46話 求めていたもの
ヲロン村が滅んだのは、死獄石と呼ばれる結晶のせい。石が獣を狂わせたのだ。
それを聞いたリマーラは、セアルグに感謝した。ずっと知りたかったことがようやく分かったのだ。
村が滅んだのは、不幸な事故。誰のせいでもない。ただ運が悪かっただけ。
父親を、村人を想って、リマーラは泣いた。
だが、セアルグの話には続きがあった。
死獄石は昔から稀に発見されていて、国はその正体も対処法も知っている。しかし、石の存在は民に伏せられている。
何故なら、死獄石には獣を狂わせる以外の効果もあるからだ、と。
「セアルグが何を言っているのか、しばらくは、理解、できなかった。だが、彼から石を見せられ、その力をこの眼にしたとき……眼の前が黒く染まった。怒りで、何も見えなくなったんだ……」
ごほごほと命を零しながら、リマーラの最期の告白は続く。
ライカもダレスもヴォードも、何も言わずただ黙って彼女の言葉に耳を傾けた。
「そこからは、もう、ただひたすらに、この国に復讐することだけを、考えた」
死獄石の存在を知っていれば、あんなことにはならなかった。父は死なずにすんだ。村が滅びることはなかった。
国が父を、村人を殺したのだ。
許せない、絶対に許すことなどできない。国が村を滅ぼしたのなら、同じことをするまでだ。
その強い想いが『嘆きの四翼』をつくった。
死獄石を用いて獣に村を襲わせ、死獄石を砕いて作った“至る夢の砂片”で傷付いた人々の身体を治す。また、いろんな村や里、町に行き、怪我人に自分たちなら治せると言って近づいた。
人々は『嘆きの四翼』に感謝した。ついて行きたいと言った。彼らは自らを特別な存在だと思ったようだった。
なんと愚かな奴ら。駒にされるとも知らず、能天気に笑っている。
――腹立たしい、何もかもがどうしようもなく腹立たしかった。
「セアルグが、親切で、私たちに、真実を教えたわけではない、ことは、分かっていた。彼には、何か目的が、あって、それのために、私たちを、利用、したのだろう。だが、そんなことは、どうでもよ、かった」
だんだんと声が掠れ、小さくなっていく。命の灯火は、もう消える寸前のところまできていた。
戦いの気配がなくなったことが扉越しに分かったのだろう。奥の扉が開き、シャラトゥーラとツェルエが姿を現す。倒れているのがリマーラだと知ると、シャラトゥーラは恐る恐る、ツェルエはやや足早にライカたちのいる方へ向かってきた。
「『嘆きの四翼』を、つくった、とき……ファムカと、シュニカと、私は、命を懸けて、国を滅ぼすと決めた。為すべき、復讐……死んで、しまった、村人たちの、弔い……。だが、心の奥底には、別の想いがあった、のだと……思う。あの日、永遠に、失ってしまった、明日を迎えたい、という想いが……」
決して楽な暮らしではなかった。貧しくて、苦しくて、もっと豊かな土地に住みたいといつも願っていた。
だが、あそこには温かさがあった。今は感じないぬくもりがあった。
「後悔は……して、いない……が……さい、ごに、母と、ナナリノ、にあい、た…………ふ、ふたりに、す、すまない……と……つた……え……て…………ああ…………」
閉ざされようとしていたリマーラの眼が、驚いたように僅かに開かれる。彼女は誰もいない宙に向かって手を伸ばそうとし、唇を震わせて……永遠の眠りについた。嬉しそうに、微笑みを浮かべて。
――ずっと望んでいた願いが叶ったかのように。
「リマーラ、貴女は……」
ツェルエがリマーラの傍に跪き、床に落ちた手をぎゅっと握る。仮面に隠された彼女の表情は窺い知れない。だが、肩は震えていた。
国に仇なす敵となってしまったとはいえ、同じ『朱の霞』の一員、仲間だったのだ。
「こいつもきっと……死に場所を探してたんだろうな」
「……ああ」
ヴォードが俯き加減で呟き、ダレスがリマーラから視線を逸らすことなく頷く。
自分たちが命を奪ったファムカとシュニカと同じ。彼女たちは、復讐という行為の裏で死を求めていた。
きっと、何度も何度も、数えきれないほど自らに問いかけたのだろう。――何故、私たちは生き残ったのか、と。
だからセアルグから真実を聞かされると、躊躇いなく復讐に身を投じた。そこに生きる意味を見出そうとしたのだ。
だが、それでも死を望む思いは消えなかった。
――すべてはただの推測にすぎないが。
「貴女は馬鹿です」
ライカはぬくもりを失っていくリマーラの頬に触れ、顔にかかっていた髪をそっと払う。
確かに生まれた村が滅んだことは悲劇以外の何物でもない。父親や知人の無残な死を目の当たりにして、さぞ辛い思いをしただろう。一生消えない傷を心に負っただろう。
だが、一人ではなかった。
ヨクルチァという頼りになる母親がいて、ナナリノという姉を慕う妹がいた。
三人で支え合って生きれたはず。心の傷を癒しあえたはず。
――なのに、何故。
「……貴女は、馬鹿です」
ライカの呟きは、血と緑の匂いの混じる熱い風に運ばれて、太陽のもとへと飛んでいった。




