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私は、あなたの闘姫  作者: まるみふみ
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追跡開始

 イェシカの闘神が初戦を迎えていない事は、友好諸国の王達の悩みの種だ。

 できる事なら、ここで名乗りを上げ、イェシカとの関係を深めたいと各々思ってはいるものの、いくら神に認められ、闘神を側に置く王とはいえ、たった1人で国の政を執れるわけがない。そこは多くの臣下や国民の支えなくば、何も立ち行かないのだ。

 とにかく問題なのは、イェシカの新闘神が少女だという事だ。

 どこの国でも、女性は男に比べ非力で、守るべきものと考えられ、暴力的に扱えば、その人物の人品は地の底に落ちる。人として、女に手を上げる者は、他者から蔑まれるのだ。

 いくら闘神は神に近しく、自分達と同じ人ではないと知っていようと、自国の闘神が少女闘神と闘うなどという話になれば、不快感を示してしまうのが人情だ。

 国王がその民意を蔑には出来ないと感じるのも、責められる話ではない。

 だが、初戦を戦わず、もし戦時になれば、イェシカの敗北は必至。今は平時と見過ごす事もできるが、新闘神降臨から1年と半。このままではもしかすると、本当に初戦なしで、各国から放置されることになる可能性もある。

 イェシカとの親密度が高ければ高いほど、各王の心の負担は増えるばかりだ。


「コベットとしては、静観だな」

「どうしてですか、今こそ恩の売り時ですよ」

「シンシア…私はほんの1年前にイェシカの女王陛下に振られたばかりなんだ。その相手に恩を売っても、感じ悪いぞ」

 コベット国王は執務室で、自国の魔法使いシンシア・リンドと密談中だ。

 シンシアは闘神という者を王宮仕えでよく知っているので、茉莉の為に自国の王ダリウスに初戦の申し込みを勧めているのだが、なかなか色よい返事はもらえない。 

「陛下、冗談ではなく、このままではあの闘神は初戦なしの実戦を迎える事になりますよ。いいのですか、長い間イェシカが安定した国であったからこそ、わが国もレヴィンに頼らぬ治世を確立できたのですよ」

 コベットは長い間、兄弟国「レヴィン」のほぼ属国に甘んじていたが、ダリウスやその父の頃から、長く続いた平和で国力が増し、独立した国として体面を保てるようになったのだ。

「シンシア、本音を言えば今すぐにでもファルとイェシカに行きたいと思ってはいる。だがな、イェシカの闘神様が女の子なのが、どうにもいけないらしいよ。市井の人心を無視すると後が怖いぞ?」

 シンシアもそんな事はとっくに分かってる。今日は、その打開策を話し合うために、わざわざ謁見しているのだ。国王の方からはともかく、日頃はシンシアの方から気安く王に会ったりはしない。自分の身分を心得ているシンシアとしては、なかなか勇気のいる行為だった。

「ですから、ここはひとつ、陛下とファル様だけでイェシカに恩を売ってはいかがでしょう?」

 国一番の魔法使いの悪い顔に、コベット国王は興味をひかれた。

「へえ、シンシア何か妙案があるのかい?」

「去年の陛下の真似ですよ。密書を送って秘密裏に初戦を行うのです。

 国としては何の得にもなりませんが、イェシカの女王と直接の対面も叶いますし、

 情けは人のためならずですよ」

「そうなると、うちの新魔法師主席にまた仕事を頼む事になるな…」

 コベット国王は迷う素振りも見せなかった。

 案外、シンシアが進言する前から己でもこの方法を考えていたのかもしれない。

「出世させていただいた分は仕事しませんとね」

「よし、早速一筆書くか…あと、今回は人目につかない時間に国境までファルに飛んでもらえ時間が短縮出来る。帰りもできればマリ様に送って貰うように書いておく」

「…それでは人に見られる可能性が…」

「よい。今回は国民に大っぴらにバレなければよしとする。

 手を拱いている腰ぬけ諸国に、イェシカと我が国で何らかの取引があったと思わせるのも一興だろう?

