第11話
翌日の放課後。
僕は時雨たちに連れられて、アビリティアーツ部『ストレンジャー』の見学に来ていた。
なぜ入部する気のない僕がここにいるのかというと、ほとんど無理やり引っ張ってこられたからだ。
「一度くらい、部活を見ておけ」
そんな感じのことを言われて。
ちなみに旭には、野暮用があるからと伝えてある。
まあ、無断欠席をしたところで何か言われるような相手でもないのだけれど。
視線を上げると、眼前では部員たちが模擬戦を繰り広げていた。
火花のように能力が弾け、空気が震える。
何とも血気盛んな光景だ。
「どう?部活、乗り換えたくなったんじゃない?」
隣を歩く時雨が、したり顔でそんなことを言ってくる。
勘弁してほしい。
「ご遠慮しとくよ。何度も言うけど、僕の能力じゃついていけないしね」
「やっぱり無理か。直接見せたら気が変わるかと思ったんだけど」
時雨は残念そうに肩を落とす。
一体、どんな期待をしているのやら。
実際に見たところで、余計に劣等感を抱いただけだ。
「僕のことなんかより、翼とイリスさんだよ。どうだい二人は、これを見てついていけそうかい?イリスさんには愚問だったかな?」
これ以上こちらに注目されても困る。
僕はさっさと話題を翼たちに振った。
するとイリスは、どこかムッとした表情になり、僕の方をキッと睨む。
「当たり前でしょ?この程度で、私が遅れを取るわけないじゃない。翼、あなたもそうよね?」
翼は目の前に広がる模擬戦をじっと見つめながら、静かに笑みを浮かべる。
「そうだね」
それだけを短く呟いた。
イリスはその返事に満足したのか、ムッとした顔を柔らかな笑みに変える。
そんな二人のやり取りを、生温かい目で眺めていると――
「随分と自信があるみたいだね?」
不意に、そんな声が割って入った。
声のした方へ視線を向けると、そこには一人の男が立っていた。
長身で、無駄のない引き締まった体つき。
少し長めの髪は自然に後ろへ流されていて、整った顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべている。
ただ立っているだけなのに、周囲の空気が自然と彼に注目してしまう。
誰だ、このイケメンは。
すると時雨が、ピシッと背筋を伸ばした。
「おはようございます!鏑木部長」
「おはようさん。時雨君が一緒に居るってことは……」
「はい、昨日お話した推薦の……」
「ああ、なるほど。おお、やっぱりグレイスフォードさんか!」
鏑木は嬉しそうに声を上げ、イリスの前へと歩み寄る。
「いや~、まさかうちの部活にね~。君ほどの人なら、どの部活も入り放題でしょ?」
「時雨に言われて来ただけよ。この学院で一番強いんでしょ、ここが」
「流石だね。お目が高い」
そう言いながら、鏑木はお茶目にウィンクする。
……やっぱりイケメンは何をしても様になる。
「それで、あとの二人も推薦なんだよね?」
その声だけが、少しだけ温度を失っていた。
「はい。彼が神狩翼で、彼が――」
「あ、僕は刃渡って言います。推薦者じゃなくて見学者です」
僕は時雨の言葉を遮り、先にそう言った。
この鏑木という男に、妙な誤解をされるのは避けた方がいい。
そう直感したからだ。
「ほう、見学かい? それは殊勝なことだね。うちはいい勉強になるはずだ。存分に見ていってくれ」
鏑木は満面の笑みを浮かべる。
どうやら、面倒な誤解は避けられたらしい。
「で、君は時雨君の推薦という訳だけど、能力ランクは、、、」
「Fランクです」
翼は迷いなく答えた。
「Fか、、、。それだと苦労したんじゃない?神狩家ともなるとね」
鏑木は意味ありげに笑う。
「まあ、いろいろありましたよ。聞きますか?」
「いや、それはまたの機会に」
鏑木はツカツカと翼の前へ歩いていき、じっと彼を見つめた。
まるで品定めでもするかのように。
「ふむ」
そして、軽く頷いた後――
「申し訳ないが、君に入部試験を受けさせるわけにはいかないかな」
和やかな笑顔のまま、そう告げた。
「なっ!」
一番驚いたのは時雨だった。
「か、鏑木部長! 推薦者なら能力ランクに関わらず試験が受けられるはずでは!」
気持ちは分かる。
推薦制度はそういうものだろう。
しかし――
「限度というものがある」
鏑木は笑顔のまま言う。
「Fランクなんて、うちの部に入れては威厳が保てない。そうは思わないかな」
