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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
想いの果て
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42話 二の翼

 謁見の間の入り口である、金で縁取られた大扉は閉ざされていた。

 扉の脇には朱色の外套を血で濡らした『朱の霞』が倒れており、中からは激しく金属がぶつかり合う音が絶え間なく聞こえてくる。

 ――この中にいる。

 この美しい都を、国の象徴である王宮を、惨劇の場へと変えた人間が。


 (……セアルグがいる可能性も)


 『朱の霞』の首筋から指を離したライカは、強く拳を握りしめ、豪奢で重厚な造りの大扉を両手で押し開き、中に入った――。


「これは……」


 予想していなかった光景に、ライカは一瞬息を止めた。

 短剣と槍を手にした二人の人間が戦っていた。

 扉から玉座まで続く巨大な敷織物の上で激闘を繰り広げている。

 一人は『朱の霞』隊長のツェルエ。朱色の外套とあかの仮面で判別がつく。

 だが、もう一人の方が誰なのか分からない。

 何故なら相手も、


「……『朱の霞』」


 朱色の外套を纏い、白の仮面を被っていた。

 『朱の霞』同士の戦い。

 国を護るべき者が、国を襲っている。


「ツェルエ様!」


「貴方はダレス殿の……くっ!」


 ライカの声に反応するツェルエ。その一瞬の隙をついて、襲撃者が攻撃を繰り出す。


「これは一体どういうことなんです!?」


「さあ、ね!」


 ツェルエは身体をひねって床に転がり、一回転してすぐに起き上がると短剣を放つ。

 『朱の霞』に向かって真っ直ぐ飛んでいった短剣は、しかし寸前でかわされてしまった。

 得物えものを失ったツェルエ。次の武器を取り出すのかと思いきや、彼女は素手のまま襲撃者めがけて走り出した。

 次の瞬間、驚くべきことが起きた。

 ツェルエが右の手首を動かすと、飛んでいた短剣が軌道を変えたのだ。


「私がいま分かっていることは一つだけ。――この『朱の霞』の正体よ!」


 空中で己の武器を掴んだツェルエと相手が交差し、同時に着地する。

 ――からんからんからん。

 白い仮面が真っ二つに割れ、『朱の霞』の顔から滑り落ちた。

 仮面の下から現れたのは、滑らかな褐色の肌に知性の宿る茶色の瞳。


「リマーラ、様」


「会うのは二度目だな、ローディスの剣士殿」


 少し低めの、ユイレマで聞いたのと同じ声。朱色の外套を脱ぎ捨て、長い黒髪を掻き上げて微かに笑うその顔は、ヨクルチァ、それにナナリノに似ていた。

 

「リマーラ、何故じゃ……何故(わらわ)に刃を向けた!?」


 段の上にある黄金の玉座、その後ろから声がしてライカが視線を向けると、リムストリアの若き女王シャラトゥーラが、青ざめた顔を覗かせていた。


「陛下!」


 ツェルエがシャラトゥーラに駆け寄り、リマーラとの間に入る。

 その様子を横目で見ながらリマーラは、入り口近くにいるライカの方に身体を向けた。


「あの双子、ファムカとシュニカはどうした?」


「ダレス様とヴォード様が相手をなさっています」


 剣先をリマーラに向け、硬い声で答えるライカ。


「……そうか、残念だ」


 リマーラの声には、諦めと後悔、それに哀しみが入り混じっていた。もう生きてはいないと確信しているような口振りだ。


「ダレス様とヴォード様は、安易に人を殺めたりしません」


「そうだろうな。だからこそ、残念なのだ」


「……どういう、意味ですか?」


 ライカはじりじりと距離を詰めていく。だが、リマーラは槍を構えようとしない。


「貴女も外で相手にしただろう。どれだけ傷を負わせても死ぬまで向かってくる人間を。あれは、あるものが原因だ。身体能力を極限まで高めてくれる夢のようなもの。だが、使えば人間にあるべきものが失われる。痛覚、感情、思考……命」


「命?」


「微量なら傷が治るといった効果しかないが、大量に摂取すれば一刻ほどで死に至る。人ならざる力を得た代償にな。それを分かっていてもあの二人は飲むだろう。……夢とは残酷なものだな」


「……“至る夢の砂片”」


 ライカの呟きに、ナナリノの姉は首を縦に振る。


「そう。またの名を“死獄石”とも言うが。――獣を狂わす石は人も狂わせる。あの石は、よほどこの世界が憎いのだろう」


「“死獄石”が“至る夢の砂片”!?」 


 ツェルエが驚きの声を上げる。ライカも足を止めた。


「やはり隊長もご存じではなかったか。知っているのは本当にごく少数のようですね、陛下」


 そう言ってリマーラがシャラトゥーラを見る。つられるように、ライカとツェルエも彼女に顔を向けた。


「そ、そなた何故、何故知っておるのじゃ」


 シャラトゥーラは青ざめた顔をさらに青くして、怯えきった眼でリマーラを見返す。


「ある方に教えていただきました。――剣士殿のよく知っている方に」


「……セアルグ」


 ライカは奥歯を噛みしめる。


「彼は全て教えてくれた。国は民に“死獄石”の存在を隠し、密かに研究していたのだと。石とそれをすり潰した砂片を使い、最強の軍隊を作るために」


 身体を動かさず腕だけを上げて、リマーラは穂先ほさきをシャラトゥーラに向ける。ライカもツェルエも彼女が攻撃するつもりはないと分かったが、槍を向けられた当人は、「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。

 

「そっ、それは妾が生まれるよりもずっと昔の話じゃ! もうそのような研究はしておらぬ!」


「確かに。敵だけでなく味方にまで被害が及ぶ可能性が高いという理由から“死獄石”の研究は打ち切られた。……では何故、石の存在を民に知らせなかった?」


「悪用されるのを防ぐためじゃ! “死獄石”の価値を民が知れば必ずよからぬことを企てるやからが出てくる。そなたたちのような輩がな! 何が目的じゃ! このようなことをしてただで済むと思うてか!」


「陛下の仰るとおり、私は生きてここから出られないでしょう。だが、それで構わない。私の、私たちの目的は、女王陛下、貴女への復讐なのだから!」


 リマーラの全身から殺気が放たれる。

 ライカは床を蹴って、彼女の間合いに入った。ツェルエも短剣を構え、己の部下だった人間を鋭く睨む。


「貴女は何百もの人間を見殺しにした。――“死獄石”の存在を知らなかったがゆえに滅んだ村、貴女はその村の名を知っているか!?」


 

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