 だが、戦闘は誰に見られるのも困る。

 場所指定も時間もこちらからするので今回は任務に期限を設ける。

 シンシア、無事に帰ってこいよ」

「はいっ」

 紅い瞳の魔法使いは、前回のクリスティーナへの結婚申し込みの時とは違う軽やかな気持ちで、大務を拝した。



 コベットでこのようなやり取りが行われている頃、まだ何も知らないイェシカの闘神茉莉と近衛隊は、件の港町メンバレスで刑事ドラマさながらの張り込みをしていた。

 フルキナの話を聞いた茉莉は、ファーナムの貴族と名乗る人物がコンタクトを取る日に指定した今日、超人的な能力をフルに生かしてメンバレスの街を見下ろす山の上から、フルキナの家を見張り、近衛隊員10名程は近所の町人に扮してフルキナの護衛にあたっている。今回はあえてその人物は捕らえず、ファーナムに一旦返し、そこからはヴォルフラムとジークフリートに一任する事にしている。

 連絡を受けて、すでにヴォルフラムは国境近くに待機しているはずだ。

「それにしても、あやしい人っていっぱいいるもんだね」

 メンバレスの街には多くの外国人がいる。衣装からして、イェシカのものとは違う上に多種多様で人種的に見た目も違う。

 ファーナム人はジークフリートを見る限り、イェシカ国民とそう変わらない外見だったので、茉莉には町人さえも全員容疑者に見えてしまう。

 しかも、午後の遅い時間に現れるという、曖昧な時間指定のため、先程から茉莉はあの人か!いやその人か?とハラハラし通しだ。

 そうこうしている内に、黄昏を前にして、町が前段階の橙色に染まっていた。

 午後の遅い時間≒日没前までという事らしいので、そろそろタイムリミットだが、そもそも、信用できる相手との約束ではないのだ。もしかすると長期戦の予感?ヴォルフラムにはどうやって知らせよう?などと茉莉が思い始めたころ、ついにフルキナの家に来客があった。しかも、正面戸口ではない。庭の木立に隠れるように窓辺に人影が現れた。近衛隊員は全方向から見張っているので、フルキナの身に、よもや心配はないだろうが、現場にいられない茉莉はハラハラした。

 小半時もせずにその人物は本格的な黄昏に紛れて去って行った。……人の目には。

 茉莉はそのまま暗くなった空に舞い上がり、その人の動向を見つめ続けた。

 現れるまではどんな人物かと思っていたが、見てみれば、それは当り前の人でしかなかった。闘神のように空を飛ぶわけでも、シンシア・リンドのように魔法を使うわけでもなく、普通に道を歩き、何やら目当ての場所を巡り、やがて夜出発するファーナムへの定期便に乗った。

 見張っている方からすると、呆れるほど無防備だ。

 もちろん、相手も闘神がはるか上空から、フクロウよりも利く眼で自分を見張っているとは思わないだろうが、それにしてもあっけない。

 海に出てももちろん茉莉の尾行は続く。良い風のわりに穏やかな海を細い月光が照らすが、茉莉の姿を船から発見出来る者がいたとしたら、それは、神か茉莉と同じ闘神に他ならないだろう。

 エンジンのない帆船は、滑るように航海している。

 正規の船は正規の航路を辿る。やがてファーナムの領海に入ろうかという頃、待機していたヴォルフラムが茉莉と合流する。

「こんばんはヴォルフラムさん」

「こんばんは、気持ちのいい夜だねえ」

 闘神はお互いに呑気に挨拶をして、丁度甲板に上がっていた人物を確認しあった。

「自称貴族かー、残念ながらというか、嬉しい事に俺には見覚えない顔だな」

「そうですか、まあ名を騙る事はいくらでも出来ますからね。この後の事はすみませんがお任せします」

「はい承りました」

 ヴォルフラムは頷くと、「じゃあ、ここからは任せて」と手を振ってさらに上空に上がっていった。茉莉は海岸線まで戻ると、近くのパワースポットからメンバレスへ飛び、近衛兵の守るフルキナとその赤ん坊を連れ、テューネの王城に連れ帰った。解決までは城で手厚く保護するつもりだ。

 王城の一室を与えられたフルキナは畏れ多いと震えあがったが、赤ん坊のヨルセルが侍女の皆さんに大人気で、きゃいきゃいと女性に揉まれるうちに打ち解けたのか、翌日には侍女にまじって城仕事まで手伝っていた。

