127話
「なあ、率直な意見を聞きたい」
「なんでしょうか?」
「ルリーの毒で、人はどこまで言うことを聞かせられる?」
極星の勇者の復活。その中で俺が一番気になっているのは、そこだ。
勇者自体がただ復活するだけならば、勇者と言われるだけにある程度は聖人だったのだろうし、問題ないだろう。しかし、操られてしまった場合は、最恐の敵となる。
なので、きっちりと聞いておきたいのだ。現在の魔法でどこまで人を操ることが出来るのかを。
俺の問いにルリーは真剣に悩む。そして答えた。
「私の毒だと完全に操ると言うのは難しいです。相手を操ると言うことは、相手の脳に干渉して、行動を決めなければなりません。そこで一番邪魔になってくるのは、その人物の意思です。なので、私が誰かに言うことを聞かせようとする場合、まず意思を奪うことをします。ですが、意思が希薄になれば、その人の言動も希薄にならざるを得ない」
つまり、そんな相手なら、極星の勇者であろうとも問題ないと言うことだ。
「けど、今回の帝国の魔法はもっと根本的な所を操るのでしょうね」
「根本的な所?」
ルリーの言葉に俺は首を傾げた。
脳以上に、行動の決定に重要になる部分があると言うことなのだろうか。俺は人間については高校の生物学程度の理解しかないから、詳しいことは分からない。
「トーカさんも見ているはずですよ。と、言うよりトーカさんの方がこの魔法に関しては詳しいと思います。実際に操られた人と戦ったことがあるですから」
「俺が戦ったことがある? 帝国に操られた奴と?」
そう言われ、俺は自分の記憶を探る。今まで何回か帝国に絡まれたことがあったが、そんな直接戦ったことがあっただろうか?
あった。一度だけ帝国の連中と真正面から戦った時が。
「デイゴ闘技大会の団体戦決勝」
「そうです」
ルリーが嬉しそうに一つ頷く。
「私もデイゴから渡されたレポートは読みました。心を破壊し、自らの限界を突破した力を使うギンバイの騎士達は、まさしく操られた存在だと言えませんか?」
「じゃあ、あの鎧に仕込まれてた魔力回路は」
「十中八九、今回の蘇生に使うための回路でしょう。闘技大会は、その魔力回路の最終実験か何かだったのかと」
デイゴの闘技大会で戦った帝国の騎士達は、確かに執念にも似た何かに操られるように俺に向かってきた。それこそ仲間の犠牲をものともせずに。
それが鎧の魔力回路で仕込まれたことだということは分かっていたし、それが禁忌に当たるものだというのも教えられていた。しかし、まさかここにつながってくるとは思わなかった。
しかし、そうなると今回の死者蘇生、絶対に防がなければならなくなってくる。
「もし極星の勇者が復活し、この魔法を行使されてしまった場合、極星の勇者は間違いなく最恐の存在となります。それだけは防がなければなりません。と、言うより、復活の時点でこの魔法が組み込まれている可能性は高いです。トーカさんが描いた魔力回路を見ましたが、死者蘇生の魔力回路以外の物も沢山含まれていましたから」
「なるほど、カラリスが魔力回路を描きだすときに削ってた部分か。なら前提は復活阻止だな」
極星の勇者はおとぎ話や伝説から確実に転生者だ。そしてこれだけの物語を生み出してきたと言うことは、確実に転生チートを持っている。
そのチートが全力以上の全力で襲いかかってくるとなると、今までの戦いとは比べ物にならないほどの激戦になるはずだ。俺も無事で済む保証はない。
けど、俺は無事でいなければならない。
今の俺にはフィーナやフランがいる。俺はこいつらと生きていくと決めているのだ。
守らなければならない者達がいるからこそ、俺は絶対にやられる訳にはいかない。
「明日、私はトーカさんの言っていた場所に騎士団を派遣し、魔法使いと騎士の集団を捕縛します。できれば、それにトーカさんもついて来て欲しいんです」
ルリーの言葉を継ぎ、ミラノが話す。
