131話
「のわっ」
迷路の中の戦いは予想外の様相を呈していた。
そもそも勇者の野郎が、真面目に迷路を通ってくると思ってたのが間違いだったのだ。あの野郎、迷路の壁ぶっ壊しながら進んでやがる。しかも、ビームみたいな熱光線放ってぶっ壊してくるもんだから、時々俺のいる方向にビームが飛んでくる。
真面目に迷路を攻略しようとしてた俺は、そのビームが目の前をかすめてってマジで焦った。
そしてお返しとばかりに、そっちの方角に同じようにビームぶっ放してやったらそのまま射撃戦になりました! サバゲーかよ!
身を低くしながら、俺は這うように地面を移動する。そして相手のビームから割り出したおおよその位置に向かってこっちも魔法を放つ。
すると相手が今度は俺の位置を割り出してきて攻撃してくる。さっきからこれの繰り返しで迷路の壁はすでに穴だらけ。一部では崩壊が始まっている。
「もうちょっと矜持ってもんが無いのかね!」
まあ操られてるから無いんだろうね。
そう思いながら、場所を移動していく。走っているものだから、自分が迷路のどのあたりにいるかなんてすでに分からない。行き止まりになったら殴って壊して先に進んでいる。たまに勇者のいるあたりからも地響きみたいなもんが聞こえてるから、あいつも壊してるんだろうな。
俺が迷路を作った意味って……
と、迷路の中に突然風が吹き抜けた。その瞬間、俺は危機を悟る。
「やばっ」
とっさに伏せれば、迷路の壁が上下に真っ二つに斬られた。それも俺のいた一部だけでは無い。俺を中心としたかなりの範囲の迷路が斬られたのだ。
俺が感じた風は、リリウムのウィンドマントのように、使用者に色々な情報をもたらすものだったのだろう。だからこそ、その風で俺の場所がばれたと判断した瞬間に、危険を感じ取ることが出来た。
もしそれが無かったら、今頃俺の体は真っ二つになっていただろう。
「ああもう! ぶちギレた!」
せっかく作った迷路をまともに遊びもせずにぶっ壊すとか、いい加減許さん! 迷路も壊れちまったから、もう気にしない。周辺ごとぶっ飛ばしてやる!
「月示せ、激流の水害。フルードウォーター。さらに続けて、月示せ、閃光の雷球。サンダーボール」
俺は迷路に大量の水を一気に流し込む。さすがにこれで迷路を水で満たすなんてことは出来ないが、足元を水浸しにすることは出来る。
そしてそこにサンダーボールを落とす。すると水を伝ってサンダーボールは一気にその攻撃範囲を広げ、どこにいるか分からない勇者の足もとを攻撃するわけだ。
すると必然的に逃げ道は上になる訳で――
天井を突き破って飛び出してきた勇者に対して、俺も思いっきり跳躍し肉薄する。
「この野郎! 人の作品簡単にぶち壊しやがって!」
怒りを込めた渾身の右ストレートを勇者に向けて振り抜く。
勇者はしっかりと腕で防御するも、俺の威力はそんなんじゃそがれない。
普通なら複雑骨折は免れないほどの衝撃は、両腕でガードされながらもしっかりと勇者の肉体を直撃する。まともな受け身も取れない空中だ。勇者はそのまま地面に向かって叩きつけられ、水しぶきと電気を散らせながら砂煙の中に消える。
俺は迷路の壁に着地し、感電を防いで様子をうかがう。
確実の両腕は折れているはずだ。その上電気で筋肉は麻痺していてもおかしくはない。
煙が晴れる。
そこには勇者が二本の足でしっかりと立っていた。腕もなんともないように剣を握っている。
「マジかよ。これが転生チートってやつか?」
完全に原形が無くなった島で、俺と勇者はにらみ合う。
そして同時に動いた。
俺は壁を蹴って一気に勇者に接近する。勇者はカウンターを狙うように、剣を刀に変化させ居合の形をとった。さすがに鞘は無いため形だけだ。
居合ってのは最速で刀を振る溜めの構えだったよな? なら俺は居合以上の速さで剣を振ればいい訳だ。
簡単なことだな。全力で輪廻剣を振る。それだけでいいんだからな!
お互いの腕が動く。
ガリッと変な音がして、俺達の腕が強引に止められた。
そしてそこには、真っ二つに折れた日本刀と、砕かれ刃が回らなくなった輪廻剣。
お互いの剣がぶつかり合った瞬間、その衝撃でお互いの武器が壊れてしまったらしい。その上輪廻剣に蓄積されていた俺の魔力が爆破を起こす。その衝撃が俺と勇者を襲った。
バスカールには悪いが、これで勇者に隙が出来た。
ならここは俺の必殺技で行くべきだろう。
喰らえ!
