40話 翼の双子
重い槍を扱うには相応しくない、細い腕。戦う訓練など一度も受けたことがないような、華奢な脚。
写し鏡のように瓜二つな二人が少なくない数の人間を殺めてきたのは、その姿から明らかだったが、血飛沫と槍さえなければ、とても人を殺すような人物には見えない。
――先ほどライカが命を奪った少年と同じように。
「貴女たちは――」
「お前たちの目的は女王か」
ライカの言葉を遮り、ダレスが白い服の女――ファムカに鋭い視線を向ける。
「だったら何だと言うの?」
「お前たちには関係のないこと」
よく似た澄んだ声は氷のように冷たく、表情も血の通わない人形のように温かみが感じられない。
何故彼女たちはこんなにも冷静でいられるのだろう。何故人を殺して取り乱さないのだろう。
(まるで昔の私のよう……)
眼の前の女と過去の自分を被らせ、ライカの胸がちくりと痛む。
「確かに関係はないわな」
薄桃の服を着た女――シュニカと向かい合っていたヴォードは、構えを解くと肩を竦め、大きく頷いた。
「ヴォード」
ファムカを警戒しつつも、首を動かしダレスは赤髪の騎士団長を睨んだ。が、彼は不敵な笑みを浮かべ、剣を持ったままの手で髪を掻き上げる。
緊張感のない仕草にしか見えない。
しかし、決してヴォードに戦う意思がないわけではなかった。
「だけどな、かといって回れ右するわけにもいかねえんだ。何故なら――」
そこまで言うと、ヴォードは片足を下げ、腰を落とし、ゆっくりと剣を身体の前で交差させ、そして、
「俺たちはローディスの騎士だからな!」
と、高らかに言い放った。
玄関大広間に彼の声が反響し、それが消えゆくにつれ、双子の顔が無表情から敵意を感じるものに変わっていく。
「愚かね、シュニカ」
こつ。
「本当にね、ファムカ」
こつ。
「せっかく助けてあげようと思ったのに」
こつ。
「自ら死を望むなんて」
こつ。
言葉を発するたびに、一歩、また一歩と近づいてくる。
両手で槍を握り、全身に血飛沫を浴びた彼女たちの姿は、例えようもなく恐ろしく見えた。
「こいつが馬鹿だという意見には俺も賛成だ」
「誰が馬鹿だ」
「だが、ヴォードが言った通り俺たちはローディスの騎士。殺戮を目の当たりにしておきながら退くなどあり得ない。お前たちこそ、武器を捨て投降しろ」
ダレスは大剣の切っ先を真っ直ぐファムカの心臓に向ける。
砂漠の太陽を感じさせる熱い風が、大広間のなかを駆け抜けた。
「それこそあり得ない。『嘆きの四翼』は目的を達成するまで、けしてその翼を休めることはしないわ」
「もうすぐ私たちの望みは叶うの。二の翼が叶えてくれる。だから――」
「邪魔しないで!」
双子は同時に床を蹴り、襲いかかってきた。
金属のぶつかり合う鈍い音が広間に響く。
「先に行け!」
ファムカの槍を弾き返したダレスが背後にいるライカに向かって叫ぶ。
「ダレス様、ですが」
「俺たちもすぐに行くからよ!」
シュニカの槍を受け止めているヴォードが、躊躇うライカの背中を押す。
「ヴォード様……。分かりました」
ライカは頷くと、王宮の奥に向かって駆け出した。
後ろから「待て!」という声がしたが、立ち止まることも振り返ることもしない。
ダレスとヴォードが行けと言ったのだ。後ろは気にせず、ただ前に進めばいい。
陽光が降り注ぐ、みずみずしい植物が一面に広がる中庭に出る。
水の匂い、緑の匂い、花の香り。
戦いとは無縁の香しい匂いが、ライカの鼻腔をくすぐる。
中庭を囲うようにして回廊が奥へと続いていたが、ライカは迷わず最短距離である庭の中を走り抜けることを選んだ。
やわらかい土の上を駆け、回廊に戻り、謁見の間に続いていると思われる通路を走る。
通路が交差するところまで来たライカは、はっ、と足を止めた。
前方に人が倒れている。
近づいてみると、金色の服を身に纏った男が喉を斬られて絶命していた。磨かれた白く輝く床に血だまりが広がっている。
「重臣の方のようですね」
先に進むとさらに死体があった。
壁に寄りかかっている者、扉を塞いでいる者。胸を刺されている者、背中を斬られている者。
誰かが手にしていた書類が、辺りに散らばり、血色に染まっている。
惨たらしいとしか表現しようがない。
「何故このような……」
剣を握る手に力が入る。
この者たちが一体何をしたというのだろう。何の罪を犯したのだろう。
「う……あ……あ…………」
微かに呻き声のような音がライカの耳に届いた。辺りを見回すと、壁に寄りかかっていた男が、腕を上げようとしていた。全員死んでいると思ったが、まだ息のある者がいたのだ。
ライカは男の許に駆け寄り、その血塗れの手を握った。
「あ……えの……か…………なけ…き……の………………」
かくりと男の首が折れ、握った手から力が抜けていく。
「……どうか安らかに」
命の消えた男に弔いの言葉をかけると、ライカは女王がいるであろう謁見の間に向かった。
どうしようもないほどの怒りが、心の中に渦巻いていた。




