説教
日が傾き、日没の予感に空が赤く染まる頃、闘神は王城奥庭の東屋から不意に現れた。
6本の柱に屋根と簡素なベンチがあるだけの建物だが、八畳間程の広さがあり、床面には白と青を貴重とした花模様のモザイクタイルが敷き詰められている。不規則にならんだ柄は実は魔法陣なのだが、魔法の相当な使い手でない限り見破れないだろう。
各地のパワースポットと王都を結ぶ重要な場所だが、闘神と一緒でなければ、上級の魔法使いであっても使用できない為、城内でその事を知る者は少ない。
「リリーちゃん、ごめん。テューネの方が日没って早いんだ!お仕事大丈夫?」
アマダラのパワースポットを出た時は、もう少し日が高かったはずだ。
「この位なら大丈夫です。マリ様の随行期間中は、重要なお部屋の担当からは外してもらってますし」
日の高さより、移動中の方が問題ですわよ!と思ったが、後半乗り物酔いしたリリーの為に、揺れが少ない走り方を試行錯誤し、マスターしてくれたので灯明妖精は口に出して文句を言う事は控えた。
「それにしても先程は、大活躍でしたね」
リリーはアマダラ村のパワースポットに併設された兵舎を訪問というか、急襲した事を反芻しながら、サクランボ程の大きさの顔をニヤリとさせた。
「父さんより大人の人に説教なんて、はじめてしたよ……」
アマダラ隊の全員を前に、三叉路出であった、おばさんの訴えをもとに、普通に綱紀粛正をこんこんと説いたのだが、「町の連中の態度の方が悪い」だの、「酒が入った後の事は、大目に見るべきだ」だの、しまいには「兵士は血の気が多い方がいい」だの、どうにも彼らの返答に誠意が感じられず、茉莉はトーケル・ブロムクヴィストに対峙した時の半分位の勢いで切れてしまった。
「あんた達ね…いいかげんにしなさいよ」
と、それまで年齢的に年上の人だからと思って、敬語で対応してきたのを豹変させ、全員強制正座の姿勢をとらせると、これから自分は城に帰って、ここにいる全員の郷里を調べる。現在自分はパワースポットめぐりで全国を行脚中なので、そのついでに必ずあんた達の親兄弟、妻子、親類縁者を探し出し、その不真面目な勤務態度を報告してやると、脅した。
単に、この国の軍隊組織について、あまり知らないので、自分が不名誉を一番知られたくない相手を選択したのだが、上司に報告するでも、力にものを言わせるでもないこの恫喝は、案外効いたのだった。
「明日はアマダラ村から出発だから、ちょっと気まずいな…」
平身低頭、それだけはやめてと言い募る、渋い隊長さんや、ガタイの良いおっちゃん、兄ちゃんに、だったら誓約書を書けと、持ってきたメモ用の紙に、『もう近隣の人たちに迷惑かけません。ごめんなさい』的な誓いをゲットしたのだ。
明日、そんな街金まがいの真似をしてしまった相手にまた会うかもしれないのだ。
怒りが収まってみると、ちょっとやりすぎた気も、しないでもない。
「いいのですよ、本来なら、減給・降格・除隊もありうる事です。マリ様は優しい過ぎる位です」
上司には報告しないが、夕餉の席で、今日の事を尋ねられて、アマダラ村での一件を黙っておくのも変なので、クリスティーナには顛末を話して聞かせた茉莉に、彼女は件のメモを見ながら言った。
「でも、軍の上層に報告して、大事にするよりは、貸しを作ったと思えば、上策でしたね」
これ、大事にとっておいて下さいね、と茉莉にメモを返してよこした。
「そうなのかな…」
「何もかも規則通りに人を動かすのは無理ですし、それで過ちを犯したものを、杓子定規に罰するのは、時には良い結果を生まないこともあります。
だからと言って、咎めなしでは甘く見られる。人を治めるという事は、本当に難しいものです」
思案顔になったクリスティーナを見て、女王としての仕事に思いを馳せてるのを感じる。
たった1小隊と渡り合っただけであの気苦労だ。女王はどれ程大変かと思う。
「クリスティーナが、女王様として、そういう風にどうしようかなって思うとき、私に出来る事があったら言ってね!」
茉莉がそう言うのを聞いて、クリスティーナは顔を綻ばせると、「はい、お願いします」と答えた。
自室に戻ると、明かりを着け終わって暇だというリリーが訪ねてきた。
丁度いいので明日の予定を地図上で確認する。
アマダラ村をほぼ西へ移動して、クラエスという町まで行く予定だ。
「今度は町なんだね。テューネみたいに賑やかなのかな?」
「残念ながら、王都テューネ程、人や物の集まる都市はそうそうありません。
でもここは、あれの卸がある町ですね。こんな所にパワースポットがあるのですか…」
リリーは妖精ながら、なかなかの情報通だ。
郷里は、この世のどこかにある(どこかって、どこなの?と、この説明が茉莉には今ひとつ理解できない)妖精国で、イェシカ出身ではないらしいのだが、休暇のたびに、この国の色々な名所を回っているらしい。ついでに、旅先で出会った妖精と情報交換してくるので、かなりのイェシカ通だ。
「あれって?」
当然気になって突っ込む茉莉に、
「明日はちょっとお買い物してもいいですか?クラエスは蜂蜜の卸があるんです」
それで蜂蜜が買いたいのかと思ったら、加工品も扱うので、女子的に超楽しい町と判明した。
「わたしもー!そういうの好き。テューネじゃ買えないの?」
「卸ですよマリ様、オ・ロ・シ!お値段が違いますし、専門店があるので、同じような商品を迷って迷って迷い倒して買えるのです!」
おおおお!それこそがショッピングの醍醐味!と茉莉とリリーの心はひとつになったが、
「だめだぁ私お金持ってない…」
「えええええ!」
そうなのだ。女王と並び立つ闘神だが、その闘神に給料を支払う制度はないのだ。
つまり茉莉は、
「私超貧乏じゃん!」
なのである。