「今議会はカランにある最大戦力をかき集めています。できることならA+冒険者全員にも参加してほしいと思っていますが、フェイリスは魔の領域に行っているようで間に合いませんし、ドラグルは消息が分かっていません。なので、現在カランで戦えるA+冒険者はルリーとトーカ様だけになってしまっているのです」
なんでもフェイリスは、闘技大会で俺に負けた後、まだ修行が必要だとか言って魔の領域に単身突撃していってしまったらしい。
強い冒険者が修行するときは皆、魔の領域に行くことが多いのだとか。そう言えばリリウムと初めて会った場所も魔の領域だった。
そして爆炎のドラグルは消息不明。時々名前を聞く相手だが、よく分からない。話しを聞く限りはかなりの狂戦士らしく、戦いの匂いにつられてフラフラと旅をしているらしい。ルリーの予想では魔の領域の奥深くにでもいるのではないかと言うことだった。
つまり、どう頑張っても冒険者側の最大戦力は俺とルリーの二人になると言うことだ。一応騎士の中にも、強い奴らはいるため、今はそいつらに召集をかけて明日までに部隊を編制するらしい。
なら、俺は断れないよな。
俺はフィーナの方をチラッと見る。フィーナはこちらをじっと見ていた。
「トーカ、行ってください」
「いいのか?」
フィーナからしたら、極星の勇者と戦うことになるのかもしれないのだ。行って欲しくない筈である。
「トーカが必要なのでしょう?」
フィーナはルリーに尋ねる。ルリーはそれに黙ってうなずいた。
「なら行くべきだと思います。本音は行って欲しくないですけど、それじゃあきっと何も解決しないから」
ルリーが死者蘇生を止めれればそれで問題ないのだ。別に俺が行く必要は無い。ルリーだって、伊達にA+の称号を持っている訳では無い。騎士団程度ならば、十分制圧することも出来る。現に、鍛冶屋を取り囲んでいたピクティムの騎士団は一分もしないうちに全員が行動不能に陥っている。
俺が行くのは、もしもの場合。それも最悪の事態を想定して行動するから行くだけの話。それなら、行くべきだとフィーナは言った。
「ではその間、フィーナさんとフランさんの身柄はこちらが保護します。議会で警備を整えれば、どこよりも安全のはずですから」
ミラノの言葉に、俺は甘えることにした。帝国がどこまで情報を得ているか知らないが、俺が動いて何かしらの報復が無いとも限らない。
かなりの人数の帝国兵がカランには潜伏しているみたいだし、フィーナ達を人質に取られるのは避けたいのだ。
もしフィーナ達に何かあれば、極星の勇者の前に、俺がこの世界を壊しかねない。
「では明日、日の出と共に出発しますので、そのように準備をお願いします。この部屋は自由に使っていただいて構いませんので」
「ありがとうございます」
フィーナがお礼を言い、ルリーとミラノは部屋を後にする。
残された俺達に僅かな沈黙が訪れた。そしてフィーナがゆっくりと口を開く。
「トーカ……」
「よく耐えたな」
俺の言葉を聞いた途端、フィーナが胸の中に飛び込んできた。フランはフィーナの隣でいつの間にか眠ってしまっている。
俺達の話が難しすぎて、付いて来れなかったようだ。
それを確認して、俺はフィーナの背中に手を廻し、優しく撫でる。
「どうして……どうしてお父さんがこんな事に巻き込まれないといけなかったんですか…………ただ商人をやっていただけなのに。町を移動して、商品を買い付けて、欲しい人の場所に行って売る。何か悪い事だったんですか」
フィーナの慟哭を俺はただ胸に受け止めながら聞く。
「こんなくだらない……たった一人を蘇生したいからって、それでお父さんが死ぬ必要があったんですか!?」
それはどこまでもフィーナの素の気持ちだった。他人のことなど考えない。自分の大切な存在の為だけの言葉。
それを聞いて、フィーナが何を言おうとしているのか分かった。
それは多分、他人に頼むようなことではない。自分がやるべきことなのだろう。
けれども、その力をフィーナは持っていない。そして守らなければならない存在も出来てしまった。
だからこそ頼むしかない。どれだけ頼みにくい願いでも、頼まずにはいられないのだろう。