「必殺の! ヘッドバッド!」
俺のフルスイングに、勇者はピタリと合わせてきた。そうヘッドバッドをだ。
お互いの頭蓋骨がぶつかり合い、脳を激しく揺らす。
ふらふらとおぼつかない足取りで俺達は互いに距離をとる。そして片膝を着いた。
「ぐふっ……俺のヘッドバッドを完璧に返してくるとは」
まさかこんな事をされたのは初めてだ。それにしても――
「てかお前。いい加減自我戻ってるんだろ?」
「…………クックック、ハハハハハハ」
勇者は片膝を着いたまま狂ったように笑い出した。俺はそれをただ静観する。
「ああ、笑った笑った。いつから気付いてた?」
「最初に疑ったのは、同じ魔法を撃ちあった時だ。あんとき少しムスッとしたろ? 今まで極星なんて言われて星二つ使って誰にも追いつかれない威力の魔法使ってたんだろうからな。それなら俺の加護に威力で負けたのはかなり効いたんだろ?」
「そうだね」
「それと島の木々を薙ぎ払った時だな。お前あの時強いなって呟いたろ? 帝国のあの魔法はかけられると自分の意思じゃほとんど喋られないみたいだからな。あんな感想が出てきてる時点で、自我がしっかりしているのは気づいた。後は様子見ながらってかんじかね」
「凄いな。あの戦闘中にそこまで観察してるなんて。僕も蘇生されて少ししてから自我は奪い返したんだけどね、なんか強い人がいたから戦いたくなっちゃって。僕はこの世界じゃ最強だったからね。ほんと、魔法の威力で負けた時は結構イラッとした。ある意味あの時に完全に体の制御を取り戻したよ」
極星の勇者はそう言って楽しそうに笑う。その額からは俺と同じように血が流れていた。
てかかなり最初から制御出来てんじゃねぇか。なら迷路をぶっ壊したのはこいつの考えかよ! 意外とひでぇな極星の勇者。
「そんで、お前はどうするんだ? まだ戦うのか?」
「とりあえず今はもういいかな。大分満足したし。けどまた戦うことにはなっちゃうかも。自我も一時的に奪い返しているだけだしね」
「完全に奪い返せてないのか?」
「蘇生の魔法と密接にからんじゃっててね。強引に自我を取り返しちゃうと僕の蘇生魔法も壊れちゃいそうなんだ。復活させられた以上は、こんなバカなことをした奴らにはお仕置きしないといけないしね」
「いやいや、俺がしっかりお仕置きしておくから、あっさり死んでくれて全然かまわないぜ?」
「あはは、冗談上手いね。せっかく蘇生したんだし、迷惑かけるとしても簡単に死ぬ気はないよ?」
一瞬俺と勇者の間に火花が散った。
「はあ、んで完全に支配権を取り戻すまでにどれ位掛かるんだ?」
先に折れたたのは俺の方だった。まあ、せっかく蘇生して自我もあるのに簡単に死ねってのは無理があるよな。もし自我が無くてただ暴れるだけなら、被害が出る前に容赦なく殺したけど。
それに勇者は指を二本突き出した。
「二か月」
「長いな」
「かなり複雑だし、僕の知らない魔力回路が多くてね」
「ならしょうがないな。その間は俺が止めてやる」
「そう言ってくれると思ってたよ! 帝国は僕の力を手に入れたらすぐにでも戦争を仕掛けそうだしね。とりあえず今は僕が術者を守るために引くってことで帝国に逃げるから、それ以降はそっちで対応してもらえる?」
「お前が攻める場所が知りたい。時々自我を取り戻すことは可能か?」
「できるけど連絡の手段が」
「それならテレパスを使え」
俺は氷海龍と連絡を取り合ってることを話し、勇者にテレパスの原理を教える。すると勇者は何か考え込んだ表情になる。意味がよく分からなかったのか?
