ジャスミンの正体
メンバレスの早い朝に間に合うように帰って来た茉莉は、偽父役の近衛隊員とギーの家近くの宿屋で合流した。
「今日の予定としては、親類としてギーの情報を堂々と関係各所に聞いて回る事になっています」
「オズボーン商会も調べるの?」
「いえ、面が割れてますし、身内が聞ける範囲の事は昨日聞いてしまいましたからね、
あそこは別働隊に再調査をさせます」
「そか、それよりも、お父さん、昨日の夜1人にしちゃったけど大丈夫だった?」
茉莉の任務は、情報伝達も重要だが、大きな組織が動いていた場合を想定して、近衛隊員の安全確保も担っている。昨日は重要証拠が含まれる可能性が高いギーの荷物を運ぶのを優先させたが、目立つ任務のこの隊員には危険が伴うため、特に注意を払いたかったのだ。
「大丈夫ですよ、他の隊員も泊ってましたし、こういう任務には慣れています。
本来ならマリ様のお手を煩わせるなど、ありえない話ですし…」
まだまだ闘神の茉莉を自分達の仕事に参加させる事に抵抗があるようだ。
「お父さんプロだもんね、私なんかが心配するのも変だけど、まあ女王命令なのでジャスミン頑張るから!よろしくね」
なんとか今回の相棒と打ち解けようと、おどけて言ってみたが、女王の名前を出されて、偽父は背筋を伸ばして最敬礼で「はっよろしくお願いしますっ!」などと言う始末で、茉莉は人心掌握の難しさを痛感してしまった。
打ち合わせを終え、朝食を取りに宿屋の食堂へ向かうと、そこは同じ目的の人たちでごった返していた。偽の父娘は朝から海の幸満載のスープとちょっと塩の効きすぎたパンを齧りながら親子っぽい無難な会話をしていたのだが、その途中で、意外な人物から声をかけられた。
「あの、昨日はお忙しい所お邪魔しまして、申し訳ありませんでした」
おずおずとした話方で昨日とは印象が少々違ったが、オズボーン商会の行方不明になった男性の新妻だった。
「ああ、いえいえ、どうされました?もしかして何か旦那さんの事でお話でも?」
憲兵隊員は人の良い笑顔で新妻に椅子を引いて見せたが、当人は座る素振りも見せず、昨日とは違う思い詰めた表情で2人に、いや、明らかに茉莉に声を落として話かけてきた。
「あの、ここは人が多いので、お食事が済まれたら私の家に来ていただけませんか?
お言葉通り、夫の事で折り入ってお話がございますので」
「…えと、お父さんどうする?」
どうして偽父ではなく、小娘の自分に話しかけるのか不思議に思いつつ、茉莉は自分の役どころに忠実に相棒に話をふる。
「何かご事情がおありなんですね。私達も、もう食事は終わりますので…。
ジャスミン、お待たせするものなんだし、行こうか?」
「はい」
「有難うございます!」
2人が早速立ちあがって移動しようとすると、新妻は感極まったように頬を紅潮させ、昨日はついぞ見せなかった涙まで浮かべて礼を言ってきた。しかも、深々と礼をした先はどうも自分の方だったような気がして茉莉は気になった。
案内された家はオズボーン商会の本館とも言えるサムエルの屋敷からほど近い場所にあった。小じんまりとしているが、掃除の行き届いた清潔感のある室内に、この奥さん、小さい子を抱えてるのに、すごい働き者なんだあと茉莉は感心してしまった。
茉莉達が居間に案内されると、中年女性が生まれたばかりの赤ん坊をあやしている所だった。
「フルキナ、ヨルセルはいい子で待ってたよ。
おや、お客さん?このままこの子見てようか?」
「いいのよおばさん、ありがとう。後は私が見るから」
おばさんの手から小さな我が子を受け取ると、新妻フルキナはとても優しい顔になった。茉莉は昨日ちょっとでもこの人を疑った事を後悔し始めていた。
近所の人だというおばさんが出て行くと、フルキナは子供用の小さなバスケットに我が子を寝かしつけ、井戸で冷やした紅茶を偽父娘に出すと、
「このような所にお呼びたてして申し訳ございません」
と謝ってきた。
昨日も別段態度が悪かったということもなかったが、今日はちょっと田舎者の父娘に対するものとしては仰々しい感じの対応だ。
「いえいえ、いいんですよ、それでお話とはなんでしょう」
近衛隊員が先を促すと、彼女は膝を折って手を合わせ、祈りの姿勢で茉莉をじっと見つめると「闘神様!どうか夫をお救い下さい!」と訴えた。
これには茉莉も驚いたが、言葉と同時に近衛隊員が茉莉に触れんばかりのフルキナと茉莉の間に素早く割って入り、隠していた小さなナイフをフルキナの喉元に向けたのにはもっと慌ててしまった。
「や、ちょっと待ってお父さん!女の人にそんな刃物向けないでよ」
「しかし、その、ジャスミンの正体を知っているというだけで、この女は不審です」
刃物を向けられたフルキナは、すっかり怯えて震えあがっていた。
「ごめんね、フルキナさん」
茉莉は近衛隊員の構えたナイフを素手で握ると、その偽父の懐に戻させた。
ナイフの刃など、茉莉の肌に傷一つ付けられはしないが、男は茉莉の手を気にして狼狽してしまっていた。
「お父さん、私を護ってくれようとしたんだね、ありがとう。
でも、私を護るために、誰かに血を流してほしくないの。だから今は収めてね」
茉莉にとって女王と等しく、この国の人々は護るべき大切な宝だ。
近衛隊員も茉莉の言葉に何か感ずる所があったのか、うなずくとあっさり身を引いてくれた。
「フルキナさん、どうして私が闘神だってわかったの?」
すっかり腰が抜けてしまったフルキナを軽々と抱えると、茉莉は赤ん坊のバスケットの置かれている長椅子に、そっともたれさせた。
「ああ!やっぱりそうだったんですね!
