女王と王と闘神と
茉莉の持っているファーナムのコネクション、それは、ファーナムの闘神ヴォルフラムに他ならない。昨年闘神同士の私闘をきっかけに知り合った空色の髪の青年闘神は、茉莉からお礼に贈られたお米セットにいたく感激し、それ以来、細々と文通や、国境沿いで直接待ち合わせなどの交流も交えながら、お付き合いは続いていた。会うたびに『闘神の友達ができるなんて奇跡』と言われるので、それだけ稀有な関係なのだろうが、奇跡だろうが何だろうが、クリスティーナとイェシカを護るためなら神様でも使うのが茉莉だ。
「マリ様……今まで慎重に調査してきたのは、あちらに悟られない為なのですよ?それをいきなり守護神ご本人に話を持って行くなんて…」
神様同士で話をつける前に、茉莉には断りをいれなけれなならない相手がいる。
それはもちろんクリスティーナで、予想通り賛成はしてもらえそうにない。
「うん。今まではずっと相手の正体がわからなかったからね」
「えっ?マリ様、犯人がわかったんですか!?」
クリスティーナが素でびっくりしているので、日頃は女王として、年齢に見合わない程しっかりしている彼女が、自分の言う事なら素直に受け取ってしまうクリスティーナが本当に可愛くて、茉莉はちょっと笑ってしまった。
「どんな奴かだけね。間違ってもファーナムの闘神と王様は関わってないのはわかるってこと」
あの闘神と、闘神の話す王の人柄が話し半分に聞いたとしても、今回の相手にその姿はみじんも重ならない。もし、ファーナムの人間がこの一連の事件に関わっているにしても、それは闘神と王の預かり知らない事。つまり、ファーナムにとっても問題のある相手になるという事だ。相談する相手としてこれ程適した者はいないだろう。
そのあたりの心証をクリスティーナに納得させるのは難しくはなかった。
「わかりました。ファーナムの闘神様との面会に同意します。でも、マリ様、今までヴォルフラム様に会っていたのは極秘ですので、これもまた誰にも報告できないのですよ?もしこれで全ての疑問に答えが出たとして、近衛隊の皆や、この事で心を痛めてきた国民になんと説明すればよいのか……」
「うーん。それは難しい話しになっちゃうな……でも、それは答えが出た後で考えればいいよ。とにかく、今は私達の国に落ちたた影の正体を知らないといけないと思う。なんだか、我慢できないっていうか、ほっといちゃだめだって思うの」
茉莉がこちらに来る前から始まっていた、クリスティーナとイェシカに仇なす影。王族の殺害や傷害、誘拐事件を起こし、今は茉莉の頭上で真実の日差しをせき止める不気味な存在。今までは相手から見下ろされていただけだったが、今度は茉莉が相手の背後を取ってやる番だ。
そう思うと、湯水のように力が自分の体のそこかしこから湧き出て来て、イェシカ全土に溢れるような感覚を覚える。そして国土が自分の体のように錯覚される。この不思議な感覚は父の残したスクロールにも書かれていなかった。
おそらく言葉には表せなかったのだろう。闘神として充実するという事は、人としての感覚と解離する事だ。人の言葉ではこの力みなぎる感覚を現すのは難しい。
クリスティーナにも説明できない。その事は少し寂しいとは思う茉莉だった。
「……マリ様はファーナムの闘神様と王を本当に信じてらっしゃるのですね。
なんだか私もお会いしてみたくなりました」
一方、茉莉の自信溢れる態度に、心強さを得たクリスティーナは、女王としての重責がすこし軽くなった思いがして、軽口を言う余裕が出た。
「うん?じゃあ、次の面会で会ってみる?」
「あ、そうですね、どうせ極秘なら私がご一緒してもいいんですものね」
「多分、3日位で返事が来るから、その前後、夜は予定入れないでおけば大丈夫」
「では、その間、夏休みでも取ります」
昨年は新女王としての仕事でろくに休めなかったクリスティーナだったが、1年を経て、外交、内政共に表立っては平和を保っているので、今年はまとまった休みが取れそうなのだ。
「えー?夏休みっていうのはね、休まないと意味ないでしょう、極秘でも外交だから、気疲れしちゃうよ……それに、今年は一緒に湖の離宮に行こうって言ったのにぃ」
クリスティーナとの夏休みを楽しみにしていた茉莉は、先刻までの神気溢れる闘神から、あっと言う間に普通の女の子に戻っていた。
「あら、じゃあ、極秘面談は去年あまり休めなかった分の振り替えという事にします」
「わーいやったー!闘神神殿のアンヌさんに水着作ってもーらおっと!
