21話 姉妹と兄妹
リマーラがいなくなると詰め所にいた兵士は各々、ふぅ、と息を吐いた。国の精鋭を間近にして緊張していたのだろう。特殊な出で立ちもさることながら、彼女には強き者の風格があった。見せかけなどではない本物の強さを感じた。
「姉さん、本当に『朱の霞』になったんだ」
ナナリノが感嘆の溜息を吐きながら呟く。
「リマーラ様はナナリノさんのお姉さんなんですか?」
リマーラの名に反応していたことから知り合いだろうとは想像していたが、まさか肉親だったとは。
ライカが驚きをもって訊ねると、ナナリノは、ぱっと顔を綻ばせて嬉しそうに頷いた。
「そうなんです! 姉さんはリムストリアで一、二を争うの槍の使い手で、王都の守備隊の副隊長をしていたんですけど、その実力がツェルエ様に認められて半年前に『朱の霞』に任命されたんです!」
ツェルエというのは『朱の霞』の隊長の名だ。短剣を用いた接近戦を得意とするらしいと、以前レヴァイアから聞いたことがあった。
隊長だけは仮面の色が紅のため簡単に見分けることが出来る。もっとも、顔が分からないという点では他の『朱の霞』と同じだが。
「槍? ナナリノさんもナナリノさんのお母さんのヨクルチァさんも弓の使い手ですよね?」
「最初は弓を使っていましたよ。でも、自分には直接的な武器の方が合ってると言って、すぐに槍に変えたんです。お母さんの知り合いの賞金稼ぎの人に基礎の動きを教えてもらって、あとは独学で。それで『朱の霞』にまでなったんだから、ほんと、姉さんは凄いです。私ももっと頑張らないと。私、姉さんのように『朱の霞』になるのが夢なんです。今のままじゃ到底無理そうですけどね」
そう言ってぺろりと舌を出すナナリノは、心の底から姉を尊敬しているように見えた。
(姉妹、ですか)
ライカの胸中に苦いものが広がる。
兄と慕い、尊敬し、頼りにしていた存在は、今、復讐のために自分の大切なものを脅かそうとしている。
恋などという甘い感情ではなかった。だが、死と隣り合わせの日々の中で、唯一セアルグといるときだけは安らげた。間違いなく無二の存在だった。どちらかが死ぬまで共に生きていくと思っていた。
(でも、そうはならなかった)
十年前のあの日、運命は二人を離れ離れにさせた。ライカはローディスを護る者に、セアルグはローディスに仇なす者に。
次に会ったとき、迷いなくセアルグの心臓に剣を突き立てる自信はある。
しかし――ライカの心に怒りや憎しみの感情が湧いてくることはなかった。
ナナリノと別れ詰め所を出たライカは、誰か話を聞けそうな人を探すべく再び町を歩き始めた。
頭上にあった陽は傾き、もう少しで夕暮れになる。キールは宿をとることが出来たのだろうかと考えていると、通りの先に慌ただしく動き回る彼の姿が見えた。
「それはそっちに持ってって、あれはあそこに運んで、それからこれは向こうにまとめて置いておいてくれるかい」
「はいはいはいっすー」
「はいは一回でいいんだよ」
「はいっすー」
キールは重そうな荷を運んだり、家屋の瓦礫を移動させたりしている。彼だけではなく、何人もの人間があっちへ行ったりこっちへ行ったりと動き回っていた。
彼らの行動の中心となっているのは、どうやら一人の女性のようだった。藍色の頭巾を被ったその女性は、自らも動きながら手際よく周りの人間に指示を出していた。
「キール?」
「あ、ライルさん!」
「手伝いですか?」
「そうなんっす。泊まれるか訊いただけなのに、なんでか手伝うことになったっす」
不思議っす、と言いながらキールは砂狼の死骸を、すでに同じものが積み重なっているところへずるずる引きずっていく。後でまとめて埋めるなり焼くなりするのだろう。
ライカは改めて周囲に眼を向ける。眼の前の四階建ての建物の扉には『宿屋 風の名残』の看板が掲げられていた。それを見て合点がいく。
「では彼女が?」
戻ってきたキールに訊くと、彼は大きく頷いた。
「そうっす、ヨクルチァさんっす」
「そうですか」
ライカはキールに手伝いを続けるよう言い、手の甲で汗を拭って一息ついている女性に「すみません」と声をかけた。
「なんだい? って、へえぇ、これはまた……あんた男、だよねえ?」
返事をしながら振り向いたヨクルチァは、ライカの顔を見るとぱちぱちと瞬きを繰り返し、顔をぐいと寄せて確認するように訊いてきた。
「え、ええ、そうです」
異様に近いヨクルチァの顔から離れようと、足を一歩後ろに下げつつライカは肯定する。変装が見破られたのかと思ったが、どうやらそうではなかったようで、彼女は「ごめんごめん」と謝ってすぐにライカから離れた。
「あんたがあまりに綺麗な顔してたもんだから、つい、ね。気を悪くしないでおくれ。それで、私に何の用だい?」
「私はあそこで貴女の手伝いをしているキールと一緒に旅をしている者で、ライルといいます」
ライカは折れた剣を拾っているキールに眼を向ける。
「ああ、彼から聞いてるよ。部屋は空いてるんだけどねえ、ほら、こんな有り様だろう? まともなもてなしは出来ないけど、それでも構わないかい?」
「ええ、もちろん構いません。よければ私も手伝いますよ」
「ほんとかい?」
そりゃあ助かるよと嬉しそうにするヨクルチァ。彼女の笑顔はナナリノとよく似ていた。
「その代わり、といっては何ですが、少し訊ねたいことがあります」