あの、私、きのう、夜、見たんです…ギーさんの家から闘神様が飛び立たれるのを。
でもあの、最初は分からなかったんです。魔法使いなのかなって、でも一晩たったら、昔お姿を見た事のある、アキラ様によく似てらしたと思って…」
「え?あれを見てたの?失敗したなあ、夜も遅かったのに…」
「見張るように、言われたんです…ギーさんや夫の事を調べる人がいたら…」
近衛隊員と茉莉はこの言葉に目を合わせた。
「誰にそんな事を言われた?」
偽父はもうこれ以上演技をする気も失せたのか、人の良さそうな旅人の顔を捨て、厳しい兵士の素顔に戻っている。
「ファーナムの、貴族の人だって言ってました。
夫が行方不明になってからうちに訪ねて来て、夫がイェシカに帰れなくなった、
も、もし帰ったら投獄されるような事をしたと言うんです。
夫の身の安全を守ってやるかわりに、探りを入れに来る人がいたら、それが誰で何をしていたか自分に知らせて欲しいと…」
夫の失踪後、何の手がかりもなく、憔悴していた所に、その男は夫の手紙を携えて来たそうだ。手紙の内容も男の言った事と一致し、筆跡も間違いなく夫のものだったので、彼女はその話を信じたという。
「その手紙は手元にありますか?」
「いえ、持っていては危険だと言って、その場で焼かれてしまいました」
待ち望んだ夫からの便りが燃える様を思い出したのか、フルキナの瞳には再び涙が靄を作った。
「それで、夜中も私達を見張っていたの?あぶないじゃない」
「眠れなくて…偶然だったんです。見張るといっても子供もいすまし、ちょっとだけギーさんの家を見てから眠ろうと思ったんです」
そこで、飛び立つ茉莉をみたフルキナは、旅の親子の娘が、空を飛べる程の魔法の使い手である事にショックを受け、今朝までかかって、ジャスミンの正体を考えた結果、闘神という答えに至ったという。
「夫が、何か犯罪に関わっていたなんて、信じられません。
闘神様が御調べになるような大それた犯罪に加担してたら、様子で解ります。そりゃあ夫婦になってまだ浅いですけど、幼馴染なんです、そんな事してたなんて絶対にない。
それに、本当にそんな悪い事したって言うんなら、義兄も私も当然お役人に調べられるはずですよねえ?
それに、その人、これは他言無用で、誰かに話したら、夫の命どころか、私や子供の安全さえも保障できないって言うんです。
この子の為には、できる事はしたいけど、このまま怯えて暮らすなんて耐えられない」
明らかにそれは脅しだ。今まで全く姿の見えなかった相手のおぼろな輪郭がつかめて来た。こんな女性を脅しすような人間に、いずれ正義の後ろ盾など望めまい。相手の人品はこれでもはや明らかだ。
「お役人に、訴えようかとも思ったけど、信じてもらえなかったらと不安で、言いなりになってました…」
その言葉には部署は違えど、近衛隊員は渋い顔をする。
確かにこの話だけで、役人が動いてくれるとはかぎらない。もしも話を信じてもらえても、一介の商人の妻を警護してくれるだろうか?そんな迷いがあったに違いない。
「でも、夫の事を調べているのが闘神様なら、きっとお助け下さると思ったんです」
フルキナの瞳には、この世で最も茉莉の心に力を与え、奮い立たせる光が込められていた。
あなたを信じます。
どうか私の大切な人々を護って下さい。
私はあなたのその心を疑いません。
茉莉はフルキナに頷いて見せた。
「護るよ、私がフルキナさんも、赤ちゃんも、護る。
なんとかしてファーナムにいる旦那さんの事も探し出す」
「マリ様…」
近衛隊員は茉莉の安請け合いに咎めるような顔をしたが、そこは鷹揚に受け止め、大丈夫と言うように彼にも頷いてみせた。
もちろん国内であれば茉莉の目の届かぬ場所などないが、自国の外で闘神は無力だ。もちろん、魔法力も無双の力も国外であっても使えるが、そんな力を使えば、その国の闘神がやってきて大惨事になる。その上天とやらに背いた罰で、次回の闘神降臨が危ぶまれる事もあるのだ。そんなわけで、ファーナムに入国すらできない茉莉だったが、自分がもんのすごいコネクションを持っている事に気付き、今がその使い時だと思い至った。
「今こそ、オニギリの出番よ」