そうだ、クリスティーナの分も一緒に頼んでいいかな?」
「さあ、そういう事は神官長に聞いてみないとわかりませんねえ」
「むう、面倒~じゃあ、国庫を使わないお金で作ってもらうならいいかな。
最近けっこう働いてお金溜まったんだー」
自分の闘神に甘いクリスティーナは無邪気に喜ぶ茉莉に満足したが、後日水着の正体を知って大慌てする事になるのだが、それはまた別の話し…。
闘神神殿で、茉莉から注文を受けた、水着なるモノをイェシカ初の女性神官が製作している頃、茉莉にファーナムからの便りが届いた。
ファーナムの闘神とは伝書鳥通信で連絡を取り合っている。ファーナムとの国境近くの兵舎に鳥小屋を作ってもらい、そこに茉莉が直接パワースポットを使って飛び、鳥に手紙を託して、後は返事のありそうな日に毎日鳥の帰りをチェックする。
この方法だと、鳥はファーナムの王城まで飛べばよく、復路は闘神自ら鳥を抱えて国境近くまで来てくれるので、極秘で連絡を取り合うなら、一番早い通信手段といえる。
ファーナムからの返事は、快諾。
お互いパートナーを連れての面会は初めてだが、闘神と一緒ならどんな危険があるとも思えないので、いいんじゃない?との事だった。
約束の時間、月明かりのみの山脈で、昼は短い夏を謳歌する花々の咲く花園に茉莉とクリスティーナは立っていた。
「マリ様、私そういえば、他国の王に女王として会うのは初めてです、緊張してきました」
「あ、そういえば、私もよその国の王様に会うのって初めてだ!うはっ楽しみい!」
「そ、そうですか、流石マリ様、頼もしいです」
茉莉はクリスティーナの緊張を和らげようと抱きしめたついでに、柔らかな胸に耳を寄せてみた。
「クリスティーナが緊張してるのってめずらしいなあ。
おおーすごい心臓がドキドキいってる」
「あの、マリ様、あの、それは別に、緊張してるのではなくてですね?」
クリスティーナは無自覚天然な茉莉にこの1年、何度もこんな風に慌てさせられてきたが、未だに振り回されるのだった。
「あ、あのう、楽しそうな所ごめんなんだけど、こんばんは?」
じゃれまくるイェシカの闘神と女王に、空から遠慮がちに声がかかった。
クリスティーナは突然の声に今度こそ緊張のために鼓動が跳ね上がったが、茉莉はクリスティーナにくっついたまま呑気に声の主に挨拶を返す。
「こんばんは!ヴォルフラムさんっ!」
「ははは、こりゃ可愛らしい闘神様だ。お前が仲良くしたくなる訳だ」
ヴォルフラムの横には見慣れない、渋いおじさんがいた。
もちろん、ファーナムの国王ジークフリートだ。
「初めてお目にかかります。
イェシカ国主、クリスティーナ・アス・オムルティシカ・イェシカでございます。
この度は私共の不躾なお願いを快く承諾下さり、感謝いたします」
緊張すると言った舌の根も乾かぬうちに、クリスティーは堂々と茉莉を胸にくっつけたまま、ファーナム国王に挨拶した。
「ジークフリート・アスタス・ファルス・ファーナム、ファーナム国主です。
こちらこそ、今回の事、得難き信頼を頂いての事と嬉しく思っています」
一歩間違えば内政干渉にもなりかねないが、こうやって来てくれたのだ。王の言葉に嘘はない。
得た情報で推測するだけなら、ファーナム側に、イェシカ転覆を狙う輩がいて、実際イェシカに先年以来被害を出しているという結論になる。ファーナムに攻め込む事も出来る程の内容だが、それをせずに、直接ファーナムにその調査を任せるのだ。最大限の信頼をイェシカの女王はファーナムの王に奉げると言っているのと同じだ。
国同士ではこのような盲信的信頼はありえないが、今回は奇跡的に闘神同士から始まった交流で、王と女王は一人の人間として、互いを信頼し得ると判断したのだ。その信頼はそのまま互いの闘神への信頼に他ならない。
「詳しい調査報告書を書面にしております。
ヴォルフラム様にご記憶いただいてお帰り願えればと思います」
クリスティーナは何枚もある紙をヴォルフラムに差し出した。
闘神は写真的記憶力が人より優れている。父の側で、亮がよく残しておけない書類を暗記していた事をクリスティーナはよく覚えている。コベット国王ダリウスからの親書も茉莉が見たので安心して燃やせたのだ。
ヴォルフラムも心得ているのか、うなずくと月明かりで書面を読み始めた。