「威厳ですか、、、」
時雨が不満そうに呟く。
鏑木は小さくため息をついた。
「この部は一応、学院最強ということになっている。その看板を守るのに、どれだけ気を使っているか分かるかい?」
「実力が示せればランクは関係ない。そう言っていたのは部長でしたよね」
「もちろん、今でもその考えは変わらないさ」
「なら!」
「でもね、原則はCランク以上だ」
鏑木は指を一本立てる。
「推薦制度は例外のためのものだ。だが――Fランクは、さすがに厳しい」
「実力なら心配ないわ」
イリスが口を挟んだ。
「へえ?」
「彼は入学試験のとき、私に勝ってるのよ」
「なに⁈」
鏑木の笑顔が、一瞬だけ揺れた。
しかしすぐ元に戻る。
「なるほど。それは確かに興味深い。証明できれば、だけどね」
「私の言葉が信じられない?」
「いや、疑ってはいないよ。ただ――」
鏑木は肩をすくめる。
「私一人が認めてもどうにもならない事情がある」
「事情?」
時雨が首をかしげる。
鏑木は視線を翼へ向けた。
「そこの翼君は分かっているみたいだけどね」
「父ですか?」
翼の声は、少しだけ重かった。
翼の父親――神狩圭介。
神狩家の当主にして能力機関日本支部の副所長。
そんな家系から――Fランク。
「話が早くて助かるよ」
「こちらこそ、色々ご迷惑をおかけしました」
その言い方は、どこか慣れているようだった。
鏑木は苦笑する。
神狩家のような名門から、最弱ランクの能力者が出た。
その事実を、あまり表に出したくない――。
そんな事情が透けて見えた。
それを見ていたイリスと時雨は、完全に混乱していた。
「ちょ、ちょっと。二人だけで話を進めないで」
「ああ、ごめんごめん」
翼は肩をすくめた。
「つまり俺は――アビリティアーツ部には入れないらしい」
翼はあっさりとそう言った。
その言葉に、一番強く反応したのは時雨だった。
「ちょ、ちょっと待ってください!それは流石におかしいです!」
「落ち着きたまえ。私は“絶対に無理だ”と言ったわけじゃない」
「どういう意味ですか?」
時雨が食い下がると、鏑木は顎に手を当て、少し考えるような仕草をした。
「ちょうどいい機会があるんだよ」
「機会?」
「新入生向けの大会さ」
ああ、それなら僕も聞いたことがある。
毎年この時期に開かれる、新入生の実力を見るための大会だ。
「ただし、今年は少し形式が違う」
鏑木はそう言って、人差し指を立てた。
「四人一組の団体戦だ」
「団体戦?」
時雨が眉をひそめる。
「そう。例年は個人戦なんだけどね。今年はなぜか学院側が形式を変えてきた。四人チームで戦うトーナメント方式だ」
鏑木は肩をすくめる。
「そこで優勝できたら――特例として入部を認めよう」
「え?」
時雨が目を見開く。
「本当ですか!」
「もちろん簡単な話じゃないけどね。学院中の新入生が参加する大会だ。優勝するには相当な実力が必要になる」
鏑木は淡々とそう言った。
「とりあえず、時雨君とイリスさんで二人確保かな?」
そして――
二人の視線がゆっくりこちらに向いた。
嫌な予感が、確信に変わる。
「いやいやいや」
僕は慌てて手を振った。
「なんで僕を見るのさ」
イリスが当然のような顔で言う。
「四人必要なの」
「で、でも他にもいるでしょ。僕じゃなくても、、、」
「他を探す余裕なんてあるわけないでしょ!少しくらい力貸しなさい」
「ええ、、、」
思わず声が出た。
だが、時雨までこちらを見ている。
その目は――完全に期待の目だった。
「刃渡くん……お願い」
「いや無理無理。僕Eランクだよ」
「翼くんはFランクだよ!」
「それはそうだけど!」
なんで僕まで巻き込まれる流れになっているんだ。
すると鏑木が、くすっと笑った。
「見学者くん」
「はい?」
「せっかく来たんだ。大会くらい出てみたらどうだい?」
「いや、僕は見学で十分です」
「遠慮しなくていい」
「遠慮じゃなくて本気で嫌なんです」
だが、空気は完全に決まっていた。
イリスは腕を組み、
時雨は期待の目で見つめ、
翼は笑顔で僕の肩に手を置く。
「というわけで」
翼は言った。
「よろしく」
「よろしくじゃないよ.....」
僕の悲鳴は、部室の喧騒の中にむなしく消えていった。
そして――
こうして僕は、
学院中の新入生が参加する団体大会に出ることになってしまったのだった。




