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芙雪の一日

「芙雪、そろそろ起きたら? いい加減にしないと遅刻するわよ」


 状況的に、おそらく朝。

 もっと寝かせろー、と要求してくる身体を無視して、意識だけが徐々に覚醒しだす。身体を起こすために一度、思いっ切り伸びをしてから側にあった携帯電話で時刻を確認すると、七時三十分だった。


「また遅くまでゲーム?」

「ちーがーう」


 ……本当はゲームだけど。

 ドアの側で格好付けたように腕を組みながら、全部知っているわよ的な笑みを浮かべたアイツを見ると、とっさに否定してしまった。こんなつまらない事で張り合ってしまうあたり、わたしもまだまだ子供なんだな、と思う。


「ご飯、早く来ないと、お母さん怒るわよ」

「分かってる。分かってるから先に行ってて」

「はーい、了解」


 ガチャリと閉まったドアの向こうで、スリッパの足音が遠ざかって行く。足音が階下へ消えたのを確認して、わたしはベッドからのそのそと降り立った。

 カーテンの向こう側が明るい。どうやら今日も晴れのようだ。



×××



 世の中には、完璧人間という人種が存在する。そいつらは、普通の人達が一つの事を極めようとしている時にはすでに、十個位は極め終わっているのだ。

 わたしの双子姉は完璧人間である。

 鳥居真咲、高校二年生。文武両道で容姿端麗。全国クラスの弓道部部長。人当たりもいい。まさに完璧人間。絵に描いたような完璧人間である。

 では時を同じくして生まれたわたしの方はというと、まあ何というかあまりパッとはしない。双子といっても二卵生で、全く同じ遺伝子というわけでもない。

 かつては何でも完璧にこなす姉みたいになりたくて躍起になっていたけど、それも昔の話だ。


 パジャマ変わりに着ているTシャツのまま、わたしは階段を降りた。キッチンのテーブルの上には、わたしの分の朝食が用意されている。わたしは無言で真咲の隣に座った。真咲はキチンと制服を着ていて、すでに半分くらい食べ終わっている。


「あら、芙雪。ようやく起きたのね。二学期も始まって一週間経つのに、いつまでも夏休み気分じゃダメよ」

 カウンターの向こうから、洗い物をしていたお母さんがわたしに気付いたようだ。心なしか、口調がトゲトゲしている気がする。

 まあ、わたしの起床時間が遅い日はだいたいこんな感じだから、慣れたものだ。わたしはトーストを口に放り込みながら、いつものセリフを口にする。


「分かってるって。明日は気を付けるから」

「芙雪の明日からっていうのは、アテになるのかしら」


 ……いつもの事である。


 時間がそろそろ危ない感じになってきたので、わたしは黙々と目の前の朝食を片付ける。お母さんと真咲は今日の予定などの言葉を交わしていた。

 やがて洗い物を終えたお母さんは、慌ただしく玄関へと向かう。

「じゃ、お母さん行って来るわね。今日は九時くらいになると思うから、悪いけど芙雪、夕飯お願い。それじゃあ二人とも、気を付けるのよ」

「ふぁーい」

「お母さんも気を付けて。行ってらっしゃい」


 真咲が席を立つ。食器を流しに置いて、キッチンを出た。わたしも最後のトーストを牛乳で無理やり呑み込んで、食器を流しに突っ込んだ。そしてそのまま、洗面所へ向かう。

 歯を磨きながら、髪にブラシを通す。寝癖になりにくい髪質は、こういう時にありがたい。

 歯磨きを終わらせて、顔を洗う。この一連の作業をだいたい五分で終わらせて、二階の自室へ。着替えと、学校へ持って行く物の準備もまだだ。


 ピンポーン。

「お邪魔しまーす」


 シャツのボタンを留めていると、呼び鈴がなった。時計を見ると、八時ジャストだ。


「真咲、芙雪。準備出来てる?」


 やって来たのは、お隣に住む同い年の村上泉である。学校が、というよりクラスも同じであるため、三人で登校するのが日課となっている。こうやって毎朝、我が家まで迎えに来る理由はまあ、だいたいわたしのせいだ。

 泉には真咲が対応に行ったようなので、わたしは着替えの残りと鞄の準備を済ませる。教科書のほとんどは学校に置きっぱなしなので、忘れ物はないだろう。あまり重たくないリュックを背負って、部屋を出た。