ジークフリートには調査に直接参加した茉莉から、心証も含めて詳しく口頭で報告した。
「ふむ…確かに私の命令で行われた事ではあり得ませんね、しかし、クリスティーナ様がそうであるように、国民すべての心を掌握しているわけではない……このような事をしでかす者がいないとも正直言えません。
もし、この事件の主犯がファーナムの者であった場合、クリスティーナ様は、いえ、イェシカはどのようにこれを処理されるおつもりですか?」
全ての報告を聞き終えると、一番悩ましい所をジークフリートに指摘された。
クリスティーナは思案顔をしたが、心の整理がついたのか、ファーナム国王にひとつ頷くと
「そちらの国の方は、そちらで処理なさってください。ただ、イェシカの罪人はこちらにお返しいただければと思います」
「いいのですか?兄上も殺害された可能性があるのでしょう?国内でこの事を発表すればイェシカとファーナムの間に亀裂が入るのは当然の事です。イェシカ国民はそれで納得できるでしょうか?」
「私はもし、ファーナムの誰かの後ろ盾があっての犯行であったとしても、国民にその事を知らせるつもりはありません」
「ほう、ではどう国民に報告なさるのですか?」
「なにも、しません」
「このままうやむやに処理なさるのですか?」
その言葉に、クリスティーナの眉根が寄せられる。
ジークフリートは同情したような視線を若き女王に向けた。
「確かに、平和維持はなにより優先されます、しかし、国民に嘘をつき過ぎれば綻びが出ますよ」
「……天が…天が見ています。もしも、兄の死が許されざるものだとしたら、かならず、天が罰を与えるでしょう。私は、わが国の裏切り者だけを罰します。国民にも、それは周知します。でも、それ以外は天に任せます」
「寛大な処置ですが、もしも私がそのような者を発見しましたら、天に任せず、重い罰を私が与える事を約束します」
「有難うございます」
重々しい雰囲気になったが、茉莉は最後にファーナムの闘神と王に『これは私個人の感じ方なので』と念を押し、根拠も何もないが、自分が現場で感じた事を口にした。
「ファーナムに誘導しすぎだよね?
だって、名前も名乗らないくせに、フルキナさんにファーナムの貴族だなんて、そこだけわざわざ言う必要があるかな?
もしもそれらしい人がいたとしても、そのまた後ろを見て欲しいです」
「心得ました可愛い闘神さん」
流石に年の甲か、笑顔を素早く取り戻したジークフリートは、茉莉をひとしきり照れさせると、自国の闘神と共に再び闇に帰っていった。
「案外口が上手い人だったね」
2人の気配が完全に消えてから茉莉は感想をもらした。
「そうですか?実直な方という気がしましたが」
「えーでも『可愛い闘神さん』とかさー普通言わないでしょ」
「え?そうですか?当然の事を言うのは口が上手くなくてもできますよ??」
茉莉は茉莉で、クリスティーナの天然に毎度振り回されるのであった。
茉莉とクリスティーナがファーナム国王の感想を述べていた頃、ファーナムの闘神と王も秘密会談の深刻な部分は横に置いて、女王とその闘神について話していた。
「やっぱ女の子同士っていいよな」
ヴォルフラムはしみじみと言う。
「ふむ、すまんね、こんなおじさんで。
だが、お前もあそこまで水蜜桃みたいな女の子じゃないんだ。おあいこだ」
さほど本気でない拗ね方を国王はしてみせた。
「いやいやいやいや、そゆ事じゃなくて!俺が言いたいのは、
あんなにべったりくっついてても、違和感ないって事」
「ああ、確かに、こうやって空飛んでるんでもないのに、お前と俺があんなにくっついてたら、かなり気持ち悪いなあ」
ファーナム国王はしみじみと言った。
「だろー?最初なんかおっぱいに顔うずめてたぞ!俺達が見てても気にしなかったし、
マリさんはもしかすると世界一強い闘神になるかも」
「………すまんなあ、俺におっぱいないせいで世界一になれないのか」
「いやいやいやいや、だからーそゆことじゃなくて!
それにジークフリートにあったら気持ち悪いし!」
ファーナムの王と闘神は国民には決して聞かせられないしょーもない会話を城に帰るまで延々続けたのだった……。
GLなのにおっさん率が最近高い…(´ω`)