「トーカ」
だけど俺は、フィーナにそんな願いを言って欲しくは無かった。口にした途端、きっとフィーナは後悔する。そしてずっと引きずることになるだろう。
だからこそ俺はフィーナの言葉を遮った。
「フィーナ。俺はフィーナの彼氏だ。そしてフィーナの親父さんはもしかしたらこっちの世界で俺の親父さんになるかもしれなかった人だ」
「トーカ……」
「だからそんな人を殺した帝国を俺は許さない」
フィーナの願いはこれだろう。帝国への復讐。
父親を殺したことに対する罰。それを帝国に与えなければならない。どんな相手に手を出したのかと言うことを分からせてやらなければならない。
敵にしたらいけない存在と言うものを、教えてやらなければならない。
だから――――
「俺は帝国の奴らを許さない。今回の計画もぶっ壊して、帝国の中枢をぶっ壊して、帝国をこの世界の地図上から消してやりたい」
一気に城に乗り込んで、皇帝をぶち殺し、混乱したところを片っ端から殺していく。そうすればたぶん帝国を潰すことは出来る。
けど帝国にフィーナと同じような子供を作りたくはない。同じ悲しみを持つような子供を作っちゃいけない。
「けどそれをしたら、俺は帝国の連中となんら変わらなくなっちまう。だから俺は、俺のやり方で帝国に復讐する。フィーナは俺に付いて来てくれるか?」
「トーカ……付いて行きます。絶対に離れません!」
「ありがとう」
自然と俺とフィーナの顔が近づいて行く。そしてもう少しで触れそうになった時、フィーナの後ろから声が聞こえてきてしまった。
「まま?」
「ひゃい!?」
これが子持ちの苦悩って奴なのだろうか……そう思いながら、真っ赤になるフィーナを見て俺は苦笑するしかなかった。
翌朝、少し目元が赤くなっているフィーナ達に見送られ、俺は議会の前に向かった。そこにはすでに整列した騎士達が待っている。
その全員が任務内容を聞いているからか、体に緊張を走らせているのを肌で感じた。
俺は、騎士達の前に立っていたミラノに声を掛ける。
「おはよう」
「おはようございます、トーカ様」
「この人たちが?」
「はい、今日の任務に就くカランの精鋭たちです。海騎士10名、陸騎士10名、魔法騎士5名の合計25名になっています。そこに私とルリー、そしてトーカ様の三人を足したのが今回の任務を行う全メンバーになります」
「了解。俺は自由に動いてもいいのか?」
と、言うより隊の一部に組み込まれても、まともな連携なんて取れないし、むしろぐちゃぐちゃにかき回すだけになると思う。
「はい。基本的にルリーとトーカ様は遊撃を担当していただきます」
「了解」
まあ、普通に考えればそうなるよな。
そこに、ルリーがやってくる。すでに常闇モードだ。まあ、普通のルリーが来られても迷惑なだけだし、当然か。
「おはようございます、皆さん」
『おはようございます!』
ルリーの声に、一糸乱れぬ動きで騎士達が右手に拳を作り、拳で胸を打つ動作をとる。これがカラン騎士の挨拶なのだそうだ。
精鋭だけあって、動きがいちいち鋭い。鎧がガチャガチャとなることもないし、立ち姿が歪んでいる者も一人もいない。名に恥じない精鋭たちのようだ。
「おはようさん。今日はよろしくな」
「はい、よろしくおねがいしますね。期待していますよ」
「その分報酬はガッツリ貰うからな。大金を払わせたくなければしっかり働いてくれたまえ」
「はい、その為に集めた部隊ですから。それではみなさん準備は良いですか?」
『ハッ!』
ミラノの声に、部隊の緊張が増した。そこに、淡い香りが漂ってくる。
その香りは、部隊のメンバーから緊張を取り除き、場のピリピリとした空気が無くなっていく。
その発生源はニコニコと楽しそうにそんな兵士達の様子を見ている。
「今からそんなに緊張していては持ちませんよ。リラックスしながら警戒を怠らずに行きましょう」
『ハッ!』
ルリーの言葉に勇気づけられた騎士たちは、隊列を組みながら港に向かって歩き出した。
