22話 砂漠の影
ライカが『風の名残』で、運ばれてきた怪我人の手当てをしているころ、茜色に染まる砂漠の片隅に二つの人影があった。
そこにはかつて、小さいながらも泉があり、砂漠を旅する人々にとって大切な休息場所だった。
しかし、いつしか泉は涸れ、今は砂漠と同化してしまっていた。辛うじて残っているのは、泉の水を汲むのに使っていたであろう桶や樽と、日除けの幕として使われていたであろう布だけ。どちらもぼろぼろに朽ちており、泉が涸れた後の長い年月を窺わせた。
「どうだった?」
「滞りなく」
二つの人影はどちらも外套を纏い、フードを被っている。声から男と女ということは分かるが、顔は隠れていて分からない。
「何人だ?」
「十三人です」
「そうか。百までもう少しだな」
「はい……」
女の声にはほんの少しだけ躊躇いのようなものがあった。男はそれを敏感に察知する。
「どうした、不満でもあるのか」
淡々と訊ねる男の声からは何の感情も読み取ることが出来ない。
「いえ。ただ……」
女の頭が微かに揺れる。
「不安か」
「あまりにも少なすぎるのではないかと」
「問題ない。あれの力はお前も知っているだろう」
「はい……」
「なら百で十分だと分かるはずだ。それとも、俺の策に問題があると?」
男の言葉に女は身じろぎし、今度は大きく頭を横に振った。
「いえ、私は貴方を信じています」
力強く答える女に、男は喜ぶでもなく、唇を動かして短く何か呟いた。
「そろそろ行くぞ。明日は二人がケーネで行動を起こす。それで必要な人数が集まるだろう」
「はい……セアルグ」
砂の海に消えていく二つの影。その後ろで、打ち捨てられたかつて桶だったものが、からからと乾いた音を立てた。寂しい、哀しい、と訴えるかのように――。
同じころ、ヴォードと六人の騎士は、キャソの町の兵士の先導で砂漠をひた走っていた。地竜を四頭借り、ヴォード以外は二人乗りをしている。
リムストリアの王都トゥオネまでは、地竜を飛ばして四日かかると説明を受けた。三日目には砂漠を抜けるらしいが、それでもあと一日は砂だらけの海と付き合わなくてはならない。
早く本物の海に戻りたい。早くもヴォードはそう思い始めていた。
「昼は暑いし夜は寒いし身体中砂まみれになるし眼は痛いし、リムストリアの人間はよくこんなところで生活できるよな」
「団長、本音が漏れ過ぎてますよ」
ヴォードの呟きが聞こえたケイフォンが、顔を顰めて諌めてくる。後ろに座っているローダは苦笑を漏らしていた。
「別に構わねえよ。あーあ、この役目、ティナに押し付けれられれば良かったんだけどな」
さらにヴォードはぼやく。もちろん本心からの発言ではないが、こうも砂ばかりだと愚痴の一つも言いたくなるというものだ。
「しっかしこの環境、ダレスはどうでもいいが、ライカは大丈夫なのか? 無茶をしてなきゃいいが……」
姫鳥が運んで来た紙には、ユイレマという町で獣の襲撃に遭遇したとあった。原因は死獄石。すでに解決済みだと記されてはいたが、またどこで石が現れるか分からない。手合せでライカの実力を知ってはいても、心配になる。いくら強いとはいえ、彼女は女性なのだ。
「団長、いまライカって言いませんでした?」
「は? 言ってねえよ。お前暑さで耳がおかしくなったんじゃねえの」
耳聡いケイフォンに、ヴォードは馬鹿にしたように言う。うっかりライカの名を口にしてしまったことに内心焦ったが、顔に出すようなことはしない。
「なってません。確かに――?」
むっとして反論しようとしたケイフォンだったが、前方の空から何かが羽ばたく音が聞こえ口をつぐむ。
「何だ?」
ヴォードが星が瞬く空を注視していると、鳥のようなものが近づいてくるのが薄っすらと見えてくる。
「あ、あれは、まさか!?」
先頭を走っていたリムストリア兵は、鳥の正体に気付いたらしく動揺を露わにして地竜を停止させる。後ろにいるヴォードたちも兵士の動きに合わせ、手綱を引いた。
そうこうしている間に鳥はどんどん近づいて来て、一行のすぐそばに降り立った。ばさりと大きく翼がはためき、大量の砂が舞い上がる。ヴォードたちは一斉に顔を背けた。
「な、なんだってんだ」
風が収まったのを感じ、ヴォードが前を向くと、そこには第二騎士が乗る翼竜と似た大きさの生き物がいた。といっても、似ているのは大きさだけで、姿かたちは全く違う。
水色の美しい羽毛に、知性の宿る凛とした黒い瞳。優雅と表現するのは相応しいその姿は、ごつごつした硬い皮膚と厳つい面構えの翼竜とは似ても似つかない。
グレアスが乗ればさぞ絵になるだろうなと、ヴォードは思った。そして実際に見たら腹を抱えて笑うだろうとも。
「驚かせてしまい申し訳ありません。ローディスの騎士の方々ですね?」
謎の美しい生き物に乗っていた人物は、軽やかに着地するとヴォードに向かって頭を下げた。
朱色の衣に紅色の仮面。
相手が誰なのか分かったヴォードは素早く地竜から降り、表情を引き締め拳を胸に当てて一礼した。
「ローディス国第一騎士団団長、クレイ・ヴォードと申します。『朱の霞』の隊長、ツェルエ殿」




