キョウコとキョウコ
私が加賀美鏡子と出会ったのは偶然だった。
まあ、出会った時点で加賀美鏡子は死んでいたわけだけども。
この星に不時着したとき、大気が故郷の星と似通っていたのは不幸中の幸いだった。
煙を上げる船を収縮機で手乗りサイズに縮小しカプセルに入れてポケットにしまう。
取り敢えず命は助かったが、懸念点はある。
不時着の直前に見たこの星の街並みは眩しいほど明るく、文明の高さをうかがわせた。個人を管理するシステムが構築されていて、異星人である私が紛れ込む余地がないかもしれない。
木にもたれかかってへたり込む。
ふと、遠くに煙が上がっていることに気付いた。
船の部品が遠くに落ちたのかもしれない。
私は重い腰を上げて移動した。
煙を上げていたのは船の部品ではなかった。
この星の移動機械と思しき金属の箱だった。背後にそびえる崖から落ちたらしい。
ひび割れたガラスから箱の中をのぞき込む。
この星の住民がぐったりしていた。白目をむいてだらりと舌を出した姿からは生気を感じない。
死んでる、かも。
ガラスを割り、住民に触れてみる。冷たい。臓器も動いていない。
死んでる。
手を引っ込めて、私は金属の箱の影に隠れるように座り込む。
もうこの住民は死んでいる。役目を終えている。
なら、私がもらおう。
私はすっと立ち上がり、金属の箱のなかに入り込む。
私はじっと住民を正面から見据えた。
自分の身体を霧状に分解して、だらりとあいた住民の口の中に入る。徐々に、徐々に。
想像よりも身体の構造が単純で助かった。
この星の住民の身体の隅々まで『私自身』を染み込ませ、破損した部位や臓器を補う。
ほどなく、私は加賀美鏡子となった。
加賀美鏡子から私がもらったものはたくさんある。
まずは加賀美鏡子という人間としての生活。
次にこの星、地球の常識。
そしてサポートAIの鈴さん。
だけど、妙なものまで付いてきた。
「なにを黄昏てんの」
猫田さんと会った日の夜、自宅のベランダで『ニジュウマル』のドーナッツを楽しんでいた私の背後から突如声がかかる。
振り返ると『加賀美鏡子』がいた。
幽霊だけど。
「なぜ声帯がないのに声が出せるのかを考えていたのです」
私の答えに幽霊の加賀美鏡子、キョウコさんは自分ののどを掴むような仕草をした。
「のど、あんねん。いや、物質的にはないけど」
幽霊、霊魂、エーテル体、プラズマ。
呼び方はともかく死後の存在がいることは、私の予想外だった。
キョウコさんが私に詰め寄る。
「それより何かあったやろ、おしえてーな。家でテレビ見るだけやと退屈でしゃーないんや」
「私の外出先には付いてこないと、キョウコさんが言ったのですよ」
キョウコさんの話し方、関西弁はどうも私の性に合わない。
「エリエリが使うてんのうちの身体やで。ゆーたら、うちは大家でエリエリは店子。大家のゆーことは聞くもんやろ」
自分と同じ顔の存在がぺらぺらと慣れない話し方をするのは違和感しかない。でも、それはキョウコさんも同じだろう。
私は手すりにもたれ、ダブルシュガードーナッツを齧った。
私はアリス計画のことをキョウコさんに話した。
キョウコさんはくるくると表情を変えて「うさんくさっ」とか「まじで」とか、相槌を打ちつつ最後まで聞いてくれた。
「ええんちゃう。うちもう死んでるし。エリエリの好きにして」
「そうします」
私は服についたシュガーを払う。
キョウコさんは下からのぞき込んできた。
「でもうちとの約束は忘れんといてな」
「はい。キョウコさんを殺した犯人は必ず見つけます」
キョウコさんがにっこり笑う。
こういうときは笑うものなのか。私には分からない。
私が加賀美鏡子になった直後、私の前にキョウコさんがふわーっと現れた。
煙を上げる車の側で、突然自分と同じ顔の、よく分からないモノが出てきたのだ。さすがに私も驚いた。
「えー、こんにちは」
「『こんにちは』ちゃうよ。あんた誰。てかうち半分透けてる。え、死んだの」
そうか今は夜だから。
「こんばんは」
「時間の問題ちゃうねん」
妙な話し方だ。それに目の前にいる半透明の『加賀美鏡子』からは生体反応がない。それなのに私と意思疎通が出来ている。
チリン。何かお困りですか。
突然耳元で鈴の鳴る音が響く。加賀美鏡子の記憶からサポートAIの鈴さんだと気づく。
さっそく使ってみる。
眼の前についさっき死んだはずの人がいます。これはなんですか。
チリン。幽霊です。どうしますか。対処法もお調べしましょうか。
はい。
チリン。塩をまきましょう。
塩は持っていない。足元の砂を拾い上げて投げてみる。
「なにすんねん。大相撲か」
効き目がない。塩じゃないとダメか。
遠くから耳障りなサイレンの音が聞こえてきた。警察だ、もしくは救急車。両方かもしれない。
地球の常識は加賀美鏡子から得ているとはいえ、いきなり治安維持機構と対面してボロが出ないとは言い切れない。
逃げるか。いや、既に加賀美鏡子の肉体を得ているため行動には制限がある。逃げ切れない。
幽霊の加賀美鏡子が、後ろ手に手を組み私の顔をのぞき込んできた。
「なんか困ってんの」
私は気付いた。眼の前にいるのは『加賀美鏡子』のオリジナルだ。地球で過ごした現地人だ。警察とのうまい接し方を知っているかもしれない。
それに幽霊は一般人には見えないはず。
だったら私のことを吹聴される恐れもない。
私は覚悟を決めた。
警察も救急隊員とのやり取りも全てうまくいった。
私の耳元で幽霊の加賀美鏡子、キョウコさんがベストな答えを囁いてくれたからだ。
その後、私はキョウコさんとサポートAIの鈴さんの手をかりて、当面の処理をつつが無く終えることができた。
生前のキョウコさんが住んでいたアパートを引き払い、私は別の町に引っ越すことにした。
キョウコさんは事故前の数年間の記憶がないと言うのだ。キョウコさんの知人や友人に会ってしまったら流石に都合が悪い。
「エリエリはさぁ」
遠く離れた町に向かう電車の中、突然キョウコさんが話しかけてきた。
エリエリ。電車の中では話せないので、私は首を傾げた。
「あ、エイリアンだから『エリエリ』ね。ええかな」
地球の名称の感覚は分からない。
取り敢えず頷く。
「故郷の星に帰りたいんよね」
こくん。
「そのために船の修理が必要」
こくん。
「でも、直すための部品も金もない」
こくん。
「どーすんの」
それは私にもわからない。
鈴さんに聞いてみる。
チリン。働きましょう。
それはどこでも共通なのか。
私はふかいため息をついた。