「芙雪、来たみたい」

「お待たせ」


 玄関に着くと、真咲は既に靴を履いていた。泉と二人、何か話していたみたいだ。

 スリッパを脱いで靴に履き替えていると、上から泉の小言が降ってきた。


「ねえ芙雪。夕べ遅くまで部屋の灯りが点いていたけど、またゲームでしょ。程ほどにしときなさいよ?」

「……勉強もやってた」

「まったくもう。──真咲からも言ってよ」

「まあまあ。本人も勉強って言ってるし、いいんじゃないかしら」

「もう、真咲まで──」


 この村上泉、何ていうか典型的な世話焼き幼馴染気質だ。ついでに学級委員長もやっている。真咲はともかく、昔からわたしは随分とお小言を貰ってきたものだ。

 玄関の鍵を閉めて、学校へ。村上家の前を通ると、泉のお母さんが花に水をやっていた。


「おばさん、おはようございます」

「おはようございます」

「あら、真咲ちゃんに芙雪ちゃん、おはよう。三人とも、気を付けて行ってらっしゃいね」

「行って来ます」


 朝の通学路を、三人で歩く。話題は他愛のない事ばかり。

「今日の体育、何だっけ」

「確か長距離だよ」

「うわ、最悪……」


 学校に近付くと、わたし達と同じ制服を着た生徒がちらほらと見える。その制服の流れに乗って、わたし達は歩いた。


 県立加古屋女子高等学校、通称加女。我が家から徒歩約二十分のこの学校に、わたし達は通っている。


「まさきー、おはよう」

「おはよう」

「鳥居先輩(わたしじゃない方ね)、おはようございます」

「おはよう」

「泉ちゃんだ。おーい、おはよー」

「おはよう」


 校門内に入ると、途端に人が増える。真咲や泉は、わたしの知らない人と時折、挨拶を交わしている。


「おっ、鳥居姉妹に泉じゃん」

 下駄箱のところで声を掛けてきたコイツの名前は加藤京子。クラスメートで、学校内ではだいたいこの四人で行動をしている。

「京子、おはよう」

「おー」


 四人で教室へと向かう。


「真咲真咲、数1の課題写させてくれない?」

「いいよ」

「京子、アンタやってないの?」

「英語やってたら時間なくなったんだよ」

 教室に着いたのは八時三十分。担任が来るまで、あと五分ほどある。わたしは自分の席に着いて、文庫本を開いた。わたし達みたいにあまり早く学校には来ないクラスメートがどんどん登校して来て、教室内はにぎやかになった。

 わたしはそんなざわめきとは無関係を貫いて、読書に集中している。周りも、そんなわたしにまでは声を掛けない。真咲からはもっと愛想良くしろ、と言われているが、こればかりはどうしようもない。持って生まれた性分だ。


「はーいみんな、席に着いて」


 チャイムと共に担任が入って来た。ざわめきが収束する。これから十分間の自習時間、朝のHR、そして九時から一限目。一日が始まるのだ。


×××


「起立、礼」

 学級委員長の泉の号令。古文の教師が教室を出て、室内は一気に騒がしくなった。時刻は十二時五十分、今から昼休みだ。


「あー眠たかった」

「京子。あんた、寝てたんじゃないでしょうね」

と、京子と泉。それにわたしを含めた三人が、真咲の席の周りに集まった。周りから空いている椅子を借りて、机を囲む。


「いただきます。」


 四人で手を合わせる。

 今日のわたしのメニューは、購買で買ったカレーパンと鮭おにぎり、紙パックの紅茶だ。真咲もそんな感じ。お母さんが朝忙しいので、弁当を持たされる事はたまにしかない。わたしも弁当を作る事はあるけれど、それは稀だ。

 談笑が続いている。午後の授業の事、放課後の事。わたしはどちらかというと、食べる方に集中していた。

 不意に、真咲がわたしの方を見る。

「ねえ、芙雪はこの後どうするの? やっぱり図書室?」

 わたしは口の中のおにぎりを飲み込んで、口を開いた。

「うん、今日も図書室に行くよ」

「そっか」


 わたしは昼休みに大抵の場合、図書室へ行く。それはわたしが図書委員という事もあるけれど、単純に図書室が好きだからだ。

 というわけで、わたしはカレーパンを紅茶で流して、食べた物の後片付けをした。借りていた椅子を元の場所に戻し、立ち上がる。


「じゃあわたし、図書室に行くね」

「おー」

「行ってらっしゃい」


 教室を出て、廊下へ。わたしの教室から図書室はそれなりに距離があるので、急がなくてはならない。昼休みは三十分しかないのだ。

 A棟の一階、そこに図書室はある。

 この学校の図書室は広く、吹き抜けで二階まである。蔵書も膨大で、高校生が読むのか疑問に思う専門書から絵本、果ては数こそ少ないもののライトノベルまである。さらに希望する本もだいたいは取り寄せてもらえたりと、わたしにとっては至れり尽くせりの場所なのだ。

