第一章『荒野の少年』
血の匂いは嫌いじゃなかった。
それが残滓のものでも、自分のものでも。
夕焼けに染まる荒野を、一体の魔物が駆ける。
全身を黒い炎で包んだ狼型の残滓。
人の怒りが形を得た怪物。
その赤い瞳には、理性も慈悲も存在しない。
ただ破壊だけがあった。
だが。
「おいおい、逃げんなよ!」
俺は笑っていた。
手に握る刃を肩に担ぎ、地を蹴る。
怖いものなんてなかった。
仲間がいて。
笑い声があって。
俺たちは無敵だった。
「ユウ!右から来るぞ!」
「任せろ!」
叫ぶより先に身体が動く。
黒炎の狼が牙を剥く。
だが遅い。
踏み込み。
一閃。
銀の軌跡が夕焼けを裂いた。
刹那。
狼の身体が光の粒子となって崩れ落ちる。
「っしゃあ!!」
「相変わらず無茶苦茶だな、お前!」
背後から飛んできた仲間の声に、俺は笑った。
戦いは好きだった。
勝つのはもっと好きだった。
だが何より。
仲間と笑うこの瞬間が好きだった。
右手の甲が淡く輝く。
そこに刻まれた紋様。
人は生まれながらに種を宿す。
戦い。
出会い。
喪失。
愛。
人生を刻むほど、種は育つ。
そして人の人生は、章として世界に記録される。
俺はまだ知らない。
この時の俺はまだ第一章を生きる、ただの少年だった。
知らなかったんだ。
人生に終わりがあることも。
大切なものは失われることも。
そして。
俺の人生が、神々すら知らぬ第九章へ至ることも。




