44話 覚悟
鈍色の刃が心臓を貫き、赤い血の華が咲いた。
ぐらりと華奢な体がよろめく。
ファムカの胸でヴォードの剣がきらりと輝いた。
ダレスは、大剣を離した瞬間にヴォードが投げてよこした剣を後ろ手に掴み、その流れのまま槍を振り下ろしてくるファムカの身体を貫いたのだ。
「…………終わりだ」
床に落ちたファムカの身体から剣を抜き、シュニカと戦っているヴォードに投げ返す。彼女の口からは血が溢れた。
「おいっ、こっちも手伝えよ!」
二剣に戻ったヴォードがシュニカに攻撃を繰り出しながら叫ぶ。
ダレスは、まだ微かに息のあるファムカから眼を逸らし、大剣を拾いに向かった。
剣を掴みシュニカに斬りかかる。容易くかわせる大振りの攻撃。シュニカはヴォードの剣だけしか警戒しなくなった。
ヴォードがダレスに視線を送る。
小さく頷いたダレスは、シュニカの背後から心臓めがけて剣を突いた。
上に跳躍して避けるシュニカ。後方に回転して槍を床と垂直に構え、真上からダレスを貫こうとする。
その感情の篭らない茶色の瞳に、ダレスの剣を足場にして跳んだヴォードの姿が映った――。
「ぐっ……」
たんっ、と着地する赤髪の騎士団長。どさりと床に落下する四の翼。
シュニカの腹部からはどくどくと命の源が零れていく。それでも彼女は止まらなかった。少し離れたところに落ちた槍を掴もうと、震えながら腕を動かす。
だが、シュニカの手が槍に届くことはなかった。
命の光が消えた彼女の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。伸ばした手の先、槍の向こうには、ファムカが横たわっていた――。
何かを言おうとしたいのか、ファムカの唇が微かに動く。しかし、言葉が紡がれることは永遠になかった。
動かなくなった双子の傍らに跪き、ダレスとヴォードはそっと彼女たちの目蓋をおろした。
「こいつらは……」
言いかけたヴォードの口が閉ざされる。言葉にしたところで、何がどう変わるわけでもない。
彼女たちは罪を犯し、自分たちがそれを止めた。
それが事実であり、揺るぎない現実。
「…………謁見の間に急ぐぞ」
「……そうだな」
剣を鞘に収め、ダレスとヴォードは駆け出す。
受けた傷がじわりと痛む。だが何よりも痛みを感じているのは、身体でなく心だった。
「止めて下さいリマーラ様! こんなことをして何になるというのです!」
繰り出された鋭い攻撃を受け止め押し返すライカ。リマーラはその力の流れに逆らわず、床を蹴って後ろに跳んだ。
「流石にセアルグが認めていただけのことはある。だが――」
着地したリマーラが手首を返すのと同時に、はらりと何かが足許に落ちる。
ライカが額に巻いていた灰色の布だった。
(強い)
ライカの微かな表情の変化を見逃さなかったリマーラの口元に、暗い笑みが浮かぶ。
「私を倒せるかな」
剣を握りなおし、息を吸いながらライカは眼を閉じた。
(誰も死なせないためには……)
大きく開かれた窓から熱気と水の匂いを含んだ風が入ってくる。シャラトゥーラの煌びやかな頭飾りが、しゃらりと音を立てた。
息を吐き、ゆっくりと眼を開けたライカは“ライカ”の顔になっていた。心を持たぬ『闇』の顔に。
「……そうすることでしか貴女を止められないのなら」
「それが本当のお前か。光栄、と言っておくよ」
リマーラの槍が空を斬り、風が低いうなり声を上げる。
「本当の……? それはどういう意味なの!? ライル、貴方は一体何者!?」
「……ツェルエ様、女王様を連れてお逃げ下さい。この部屋は安全ではなくなります」
シャラトゥーラの傍で短剣を構えるツェルエに、背を向けたままライカは答える。
若き女王は、自分に言い聞かせるように、繰り返し「妾のせいではない、妾は何も知らぬ」と呟いていた。
「それはどういう――」
「周りを気にしながら戦う余裕がないということだ!」
ツェルエの言葉を遮ったリマーラが、一気に距離を詰め、槍を突いてくる。ライカはすくい上げるように剣を振り、それを弾き返した。返す刃で斬りかかる。
眼にも止まらぬ速さの攻撃でリマーラを壁に追い詰めるが、心臓を狙った一撃をかわされ、ライカの剣が壁に突き刺さった。
反撃に出るリマーラ。ライカが屈んで攻撃をかわすと、高速の槍が壁を深くえぐり、長い傷ができる。
屈んだ体勢から足払いを仕掛け、リマーラがそれを跳躍して避けたところに、間髪入れずに暗器を放つ。彼女が暗器を槍で弾いている隙に、ライカは壁から剣を引き抜いた。
「……陛下、奥の部屋に移動します」
「妾のせいでは――」
「陛下!」
「な、なんじゃ!?」
焦点の定まらぬ眼をしていたシャラトゥーラが、ツェルエに揺さぶられ、はっと我に返る。
「陛下はこの国を統べるお方。その陛下がしっかりしなくてどうなさいます!」
「……す、すまぬ」
「いえ、出過ぎたことを申しました。さ、お早く」
ツェルエは手を取ってシャラトゥーラを立たせると、謁見の間の奥にある女王の執務室に繋がる扉に向かった。
現実から逃れようとするシャラトゥーラに憤りを感じたのは確か。だが、何よりも腹立たしいのは、何も出来ない己自身だ。
多くの民を殺し、兵士を殺し、仲間を殺した人間が眼の前にいるのに、眼の前で繰り広げられている戦いに加わることが出来ない。何故なら、主君を護ることが何よりも大事な使命だから。
分かってはいても納得出来ないツェルエは、悔しさを顔に滲ませながら執務室の扉を閉めた。