「フルキナさんはお客さんなんだから、そんな事しなくていいよ?」

 茉莉が赤ん坊を背負って廊下を嬉しそうに磨くフルキナに申し訳なさそうに言うと、

「だって一日中だらだらしているだけなんて、いくら素適なお部屋でも耐えられません…こうやってお仕事がある方が気が紛れますし」

 確かに、何もしなくていいというのは、この働き者の新妻には難しいだろう。

 一日も早く家に帰して、本来の暮らしに戻してあげなくてはと思う茉莉だったが、ヴォルフラムからの連絡は昨日の今日でまだない。

焦る気持ちが先行しがちな茉莉は、こんな時はあれに限ると最近のお気に入り城内スポットに出向いた。

 城内の内向き仕事の者達が住まう場所に、その一室はある。

 日頃「人」はそこに入る事はないのだが、マリはあるきかっけでそこに入室を許されていた。

 その部屋の扉は何の変哲もないものだが、他と違う所がひとつだけある。扉の真ん中にもう1つ小さな扉が付いている事だ。その部屋の住人達は必ずそこから出入りする。この部屋に入る者で元々の扉を使うのは茉莉位のものだ。

「あらマリ様いらっしゃい」

「どうされたんですか?」

「今日はお時間があるのですね、嬉しい」

「お茶を侍女さんに用意してもらいましょう」

 茉莉が扉を開けた途端、きゃいきゃいと声がかけられる。

「えへへお邪魔します」

 ここは灯明妖精達の住まいだ。

 さすが王城だけあっ多くの灯明妖精がおり、この人間1人にあてがわれる部屋で、小さな各々の部屋を持っている。

 プライバシーの保護のため、完全個室になっており、外から見られない仕様になってはいるが、リリーが特別に自分の部屋の屋根を外して見せてくれた時、その愛らしい完璧なドールハウスぶりに茉莉は気絶しそうになった。

 あまりに茉莉が絶賛たため、皆が競って中を見せてくれたので、結局茉莉は全員の部屋のあり様をその写真的記憶力で覚えてしまっていた。

 しかも部屋の中を見なくても、灯明妖精達の共用スペースに作られた台所や、食台、ソファー、本棚、そしてそれを彼女らを見ているだけで幸せな気持ちになる茉莉は、気分転換をしたい時にここによく訪れるのだ。

「マリ様、今日はリリーは今帰郷中ですけど、ゆっくりしてらしてね?」

「そうですよ、いつもリリーばかりとお出かけで寂しいです」

「何かお仕事ありましたら、私達もお連れ下さいましね」

 小さな彼女達の毒のない会話は、茉莉を癒してくれる。

「そうだねー慰安を兼ねて今度皆で秋の紅葉でも見に行こうか?」

「キャーッ!マリ様約束ですよ!」

 黄色い声と、愛らしい姿にほんわかした茉莉だったが、リリーの不在は気になった。

「そういえば、リリーちゃんが私に何も言わないでどっか遠くに行くってめずらしいな」

「ええ、何でもギルドからの急用らしくて、すみません。昨日はマリ様お出かけでしたから、ごあいさつ出来なかったのね」

「ふーん、妖精の国に帰ったって事?それって遠い所にあるんだよね?」

「ええ、そうです。でも妖精ゲイトがありますから、そんなに遅くはならないと思いますよ」

 妖精達の実態は、まだまだ茉莉には謎な部分が多い。

「ゲイトってこの部屋にあるの?」

 見まわす部屋にはミニチュア家具が溢れかえっていて、それらしきものを探すのには苦労しそうだ。

「いえいえ、魔法陣の事です。私達灯明妖精は魔法を使いますので」

 そう言って1人の妖精が、共用スペースの絨毯をぺらりとはぐと、とっても細かな文様がびっしりと描かれた丸い円が現れた。

 丁度茉莉をこちらに呼び寄せた魔法陣のミニチュア版だ。

「妖精の国位にしか通じていませんが、これが妖精ゲイトです」

 リリーはここのまとめ役らしく、いろいろと大変なのだろう。

 それにしても、そんな急用とはどんな事なのだろうか?と茉莉が思いを馳せた時、丁度お茶が運ばれてきて、その後妖精とのお茶会という名のしゃべくり倒しの会がはじまり、リリーについてはそれ以上考えられなくなってしまったのだった。

 しかし、後になって思えば、ギルドがリリーを呼び寄せた理由は、今後の茉莉に深く関わるものだったのだ。

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