俺はその隊列の最後尾に付いてルリーと歩く。ミラノは先頭で部隊の指揮だ。
「今のはアロマセラピーってやつか?」
「落ち着いたでしょう?」
「ああ、落ち着きすぎて眠くなってきた」
そう言って俺は大きく欠伸をする。
フィーナが疲れて眠りについた後、俺はフィーナとフランをベッドに運び、俺も寝ようとした。
しかし、いくら探してもベッドがみつからなかったのだ。5部屋もあるのに。
さすがに時間も遅くなってしまって、メイドさんを呼ぶのも憚られたため、キングサイズであるフィーナとフランが眠っているベッドの端に小さくなって潜り込んだのだ。
しかし、そんな状態でまともに眠れるはずも無く、フィーナとフランの可愛らしい寝息を聞きながら、延々と悶えさせられた。あれは、明らかにルリーとミラノの仕業だろう。
ルリーを睨みながら、昨日のことを聞けば、楽しそうにウフフと口に手を当てて笑いやがった。
「夫婦になるのなら、同じベッドで寝るのは当然じゃありませんか?」
「俺たちはまだ恋人だ。夫婦じゃねぇよ」
「子供までいるのに、何を言っているんですか。フィーナさんなんて完璧にお母さんだったじゃないですか。トーカさんもしっかりしないと、夫じゃなくて、大きい子供と思われてしまいますよ」
「それはマズイな……」
以前からそんな傾向はあった気がしないでもないが、さすがにフランと同じ扱いになるのは勘弁してもらいたい。ここは少し大人の威厳と言うものを出していった方が……フィーナに手を出せないのが凄いもどかしい! 爺さんとあんな約束なんてするんじゃなかった!
「まあ、俺のことはいいや。それよりルリーの方はどうなんだよ。彼氏とかいないのか? あれ、ルリーって貴族だっけ?」
「一応貴族ですから、結婚は親が決めますね。ただ如何せん日常の私はあれですので」
思い出すのは、飲み会の時のルリー。ぶっ倒れるまで飲み続け、ぶっ倒れてからは寝下呂。うん、無理だな。女子力が無さすぎる。
「何度か縁談は来たんですけどね。全部向こうに謝られました」
それは、縁談を持ちかけた立場なのに、ルリーの日常バージョンを見て断ったと言うことなのだろう。
ルリーは若干悲しそうな表情で微笑む。
ルリーにも結婚願望はあるのだろうか? まあ、相手は常闇のルリ-を知って婚約を申し込んでくるわけだからな。ルリーの日常姿を知っているのはごく一部の人間だけみたいだし、ギャップを見せられれば普通なら砕ける。俺でも砕ける。
普通ギャップってもっとグッとくるもんだと思うんだけどな。
「ルリー自身に結婚願望はあるのか?」
それがあれば少しは日常バージョンでも落ち着くと思うのだが。
「残念ながら……日常の私は将来のことなど一切考えていないみたいなので……」
「あー、分かる」
今が楽しければいい。そんな感じがひしひしと伝わってくるからな。
「ミラノが身を固めてくれれば、私もなんとかしないとと思ってくれると思うんですが」
「ミラノはお母さんだからな」
先頭に見えるミラノの背中を見ながら、俺とルリーはしみじみとつぶやく。
幼馴染でずっと日常バージョンのルリーの面倒を見てきたのなら、それは良いお母さんになっているのだろう。
他の男たちが放っておくとは思えないが、ミラノからすれば、ルリーが身を固めないと落ち着けないだろう。そしてルリーはミラノが身を固めないと、自分で何とかしようとしない。両者が絶妙なストッパーになっちまってるんだな。
「お前の状態の時に色々動いちまえないのか?」
「動いても良いですけど、相手が納得しませんよ。この状態でいることって意外と少ないんです。もし相手にずっとこの状態でいてくれと言われても困ってしまいますから。さすがに中毒性は無いと言っても、毒に変わりはありませんからね。ちょっとずつ体に異常が出てしまいます」
「なるほどな。こりゃ解決には時間がかかりそうだ」
主に、日常版のルリーとミラノの話合い的な意味で。
しかし案外、常闇版のルリーもこの関係が気に入っているんじゃないかと、ミラノの背中を見るルリーを見ながら、俺達は港へと到着した。