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緋の扉2 ~いつかの断片~  作者: 緋龍
巡らされる糸
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23話 風の名残

 ときを告げる鐘が夜二の刻を知らせる。

 まだまだ片付けは残っていたが、陽が落ちて作業が困難になったため、ヨクルチァの判断で今日のところは終了となった。

 死者十八名、負傷者百数十人。重傷の者も多く、死者の数は増えると予想された。三千人が暮らすユイレマで、史上最悪の惨事。

 『風の名残』の一室に案内されたライカは、窓から見える月明かりに照らされた町の惨状に、知らず息を吐き出した。


「手伝ってもらって助かったよ。それで訊きたいことってのは何だい?」


 部屋の入り口脇の壁にもたれかかり腕組みをしたヨクルチァが口を開く。

 扉は開かれたままで、廊下を歩く人の姿がよく見える。ライカはキールに扉を閉めるよう眼くばせをし、窓から離れてヨクルチァに部屋にある椅子に座るよう促した。彼女と入れ替わりに、ダレスが扉脇に移動する。


「ここでの会話は全て内密にしていただきたいのですが、了承していただけますか?」


 不審極まりない頼み。しかし、ヨクルチァは無言でライカをじっと見つめると、やがてゆっくりと頷いた。


「……まあ、いいだろ。あんたは悪人には見えないしね。後ろの兄さんは分かんないけど」


 ヨクルチァの言葉に、ダレスの眼が鋭くなる。それを見たキールは驚くべき速さでベッドの陰に隠れたが、ヨクルチァはダレスの視線を笑って受け流した。


「冗談だよ。何でも訊いとくれ。あたしが知ってることなら教えるよ」


「ありがとうございます。ではまず――ヨクルチァさんは滅びの息吹と聞いて何か思い浮かぶことはありませんか?」


「さあ、特にないねえ」


「そうですか。では、幸福になれる薬というのは? 聞いたことがありますか?」


「ああ、それなら知ってるよ。『なげきの四翼しよく』が配ってるやつだね。確か、“至る夢の砂片”とかって名前だったはずだ」


 ヨクルチァは一度そこで口を閉ざしかけたが、何か思いついたらしく、表情を厳しくして再び口を開いた。


「……あんたら、まさかあの薬がほしいとか言い出すんじゃないだろうねえ? やめときな。あいつらは“弱き者に手を差し伸べ光を与えるのが我らの使命”なんてもっともらしいことをうたっちゃいるが、どんな集団なんだか分かったもんじゃないからね」


 なげきのしよく。キャソで耳にした単語だ。


「“至る夢の砂片”にしたってそうさ。飲めばどんな傷でもたちまち治り、そのうえこれ以上ない幸福感に包まれるらしいけど、どこまで本当なんだか」


 いつでもすぐにダレスの視線から隠れられるようにか、ベッド脇で膝立ちの状態で話を聞いていたキールが、えっと声を上げた。


「幸福になれる薬にはそんな効果もあるんすか? じゃあ、瀕死の人たちが奇跡的に回復したってのは――」


「“至る夢の砂片”を飲んだということですね」


 キールを見ながらライカが頷く。

 死者が蘇るという噂と幸福になれる薬は繋がっていたのだ。彼の勘は正しかったということになる。


「私がローディスの港町でリムストリアの商人の方に幸福になれる薬について訊ねたとき、兵士には訊くなと警告を受けました。これはつまり、この国の兵士は『嘆きの四翼』を捕らえようとしてるということですか?」


「ああ、そうさ」


「何故です?」


 確かに“至る夢の砂片”は怪しい。だが、いくら怪しくても、現状では人助けをしているだけ。なのに捕縛されるというのは納得がいかない。 


「人が消えてるからだよ」


「誘拐、か」


 ずっと黙っていたダレスが低い声で呟く。ヨクルチァは厳しい顔のまま首を振った。


「かもしれない。だけど、あたしは違うと思う。消えた人たちは自らの意思で出ていったんだよ、多分ね」


「その根拠は?」


「大抵の人間は家族や親しい人がいなくなれば捜そうとするだろ? だけどそんな様子が見られないらしいんだ。これはマヌークの町から来た商人に聞いた話なんだけどね。それにどうも『嘆きの四翼』は、一部の人間だけが豊かな土地に住むことに異議を唱え、現在の差別的な状況を打破すべきだと訴えてるらしいんだよ」


「それって、まさか反乱を起こすってことっすか!?」


 ヨクルチァの言葉に驚いたキールが、ばっ、と勢いよく立ち上がる。しかし、部屋にいた全員から鋭い視線を向けられ、自分の失態に気付いた彼は慌てて両手で口を塞ぎ、その状態で「すみませんっす……」と言いながら元の体勢に戻った。


「残念なことに可能性はゼロじゃないだろうね」


「つまり、いなくなった人たちは『嘆きの四翼』の思想に賛同した可能性が高いと?」


 部屋の外の気配を探っていたダレスが、問題ないと眼で頷くのを見てからライカは会話を再開させた。


「ああ。証拠は何もないけどね。――しかし、あんたたちはこんな話を聞いてどうするつもりなんだい?」


「それは……すみません、答えられません」


 頭を下げてライカは謝る。ヨクルチァは信用に値する人物だと思う。しかし、それでも自分たちの事情や正体を明かすことは躊躇われた。

 気分を害されてもおかしくなかったが、凄腕の元賞金稼ぎはライカの答えを予想していたようで、「まあ、いいさ」と、あっさり引き下がった。よいしょ、と椅子から立ち上がり扉に向かって歩いていく。

 

「気が向いたら教えておくれよ。さて、あたしはそろそろ行くよ。厨房の様子を見に行かないといけないからね。こんな状態だから大したものは出せないけど、あんたたちの分は後で誰かに持って来させるよ」


「はい、ありがとうございました」


 扉を開けて出ていこうとするヨクルチァの背中に向けてライカは礼を言う。


「――あんたたち、まだリムストリアにいるつもりなら気を付けた方がいい」


 扉を閉める前にそんな言葉を残し、ヨクルチァは去っていった。

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