息を止めた。




「愛して……?」




 たった3年しか過ごしていない(相手)

 思い出も、記憶もあるのに、自身が彼女に対してどう想っていたのかが想い出せない。

 結婚した理由さえ、分からない。



 ジェストにとって、ディスカとの結婚は利益を生むものだった。彼女の父親は権力者であるし、財産も十二分にある。

 しかし、ディスカにとってジェストは最良の結婚相手ではなかったはずだった。




 記憶の中の彼女が、穏やかに微笑む。




「……愛していたよ」




 ざらついた言葉だった。どこかに引っかかりを覚えるような。こんな気持ちで吐いていい言葉ではなかった。


 聡いひとり息子は、顔を顰めてジェストを見た。




「お父様、嘘は良くないんですよ」




 子供とは総じて敏感なものだ。他人の感情に機敏で、隠していることを暴いてしまう。

 もっと鈍く、鈍感でいてくれれば、無駄に傷付くことなどないだろうに。




「……そうだな。でも、多分、全部が嘘ではないんだよ」


「……?それなら、良いんですか?」


「さあなあ」



 記憶の中で、ジェストは確かにディスカを慈しんでいたように思う。愛していたと感じられる。

 けれど今は、その事実が一枚壁を隔てた向こうにあって、近くに感じられない。




「ディスト、もうすぐお母様の命日だ。一緒に、墓参りに行こう」


「はい、お父様」





*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*




 暗い暗い、どこかにいた。

 長く足掻(あが)いて、もがいて、明るい場所へ出ようとしていた。



 ここがどこで私が誰なのか、何も分からなかったけれどそんなことはどうでもよかった。とにかく、今私は早くここからでなければならなかった。


 何の為に?


 ____私を待っている人がいるから。




 ようやく、私は暗いところから這い出る。

 目の前で、白い人が安堵したように吐息を漏らした。美しい人だ。妖しいまでに美しい人。




「……さ、ん?」





 彼の人は長い長いため息を吐いて、「ああ良かった、このままだったらあんたの魂ごと永い眠りにつくところだった。輪廻転生の輪から外れた人の魂ほど哀れなものはないからね」と呟いて、本当によかったと繰り返した。


 私は何が何だか分からなくて、きょとんとしている。




「おはよう。さて、何から話そうかね。なんせ、そこそこに長くてそんなに短くない眠りについていたからね、あんたは。話すことはたくさんあるよ」




 彼女はそう言って、長くも短い話を始めた。





*・゜゜・*:.。..。.:*・'*'・*:.。. .。.:*・゜゜・*





 朝早く、エディを従えてディストが駆けてきた。お屋敷では走ってはいけませんよ、とエディが眉を寄せて言うも、「でも早くしないとお父様が僕を置いていってしまうかもしれないでしょう」と頬を膨らませる様子に表情を和らげる。

 ひとり息子は母に愛されない代わりに、屋敷中に愛されるような子だった。



「おはよう、ディスト。そんなに焦らずとも、置いて行ったりしないさ」


「そんなの、分かりません」


「どうして?」


「お父様が急に、お母様に逢いたく(・・・・)なって馬に飛び乗るかもしれません。僕はまだ乗馬が出来ないから」



「そんなことはしないよ」



 本当に?と、疑り深い視線を向けてくるディストを抱き上げ、本当だよ、と言う。



「さあ、朝食をとったら墓参りに行こう」




 朝食時、ディストは何故か興奮気味だった。何度も何度も、母のことを聞きたがった。




「お母様は、お父様が好きだったんでしょうか」



 その質問はもう3度は繰り返していた。渋い顔をしたジェストに代わり、エディがディストの近くに屈んで答えた。



「奥様は、それはもう深く深く、旦那様を愛されておりましたよ」




 ディストは嬉しそうに笑って、「じゃあ、僕のことは?」と聞く。



「旦那様に対してと同じくらい、深く愛していました。毎年届くお手紙がその証拠ですよ」



 どうしてお前が答えるんだ、そう聞きたかったが、口が開かなかった。ジェストがいつまで経っても答えないから、代わりにエディが答えているのだから。

 エディがディスカについて語るたび、胸の奥がチリチリ痛んだ。


 そういえば、ディスカが生きていた頃、彼は常にディスカの近くに控えていた。



(僕はそれを、どう思っていたのだったか)




 まるで嫉妬するように見ていた気もするし、特に何も思わなかったのかもしれない。今と気持ちが同じなら、きっと後者だ。




 朝食を終えると、御者の引く馬車に親子で乗り込んだ。街が見えるような小高い丘。そこに、ディスカの墓はある。

 ディスカの父であるシェゼンスタ公爵が土地を買い取り、立派な墓を建てたのだった。

 嫁入りした娘のために、出しゃ張り過ぎだとエディは呟いていたが。




「旦那様、こちらを」



 御者台に乗って一緒に来ていたエディが、明るい色の花束を差し出してくる。それを受け取り、墓に添えた。




「……久しぶりだね、ディスカ」




 墓に向かって話し出すジェストを、ディストはどう思ったのだろう。ジェストの足にまとわりつき、彼も墓に向かって話し出す。




「お母様、お母様。今年もお手紙、届きましたよ!お空に届けるお手紙は、どこに出せばいいのかエディも知らなかったのが残念です……。だから、今、お返事しますね!」




 楽しそうに、嬉しそうに、嬉々として話す。




「お父様は今日もお元気です!」



 1番に出て来た言葉がそれで、ジェストは「え」と声を発する。




「ディスト、何でお父様の話なんだい?」


「だって、お母様のお手紙、僕とお父様が元気に過ごしているか、という質問から始まるから」


「……そうか」


「はい!

