始動
10、始動
肩のあたりを揺さぶられて目が覚めた。明け方にようやく眠りについた私をゆするのは、
「おはよう」
「よお」
笑顔のタイだった。
「元気そうだね」
嫌味をたくさん詰めて放り投げた言葉も、タイには通じないらしい。
「ああ」
そう言うと私の隣に、果物と昨日の夕食の残りの芋の蒸し焼きにしたのを置いた。一本だけ水筒代わりにあけたペットボトルも水が冷たくて満タンに入っていて、早朝の収穫に行ったんだとわかった。
私は寝不足の重い頭を持ち上げて、胡坐をかく。太陽はのぼりはじめたばかりで、空気は冷たい。
「眠れなかった?」
「そりゃあね。タイはよく寝たって顔してる」
「そりゃあね。この一週間よく寝れた」
タイのしめたペットボトルのふたはいつも硬い。寝起きで弛緩した私の筋肉では開かないんだ。
無言で差しだして開けてもらった。
「その指輪は、ミヤの?」
紐でくくった例の指輪が胸元から飛び出していた。
「これは……島の反対側で見つけたんだ」
「そうか」
「見たことがあるか?」
「そうだな、よく似たのをもってたけどこの事故より前になくしたよ」
私は紐を首からはずしタイに渡した。タイが最初にしたのは内側を見ることだった。
タイの表情からは何も読むことができなくて、目は向けたまま水を一口飲んだ。私は差し出された指輪を元のように首にかける。
「見たことあるか?」
「いや」
それ以上なにを言うでもなくバナナにかぶりついた。
不意にタイがしゃべりだした。
「不思議なのはさ。携帯さ。オレちっともいらないと思ってたんだよ。周りのやつが携帯依存症だっつって一日中いじくってるの見てバカじゃねえのって思ってた。でもこうなって一番にしたのはポケットに手突っ込んで携帯を取ろうとしたことだった」
「あ、私も」
「やっぱり?結局おれだって頼ってたんだなって思ったよ」
「私も。こんなに長くコンピューターに触らなかったのもはじめて。メールも電話もしてない。当たり前のことは全然当たり前じゃなかった」
「でも1週間経ってみると、結構なれるもんだな。ニュースもテレビも携帯も新聞も全部いると思ったけど、必要ってわけじゃなかった。生きるのにいるのは水と食べ物だ。必死にそれを探してると一日なんてあっという間にたつよな」
「原始の世界へようこそって言いたいけど、そうとも言えないよ。知識として知ってるもん。このハーブにはどんな効能があるか、水晶がどんなに役に立つか」
でも結局私が調べたことじゃない。そういうのは、人間が好奇心でいろいろやった結果たまった知識なんだ。それを切り貼りしてできたデコラティブな世界を当たり前と思って、訳知り顔で歩いてたんだな。楽させてもらってるわけだ。
昔、おばあちゃんが言ってたことで覚えているのは『炊飯器で炊いたご飯は上と下の味が違うからよく混ぜろ』っていうことだった。大きなしゃもじでよく混ぜてる姿を見ながら、味が違うわけないじゃんて思ったけど、本当に言いたかったのは、よく混ぜて蒸気を抜けってことだったのかも。
それにおばあちゃんの炊いたご飯は実際おいしかった。
昔の人が偉いとか私たちが劣ってるって言いたいわけじゃなくて、同じ人間だもんどうにか工夫したら向こうの島にも渡れるかもしれない、って思ったんだ。ないものは作ればいい。昔の人にはない知識を使って。
「夕べ言いそびれたことが何個かある。タイと会ってから二日目の探検のとき、この指輪と救命ボートを同時に見つけたんだ」
あの沈んでた人物のことを思ったのだけどそれは言わなかった。
「あと、タイの夢に出てくるそいつは西の崖の上にいた思う。なんかおかしいんだ。果物のカスとかあるし、けもの道のようなものができてるから、実体もあるのかも」
「ほんとか?」
「私にもわからない。だから言うつもりはなかった。道は、なにかこの島の小さな獣がつけた可能性もある」
見たことないけどね。
「あと、この島の北にもうひとつ似たような島がある。もしかしたら泳いで渡れるかもしれないけど、まだよく調べてないし、もっと足が良くなったら2人で見に行こう」
タイのめずらしく真剣なまなざしを見返す。何かを言いたそうで結局言わないの。
「大体そんなとこか?」
「そう私が知っているのはそんな感じ」
「足はだいぶいいけど、長時間、長距離の移動はまだ無理な感じだな」
左足をさすりながらそう言った。
「そうか、この短い期間では筋肉はそう弱ってなさそうだけど、焦ってもここではこれ以上治療できないからな」
自然の治癒力に頼るのが一番いいとおもう。
「しばらくタイは今まで通り、ロープを作る、水を汲む、魚釣りをする。たとえ小魚でもだ」
「ミヤは?」
「あたしも同じ。食物探し、ツタとかロープの材料探し、人か、動物がいないか。タイより範囲は広いけど!ね!」
この奇妙な島を表すのに適当な言葉は、幽霊島かな?実体のない存在を普通に受け入れるなんて前の生活じゃあり得ないけど。
「おーい!ほらタイも叫んでみて」
海に向かって2人で声を限りに叫んだ。
「おーーい!」
「絶対家に帰ってやる!」
「ここから脱出するぞお!」
想いは風に乗って海の向こうへ行っただろうか?
望みを北の島に託して叫んだ。
「負けるもんか!」
強い海風に髪も涙もさらわれて。
あなたの元に届けばいいと思ったんだよ。聞こえたかな?