「ねえ、君さ、もしかして地球って言葉の意味分かる?」
ああ、そう言うことか。俺はこいつが転生者だって知ってるけど、こいつは俺のことが転移者だってことしらないんだった。それでテレパスみたいな携帯と似た理屈のもんのことを説明されれば疑うか。
「ああ、転移者だ」
「本当に!? 僕以外に見たことないんだけど。それに転移ってことは途中からこっちに来たんだよね?」
「ああ、あんたは転生だろ? 俺は神さんにこっちに連れてきてもらった。諸事情があってな」
「そうなんだ。あんまり深く聞かない方がいいのかな?」
「別にそうでもねぇけど、今は時間が無いだろ」
「そうだね」
話しが逸れそうになったので、もとに戻し俺たちはテレパスで情報のやり取りをすることにした。
「そう言えばお前の星の加護ってどうなってんだ?」
「どうって?」
「極星って要は二つの星を使ってるってことだよな? 俺も戦闘中はそう思ってたけど、良く考えりゃ両極にあるんだから、片方は常に隠れちまってるはずだろ? なんで二属性同時に使えるのかが説明つかん」
「ああ、それか。簡単だよ、僕の星の加護は二極一対っていうのかな。お互いの星がつながってるんだ」
「星がつながる?」
聞いたことの無い単語に、俺は首を傾げる。
「そう、どちらかが見えていれば、僕はその星から両方の星の加護を得ることが出来るってこと」
「そんなことがあるのか」
「多分極星っていう二極だからこそ起こった現象なんじゃないのかな? そもそも加護の星が二つある人なんて僕以外いないし」
「それもそうか」
そして他に細かい所はおいおい決めるとして、この後をどうするかという所で勇者が空を見上げる。
「どうした?」
「あの魔法使いから新しい指令が来た。どうもこの体はあいつの命令をどこからでも聞けるようになってるみたいだね。あいつの加護を使って蘇生させたから、加護がリンクしてるのかな?」
「そんなことがあるのか?」
「分からないけど、そんな感じなんじゃない?」
「ずいぶん曖昧だな」
まあ、勇者の蘇生自体初めての試みだし、曖昧なのは仕方がないか。
「それでどんな命令が来たんだ?」
「ここが静かになったから戦闘が終わったんだと思ったんだろうね。僕にカランの中央議会攻めを命令して来たよ。他の兵士が攻め込んでるから応援に行けって」
「なに!?」
勇者の言葉を聞いて、俺は動揺する。
中央議会には今フィーナ達がかくまわれているはずだ。そこを襲われているとなると心配になる。
「多分僕の蘇生と同時に手始めにカランを落とすつもりなんだろうね」
「俺はすぐに議会を守りに行かないといけない。あそこには俺の大切な家族がいる」
「本当に!? なら僕は何か理由を付けて戦闘に参加しない方が良いね。なら蘇生したてで体が安定していないことにしよう」
「その辺りはそっちに任せる。俺はすぐに戻る」
俺は今すぐに駆け出したい気持ちを押さえて、とりあえず近くに突き立ててあるサイディッシュを回収する。
「分かった。あ、そうだ僕の本名言ってなかった」
「ああ、そういえば知らないな」
本にも極星の勇者としか書かれていなかったからな。こいつの本名は誰も知らない。
「僕はこっちの世界ではオルトって呼ばれてた。地球だと和樹相馬だったけどね。もうオルトって呼び名に慣れてるからそっちで呼んでくれ」
「あいよ、俺は漆桃花だ」
「漆桃花だね。懐かしい響きだ。今後ともよろしく」
「ああ、じゃあ俺は行く」
オルトの返事を待たずに、俺はルリーたちがいるであろう方向に向かって駆け出した。
俺が海岸まで戻ってくると、少し離れたところにルリーたちの乗って来た船が止まっていた。
それがこっちに気付いて近寄ってこようと乗組員がオールを漕ごうとする。けど、こっちに近づくまで待ってられない。帝国が兵士を仕掛けて来たなら、すでに議会は戦場になっているはずだ。
俺は船の場所に狙いを定め、そこに向けて魔法を放つ。
「月示せ、氷結の道。アイスロード」
その魔法で一瞬にして海岸から船までの一直線に氷が張る。俺はその上を駆け抜け一気に船の上に飛び乗った。
騎士達は海の上を走ってきた俺におどろいて呆然としている。
そこにルリーとミラノが駆け寄ってきた。
「トーカさん無事ですか?」
「トーカ様お怪我は?」
「話は後だ! すぐに議会に戻るぞ。あそこが帝国に襲撃されてる」
『な!?』
俺の言葉に近くにいた騎士達を含め全員が驚愕する。
「勇者の蘇生に合わせて挙兵したらしい」
「分かりました。全部隊すぐに議会に向けて船を出します! 別働隊には海騎士三名で連絡を!」
「了解!」
近くにいた騎士にミラノが指示をだし、騎士はすぐに船の中へと消えていく。
それを見送って、ミラノとルリーが俺にも船の中へ入るようにと勧めてくる。
「何があったのか聞かせてください」
「すぐに部屋を用意させますので」
「分かった。そっちも別れた後の状況を聞かせてくれ」
この状態で焦っても意味はない。俺たちはサミリラに着くまでの間に、今まで何があったのかを話し合った。
どうやら別働隊は無事に連中の隠れ家を見つけたが、そこはすでにもぬけの殻だったらしい。そして誰かが戻ってくる可能性を考え、数名を待ち伏せの為に隠れ家に待機させ、俺を回収するためにこちらに戻って来たのだとか。
隠れ家が殻だったのは、きっと議会に向かったからだろう。ミラノはすぐにそれを判断して、待機していた騎士達に戻ってくるように命じたのだ。
そして俺はオルトが完全に蘇生しつつも、自我を一時的に奪い返すことが可能だと言うことを話した。そして時々連絡をとれるようにしたことも。
これで、しばらくは俺が動くことでオルトの被害を最小限に抑えることが出来る。
後は、オルトが自力でどうにかするだけだ。
その話をすれば、ひとまずほっとした表情になるルリーとミラノ。
その後、議会にはオルトは出て来ないことを話して、増援の為に準備を整えさせ俺たちは黒煙の上がるサミリラへと帰還した。