 お母様、お母様、新しいお母様はまだ出来そうにありませんよ」


「は?」




 またも、ディストから出て来ようとは思わない言葉に間抜けな声が漏れる。




「ディスト?」


「だって、お母様、新しいお母様は出来ましたか?って毎年書くんですよ。それで、その方に深く深く愛されていますように、来年はお母様からの手紙を開かずに済みますように、って」




 ディスト宛の手紙を、ジェストが開いたことは一度もない。

 しかし、これは、一度点検した方が良いのかもしれないと思い始めていた。




「お母様、僕もお母様のことが大好きです。きっとそれは、新しいお母様が出来ても変わりません」




 キリッとした顔で、ディストが言う。ジェストが彼の肩を押さえていなければ、墓石に抱きつきそうな前のめりな姿勢だった。




「お父様は、お母様に何も言わないのですか」


「……あ、ああ。そうだな」





 何か、言うこと。




「ディスト様、こちらへ」


「え、でも」


「二人きりにして差し上げましょう」




 何も言えないジェストを気遣ったのか、エディがディストの手を引く。ディストは気になるのか、何度か振り返りながらもエディに連れて行かれた。

 一人きりになった空間で、ジェストはじっと墓を見つめる。


 何か言わなければならない。

 何か伝えなければならない。



 でも、何を。

 墓に伝えて、何になる?




「ディスカ……僕は、君を愛していたのかわからないよ」




 ディストという息子がいるのに。

 未だ、後妻を娶らないのに。



 ジェストは1人、項垂れる。









「……別に、よろしいのではないかしら」



 唐突に返事が返って、ジェストは目を見開いた。



「寧ろ、あいしている、だなんて言われたら私、魔女さんを信じられなくなってしまうわ。魔女さんの力を。それとも……貴方の愛の深さに驚けば良いのかしら」




 それは、よく知っている声だった。


 ジェストの瞳から、ポロポロと生温いものが流れ出す。




「ディ、スカ……?」




「はい」





 墓石に抱きつく勢いで覗き込んだ墓石の裏で、ディスカは膝を抱えて座っていた。

 記憶の中の彼女と違うのは、かなり痩せて髪が短くなり、瞳の色が赤くなったことだろう。

 青かった空の瞳が、紅く紅く染まっている。


 ____本当に、本人だろうか。




 ジェストは1度、彼女の死を見ていた。

 しかし、先ほど挙げた部分以外に相違点は見つからない。彼女によく似た兄弟はいなかったので、本人のはずだった。




「幽霊じゃありませんわよ」




 軽い動作で立ち上がり、パタパタとドレスの裾と尻部分の砂を払う。




「御機嫌よう、お久しぶりですわ、ジェスト様」




 ジェストの視界が、涙で歪む。




「本当に、……」




 言葉にならず、その代わりにジェストはディスカに駆け寄って彼女の細くなった体を抱きしめた。

 自分の行動に訳が分からなくなって、混乱する。




「ジェスト様。まずは、謝罪をしなければなりません。私は、貴方の許可なしに貴方の心をいじりました。想い出を消したのです」




 ディスカは悲しそうに、ジェストの涙を指先で拭った。





「そして、身勝手ながら、今からその想い出を戻すのです。本当に、申し訳ありません」




 ディスカは紅くなった目でジェストを見つめ、小さく息を吐いた。




「好きです。好きでした。そして……愛しています」




 とめどなく涙が溢れてくる。それと一緒に、冷たいものが流れていった気がした。

 あの日飲んだ、魔法薬が。




「ディスカ、ディスカ、ディスカ……」




 どうして忘れていたのだ。どうして忘れることを許せたのだ。どうして忘れさせていたのだ。どうして、どうして、どうして。



 ディスカの背骨が折れそうなほど強く強く抱きしめ、ひたすらに名を呼んだ。その度に彼女は返事をして、そして彼女もまた目に涙を溜めていた。




悪い魔法(・・・・)は全て解けたんです。もう、私は何も気にせず貴方を愛していられる。貴方と、ディストと、共に生きられる」




 それから、話をした。ディストを含めて、3人で。

 悪い魔法の話と、それを解いた愛の話。



 それから、ディスカの目を染めた赤の話。




「1度死を見たせいで、染まったようですわ。髪は、魔法に使ったそうです。貴方の想い出を消したのは、……貴方を残していくのが辛かったからだわ」






話毎の投稿が空きすぎましたことをここでお詫び申し上げます。

それでも読み続けてくださった読者様には感謝を。

そして、誠に勝手ながら感想は受付を停止させていただきました。今まで書き続けてくださった方には本当に感謝しています。

ありがとうございました。

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