 わたしは開け放してあるドアから室内に入った。中は閑散としていて、誰もいない。


「あら、芙雪さん。今日も一番ね」


 準備室から出てきたのは、司書の飯田先生。まだ若くて美人で、生徒からの人気も高い。

「はい。読みたい本があったので」

「ゆっくりしてね」


 本棚から一冊の本を抜き取って、わたしはお気に入りの机に向かった。ここは奥まった場所にあり、人もあまり来ない。くつろぐにはいい感じの所なのだ。

 やがて今日の当番の図書委員がやって来る。そしてだんだん人も増え、図書室は活気に満ちた。うんうん、図書室の雰囲気はやっぱりいいと思った所で、無情にもチャイムが鳴った。掃除の時間だ。いつもながら昼休みが三十分しかないのは短すぎると感じつつ、わたしは本をしまった。

 わたしは生徒の波に乗って図書室を出た。そのまま物理実験室へと歩く。わたしの今月の担当場所である。


×××


「起立、礼」

「さようなら」


 帰りのHRが終わり、放課後になった。今日は六限までなので、時刻は十五時半。教室はざわめきに満ちていた。

 この学校は部活が盛んで、多くの生徒が何かしらの部に所属している。運動部は新人戦、文化部は文化祭が近くにあるとかで、この時期はみんな忙しそうだ。──帰宅部のわたしには関係ないけど。


「芙雪、また明日」

「じゃーなー」

「うん、また明日」

「悪いけど家の事、よろしくね」

「りょーかい」


 バスケ部の京子、吹奏楽部の泉、そして弓道部の真咲が揃って教室を出て行った。他にも部活に所属しているクラスメートは次々と出て行き、教室に残ったのはわたしを含めて十人弱。わたしはのろのろと帰る準備をして、リュックを背負った。


「芙雪ちゃん、ばいばい」

「また明日ね」


 教室を出ようとした所でわたしに声を掛けたのは、佐野さんと島田さん。帰宅部同士、少しは交流のある二人だ。


「あ、うん。じゃあね」


 手を振ってくれた二人に小さく振り返し、教室を後にした。



 さて。今日の夕ご飯は何にしよう。

 メニューを考えながら、わたしは歩く。

 今日みたいにお母さんの帰りが遅い日は、帰宅部であるわたしが夕ご飯を作っている。中学の時からやっていた事もあり、料理はわたしの数少ない得意分野で、そして真咲の苦手分野なのだ。

 ランドセルを背負った小学生達とすれ違う。そろそろ夕方に差し掛かる、そんな時間帯。九月上旬のこの時間帯はまだまだ日も高く、歩くとじんわりと汗がにじんでくる。

 わたしは冷蔵庫の中身を思い浮かべる。卵をそろそろ買っておかないといけなかったっけ。あとキャベツも。アイスも食べたいな。

 近所のスーパーに寄ってから帰ろう。そう決めて、わたしは歩いた。


×××


「ただいまー」


 夜七時前。真咲が部活から帰ってきた。


「お帰り。ご飯、もう出来るよ」

「そう、ありがとう。それじゃあ着替えて手伝うわね」


 真咲は一度リビングに顔を出し、二階へ上がって行った。

 わたしは味噌汁の味見をした。うん、いい感じだ。火を止めて、夕ご飯は完成。真咲も二階から下りてきた。


「お茶碗とか出してくれる?」

「はーい」


 二人で準備をする。お茶碗やお椀によそったり、大皿に料理を盛ったり。準備が終わると、椅子に座って手を合わせる。


「頂きます」

「頂きます」


 今日のメニューは、ご飯、じゃがいもと豆腐の味噌汁、ロールキャベツ、カボチャサラダ、酢の物だ。ロールキャベツはコンソメ味で、わたしと真咲の好物だ。ふと食べたくなったから作ってみた。


「このロールキャベツ、お母さんの味ね。芙雪、また料理が上手くなったんじゃない?」

 対面に座る真咲が笑顔を浮かべながら言った。わたしは、

「そう? まあでも、わたしはお母さんのロールキャベツしか知らないから、味が近くなるのは当たり前だよ」

「ふふ、確かにそうかもね」

……照れ隠しだ。


 食べ終わると、一人が風呂に入って、一人が食後の片付けをする。お母さんが遅い日は、帰ってくるまでに一人は風呂に入っておかないと怒られる。大抵は真咲が片付けを買って出てくれるので、わたしが一番風呂に入る事が多い。

 風呂から上がって真咲と交代。だいたいこのあたりの時間に、お母さんが帰ってきた。わたしは夕ご飯を食べるお母さんの話し相手をしながら、残り物にラップをして冷蔵庫に入れる。それが終わるとわたしの役目は終了だ。


「ふぅ……」

 自室のベッドに座って、ホッと一息。時刻は夜九時半。まだまだ夜は長い。

 これから寝る前までの時間でわたしはゲームやテレビ、パソコンをしたり、学校の課題なんかをしたりする。今日はとりあえずゲームでもしよう。


 これがわたしの一日である。

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